魔法三国の成り立ち
その日の夜、リーシャとオスカーはリューデンベルグの一等地にあるレストランでレアと落ち合った。互いに今日あった出来事を報告するためだ。
「まずは私から報告しても良いですか?」
「ええ、勿論です」
「月桂樹の杖工房で杖の発注をしてきました。完成には三週間以上かかるようですが、いくら時間をかけていただいても構わないと伝えてあります。
請求書はのちほどルドベルトの方へ回すようお願いしておきました」
「かしこまりました。三週間ですと、グロリアの観光もゆっくり出来そうですわね」
「ここからグロリアに行くにはどれくらいかかるんですか?」
「グロリアの王都までならすぐですわ。リューデン、グロリア、ローデンの王都は元々一つの街だったので、壁を境に隣り合っているのです」
「え? そうなんですか?」
「以前魔法三国は一つの国だったと話したことがあったでしょう? その旧国の王都であったローデリアという街が三つに分かれてそれぞれの国の王都となったのです」
「ああ、それでこんな国境沿いに王都があるんですね」
ルドベルトの領地からリューデンベルグに来た時から不思議だった。なぜ国の一番端、国境に接した場所に王都があるのかと。
レア曰く、他の二国の王都も同じように国境沿い、しかもリューデンベルグと壁一枚隔てた場所にあるという。それは魔法三国が元々一つの国であった頃のなごりで、今でも三国の国民は自由に行き来が出来るのだそうだ。
「このような立地ですから、他国へ働きに出ている方も多いんですよ」
「出稼ぎということか?」
「いえ、自分の家から他国にある工房や仕事場へ毎日通っているのです。とくにリューデンは国民の多くが貴族ですから、リューデンベルグにある工房や商会ではグロリアやローデンの方を店員として雇っていることが多いですわね」
「自宅から他国へ? 想像出来ないな……」
「他国ですが他国ではない、という感覚でしょうか。三つに分かれた今でも、一つの国であるという意識が強いのです」
「なんだか不思議な国ですね。そこまで連帯意識を持っているならば、なぜ国を分けたりしたのでしょう?」
「かなり昔の話ですし、色々と説はありますが……。当時の国王が『その方が国が上手く回る』と考えたからだと言われておりますわ」
「というと?」
「まだ魔法が珍しかった頃の話です。旧国グローシュタインは世界でも珍しい魔法が普及している神秘の国でした。『魔法は神から選ばれた者が使える』という思想が主流で、魔法を使える者の中から特に優れた者を王とし、その下に魔法を使える貴族、魔法を使えない平民がいました。
ある王が亡くなった時、三人の息子のうち誰が王座を継ぐのか争いが起きました。一人は魔法に優れ、一人は武芸に優れ、一人は平凡でした。
三人は三日三晩話し合い、誰かを王にするのではなく国を三つに分けてそれぞれが王となることを選びました。
そして国民にこう告げたのです。
『魔法を生業とし、国の発展に寄与したいと願う者はリューデンへ。武芸を磨き、国を守りたいと思う者はグロリアへ。魔法を使えない、もしくは魔法意外の道を選びたいと考えた者はローデンへ移住せよ。国が分かつとも我々は同じ祖を持つ同志である』と」
「なるほど。そうすれば魔法を持っている貴族はリューデンへ残り、武芸に優れた者はグロリアへ渡る。今まで虐げられてきた平民はローデンで安寧を得られると」
「それぞれに居場所を役割を与え、皆が幸せに生きられるようにしたと、私は考えておりますわ」
「つまり、旧国はしあわせな国ではなかったと」
「お恥ずかしい話、今のリューデンを見ればそうとしか思えませんわ」
「確かに。魔法を使えない者に対する風当たりは強い。旧国の風土を一番継承しているのはリューデンなんですね」
「古き良き、伝統の……。我が国が最も好む言葉ですから」
「あー……」
リューデンの貴族は皆、旧国の「伝統」を継いでいることに誇りを持っている。魔法が全て、実力が全てなのもその名残だ。
王家と血縁関係のある上級貴族は特にその傾向が強い。なんといったってグローシュタインの王、その子供の中でも最も魔法に長けた長男の血統であるリューデン王家の血が流れているのだから。
「我がリューデン王家こそがグローシュタインの正当後継者である」と堂々と口にする者も多いという。
