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月桂樹の杖工房

 「月桂樹の杖工房」は古くからリューデンに店を構える老舗である。リューデンベルグが旧国の都であった時代から同じ場所で商いをしていたとされ、杖の文化がある西方地域の魔法師の間で広く名が知られている。

 店の名に使われている「月桂樹」は旧王家の奔流を継ぐリューデン王家のシンボルであり、王家御用達の証でもあった。


「この度は我が杖工房をご指名頂き誠にありがとうございます。私はこの工房を任されている工房長のロルフと申します。以後、お見知り置きを」

「リーシャと申します。よろしくお願いいたします」


 杖工房の奥にある商談用の客間で、リーシャは工房長とともに杖の仕様について話し合っていた。机の上にはローナの蒐集物であるスフェーンの原石が置かれている。この石を加工し、核にするのだ。


「今回制作するのは風魔法の魔道具と伺っておりますが、お間違いありませんか?」

「魔道具というよりも補助具ですね。特定の魔法を発動させるのではなく、風魔法の制御を楽にしたり魔法の効率を上げるような補助具が欲しいのです。

 このような魔道具を作っていただきたいのですが可能でしょうか」


 リーシャは収納鞄からなにやら設計図のようなものを取り出した。


「これは?」

「私が以前作った試作品の設計図です。実際に使って効果は実証済みなのでご安心ください」


 「冠の国」で作った「風見鶏」の設計図だ。元々は飛行船の飛行を補助するために作った魔道具だったが、思った以上に使いやすかったので自分用に作りたいと考えていたのだ。

 飛行船を支えられるような大規模な魔法を安定して使うための補助具であり、より少ない魔力で魔法を発動させられるように制御する制御盤のような役割を担う。

 機能としては地味だが、シンプルな分応用がきく。


「ふむ。原始的な魔道具ですね。だが、力ある魔法師には最適な魔道具だ」


 ロルフは眼鏡をくいを上げるとため息をついた。


「最近の若者はどうも派手な魔道具を好みがちですからね。うちの若い衆も派手で複雑な機能がついた杖を作りたがるので困っているのです。

 ですが、そんな見かけだけの杖を使って何が良いのか。今の時代、一流の魔道具を使えば誰でも一流の魔法を使えるでしょう。果たしてそれが一流の魔法師であると言えるのか。私は常々疑問に思っているのですよ」

「魔道具はどんどん進歩していますからね。今や赤子でも魔法を使える時代でしょう」

「ええ! 全く、嘆かわしい限りです。我々が作る魔道具とは、本来魔法師を補助するための道具であったはず。魔法師の腕があってこそ、道具が輝く。それなのに今はどうです。道具が立派であれば使い手の力量など関係ない。魔法とはそんなにも軽い物だったのかと、悲しくて仕方ありませんよ」

「工房長、リーシャ様は古魔法もお使いになるんですよ」

「なんと! 詠唱魔法をお使いに?」

「はい。細かい作業をするには言葉を使った魔法の方が向いているので」

「すばらしい! そうですか。でしたらやはりこのような簡潔な仕組みの杖の方が自由が利いて良いでしょうね。魔法を焼き付ける魔道具は何かと制約が多いですから」


 ロルフは「失礼」と一言断りを入れたあとに手袋をはめてスフェーンの原石を手に取った。黄緑よりも黄色に近い透明度の高い原石だ。

 原石のままでも「核」として使うことは出来るが、魔力を効率よく使うには裸石に加工したほうが良い。光と同じように石の内側で魔力を反射させ増幅するための「加工」を施すのだ。

 どうしたら原石を出来るだけ無駄にせず最大限に生かした加工が出来るのか、まさに職人の腕の見せ所だ。


「風見鶏の目に使うならば()()()()を施した方が良いでしょうね。傷も内包物も少ない石なので、大きめにとれると思いますよ」

「良かったです。両面に目を入れたいのですが、可能でしょうか」

「勿論。二つとっても十分な大きさの石ですから」


 魔石加工とは、魔力が一番増幅されるとされているカット方法のことである。石の表面に特定の多面カットを施すことによって、より少ない魔力で効率よく魔法を使うことができるとされている。

 見た目も美しいため高級魔道具に好んで使われているのだ。


「魔道具の地金はいかがなさいましょう」

「金だと重いですよね?」

「そうですね。ご希望の大きさですと相当な重さになりますので、普段使いならばおすすめ致しかねます」

「普段使いならば、というと?」

「儀式用の杖としては人気があるのです。見栄えも良いですし、資産にもなりますから」

「ああ。なるほど」


(どうしようかな)


 「重い」というのもあるが、旅をする中で大きな金塊を持ち運ぶのは気が引ける。それこそ儀式用の杖のような、一目で「高価なものである」と分かる見た目の杖は治安の悪い土地では使えない。

 目の前に並ぶ見本用の金属板を眺めながら考える。


(銅は錆が出るし……まぁ、青錆も味があると言えばあるけど。銀でも良いけど色味は金が良い。上から別の金属を被せても良いけど、傷が付いたときに剥げたら格好悪いなぁ)


「重さはある程度あった方が良いと思いますよ」


 悩むリーシャにロルフが助言する。


「なぜですか?」

「魔法が使えなくなった時に身を守るための武器として使えるからです。中身をくり抜いて軽くしても良いですが、それだと頑丈さにかけます。それに、人や物を殴る時は重い方が効果があるでしょう?」