そう考えると、三人の王子が国を分けたのは正解だったのかもしれない。特に当時魔法を使えなかった平民にとっては子々孫々に渡って語り継がれるような歴史的な出来事だったに違いない。
「今朝使いの者を送ったので、明日には返事がくると思いますわ」
「婚約者は王族の方でしたっけ?」
「ええ。グロリアの王太子です。きっとオスカー様と気が合うと思いますわ」
「是非紹介してくれ。色々と話を伺いたいんだ」
「勿論です」
レアはにこりと笑った。
* * *
グロリアは騎士の国である。いや、正確には「魔法騎士の国」と呼ばれている。リューデンの北、ローデンの西に位置し、王都エイワールを南部に据えた小さな国である。
エイワールはリューデンの王都であるリューデンベルグと壁一枚で隔てられており、壁には自由に行き来が出来る門が備え付けられている。
その門をくぐればすぐにグロリアに入れるため、リーシャの宿からエイワールの城に着くまでそんなに時間はかからなかった。むしろ、ルドベルトの城の方が余程遠いくらいである。
「本日は我がグロリア王国へお越し頂き、誠にありがとうございます」
城で出迎えてくれたのはグロリアの王太子にしてレアの婚約者であるジークフリートだった。まだ二十代半ばだろうか。年の割にはしっかりとしていそうな精悍な顔立ちをしている。
「ジークフリート様、こちらは我がルドベルトの大切なお客様であるリーシャ様とそのご婚約者、イオニアの王子であられるオスカー様です」
「初めまして。リーシャと申します」
「オスカーだ。どうぞ宜しく」
「こちらこそ宜しくお願いいたします。名高いルドベルトの姫君にお会い出来るとは、光栄です」
ジークフリートはリーシャの前に片膝を着くと手を取って挨拶をする。
(ああ、グロリアもそうなのか)
ここでは王子であるオスカーよりも、ルドベルトの血族であるリーシャの方が立場が上なのだ。
リューデンの上級貴族であるルドベルトは王族に近しい扱いを受けているのかも知れない。「正統」ともされるリューデン王家の血を引くのだから納得はいく。
「オスカー様も、どうぞ宜しくお願いいたします」
「ああ」
だが、それをオスカーが不快に思っているような様子はなかった。むしろ「なるほど」と感心すらしているようだ。
(俺は今、身分を証明するようなものを持ち合わせていない。それにも関わらずジークフリートがそれを疑うそぶりも見せないのは、リーシャがルドベルトの人間だからだ。
ルドベルト家というのはそれだけ信用と力を持っている。リーシャは王太子が膝をつき、頭を下げるほどの人間で、俺は付属品なのだ)
悪気がある訳ではない。そういう物なのだ。それがなんとも不思議で、おもしろさすら感じた。
「本日用があって参ったのは私ではなく、オスカーの方なのです」
「オスカー様が?」
「ああ。魔法騎士について話を伺いたい」
「……なるほど」
ジークフリートはオスカーの腰に提げてある古い剣に目をやると納得したように頷いた。
「俺の国は魔法を持たない騎士の国でな。これから魔法を取り入れようとしているので、貴国を参考にしたいのだ」
「ふむ。それならば我が国は見本としてちょうど良いかもしれませんね。もっと詳しく話を伺っても?」
「勿論だ」
「では、こちらへ。リーシャ様、申し訳ないのですがオスカー様をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。私はレアとお茶でもしていますから、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
去ってゆくジークフリートとオスカーの背中を見送ったあと、リーシャはレアに小声でささやいた。
「大丈夫でしょうか?」
「ご心配なさらず。ジークフリート様は騎士団随一と言われる腕の持ち主です。きっと話が弾むことでしょう。さあ、私たちはお茶の時間に致しましょう! 王妃様がとびきりの甘味を用意して下さったそうですわ」
「……わかりました」
「王妃」という言葉にリーシャは若干顔をひきつらせたが、しばらく滞在させてもらう反面むげには出来ない。ジークフリートの母である王妃と対面するためティールームへ足を運んだ。