「打撃用の武器として使うと」

「はい。リーシャ様の杖は柄が長いので向いていると思いますよ。女性が持つには良い武器かと」

「そう考えると、全て木で作るよりはやはり金属を使った方が良さそうですね」

「柄には木材を使い、魔道具には金属を使うのが丈の長い杖では主流ですね。短い杖ですと、本体は全て木で作る場合も多いですが」

「そのいいとこ取りは出来ないんですの?」


 横で聞いていたレアが筆を執り、紙に杖の柄を書き始めた。


「たとえば、木で作った本体をこうして金属の装飾で覆うとか」


 レアの提案はこうだ。木で作った部品の上に透かし加工をした金属板を被せる。こうすれば木製部分が金属板で保護されて強度が上がり、金属板を透かし加工することによりある程度軽量化出来るうという訳だ。


「これですと木製部分が傷むと思います。金属板との間に水がたまりそうですし、雨の中でも使うことを考えるとおすすめは出来ません」

「手入れのことを考えるとやはり金属のみで魔道具部分を作った法が良いと?」

「私はそう思います。この杖が装飾品ではなく実用品であるならば、の話ですが」

「ああ、そうですわね。そのことを忘れていましたわ」


 「良いアイデアだと思いましたのに」とレアは残念そうにしている。そう、装飾品と実用品は異なるのだ。儀式用の杖のように、屋内で大事に使う物ならば問題はないだろう。

 だが、リーシャが欲しているのは旅の供であり道具だ。雨の日でも雪の日でも使える、手入れのしやすい強固な道具がほしいのだ。

 今はあまり求められない古い時代の杖だった。


「真鍮はどうですか?」

「悪くはないかと。銅と同じく錆は出ますが、経年劣化も味があるという物好きもおりますし、うちでも取り扱いのある物ですから」


 その経年劣化がよい。

 古びた杖に見えれば物盗りに狙われることもないだろう。目に使っているスフェーンだって安物に見えるかもしれない。その方が安全だ。


「せっかくの杖なのに、宜しいのですか?」


 不満そうにしているレアにリーシャは頷いた。


「構いません。私には華美な杖は似合いませんから」


 美しい飾りのついた豪華絢爛なドレスよりも、動きやすくて着慣れた地味な旅装の方が落ち着く。そんな旅装に似合うのは金の杖ではなく真鍮の地味な杖だ。


「ただし、道具としての性能は地味では困ります」

「勿論でございます。我が工房が抱えるリューデン一の魔道具職人にこさえさせましょう。きっとご満足頂けるはずです」


 ロルフは自信たっぷりに言い放った。ルドベルトや王族御用達の店なのだから期待がはずれることはないはずだ。


「柄の部分はいかがなさいますか? 定番の物から珍しい物まで様々な種類の木材をご用意しておりますが、もしもご希望のものがなければ取り寄せも出来ますので遠慮なく仰ってください」

「杖に使う木は何が主流なんですか?」

「人気があるのはやはり月桂樹ですね。我が国の象徴ですから一本目の杖や贈り物として作られる方が多いです。

 あとは樫や欅なども定番でしょうか。ほとんど輸入物ですがね。赤胡桃や黒檀なんかも好まれますね。珍しい物だと桜やかりん……」

「桜があるんですか?」

「ええ。桜をご存じとは、通ですね。飛行船の配送事業が始まったでしょう? あれで入ってくるようになったんですよ」


 リーシャが興味を示したのを見ると、ロルフは従業員に指示を出して材木を倉庫から持ってこさせた。切り出しただけの状態だが、心地の良いどこか懐かしい香りが鼻を抜ける。


(いい木だな)


 木について詳しいわけではないが、虫食い一つないなめらかな木肌と赤みがかった色が良い。一言で言えば、気に入った。それに尽きる。


「これにします」

「承知いたしました」


 桜の材木には「売約済み」の札がかけられた。


「杖のデザインはいかがなさいましょう。お時間を頂ければ我が工房の絵師に何点か描かせることも可能ですが」

「でしたら、この図を元にお願いしても宜しいでしょうか?」


 リーシャは収納鞄からあらかじめ用意しておいた図案を取り出した。「こういう杖が作れたらいいな」という希望図であって、決定稿ではない。職人の意見を聞くのも大事だと知っているからだ。


「かしこまりました。では、この図を元に作業を進めさせていただきます。お手数をおかけいたしますが、明日まだ工房にお越しいただいても宜しいでしょうか」

「勿論。では、また明日伺います」


 杖の発注を終えて工房を後にする。デザインが出来上がるまでにもっと日数がかかるものだとばかり思っていたが、意外と早くできるようだ。

 リューデンベルグに滞在する間はルドベルト家が手配した宿屋に宿泊する。初めはルドベルト家の別邸へ世話になる予定だったが、ドナの一件があったのでリーシャが断りを入れたのだ。


 詫びの気持ちからか、ランドールは王都の真ん中にあるリューデンベルグ随一の高級宿、その最上階の貴賓室を手配してくれた。

 二人で泊まるには広すぎる、立派な貴賓室だ。

 今夜はここでゆっくり体を休め、また翌日「月桂樹の杖工房」へ足を運ぶことにした。

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