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ルドベルト家の内情

 翌日、リーシャの杖を作るためにリーシャとオスカー、レアの三人は馬車で王都へ向かった。小さい国とはいえリューデンと賢者の学び舎の国境にあるルドベルトの領地から王都へ行くには五日ほどかかる。ちょっとした小旅行だ。


「昨晩は申し訳ありませんでした」


 馬車の中で顔を合わせるなり、レアは二人に深々と頭を下げた。


「お家騒動なら見えないところでやってほしいのですが」

「仰ることはごもっともですわ。まさかお客様の前であんな醜態をさらすなんて……」

「込み入ったことを伺いますが、レアとドナはお母様が違うんですか?」

「……はい。父は元々私の母と婚約をしていたのですが平民の女性と恋に落ち、私の母を正妻とすることを条件にそのお方を娶ることを許されたと聞いています。

 本来ならば許されない恋でしたが、魔力の量が多かったため許可が下りたと」

「それでドナは髪の色が違ったんですね」

「やはり気になりますわよね」

「……まぁ、一人だけ違う色の髪をしていたら目立ちますし」


 ドナは赤茶色い髪をしていた。リーシャやレア、ランベールにマチルダとルドベルトの血を引く人間は皆灰色に近い銀髪なのにも関わらず、一人だけ違う髪の色だったのだ。

 それがずっと気になっていた。灰色に近い銀髪はルドベルト特有のものだと聞いていたからだ。


「あれは兄の母親の髪色なのです。兄はルドベルトの髪色を受け継げなかった。祖母はそれも気に入らないようですわ」

「そんなに髪の色って重要なんですか?」

「リューデンでは魔法の才が全て。魔法の才がある子供を養子として引き取ったり跡を継がせたりして、他の国よりも血が薄まる傾向にあるのです。

 そんなお国柄、一族代々同じ髪色を引き継ぐことはそれだけ優秀な血が受け継がれ続けていることを示し、古き正しき貴族である証とされるのですわ」

「なるほど。そういうことでしたか」


 髪色が異なるということは、誇り高きルドベルトの血を継ぐことが出来なかった出来損ないだと内外に示しているようなものなのだ。

 本人に瑕疵はないにしても、少なくとも親族や外の人間からはそういう目で見られるようになる。それはそれでかわいそうな気もする。


(そうか、祖母が母や妹に対して冷たかったのもこれが理由か)


 リーシャの家族の中で灰色に近い銀髪をもっていたのは祖母であるローナとリーシャの二人だけだ。祖母の実子である母や叔父、そして孫である妹は暗い髪色をしていた。


(母が生まれたとき、祖母はさぞがっかりしただろう)


 銀髪を持って生まれなかった息子、次こそはと思った娘も夫と同じ暗い髪色をしていた。生粋のリューデン人であるローナは絶望したに違いない。

 だからこそ、孫であるリーシャが「ルドベルトの証」をもって生まれたのが嬉しかったし、自身と同じような立派な魔法師に育つことを期待したのだ。


「父は、母のことが好きではないのです。本当に愛しているのはあちらの方で、その子供である兄に跡を継がせたいと考えているようです。

 だから私を賢者の学び舎へ送り出し、兄を手元に置いているんですわ」

「厄介払いされたと?」

「私はそう考えています。だって、お兄さまの魔法の腕は……」


 そこまで言って言いよどむ。何を言いたいのか大体察しはつく。


「でも、そんな方が跡取りだなんて御当主がお許しにならないでしょう?」

「祖母が許さなくとも、父が当主になってしまえばどうにでもなりますわ。今、我が一族で一番技量が高いのは父ですもの」

「あー、そういう……」


 隠居状態のマチルダにとって、今の状況はおもしろくないはずだ。手塩にかけて育てた息子がロクに魔法を使えない妾の息子を跡取りにしようとしているが、それを止めるすべがない。

 自分が死んでランベールが当主となってしまえば、レアを家から追い出したようにどうとでも出来てしまう。当主は一族の中で一番魔法の技量が高いものがなる。つまり、ドナが一番である環境を作ればよい。


(だが、そんなに上手く行くものだろうか)


 そんなことがまかり通ってしまえばルドベルトの家はめちゃくちゃになってしまう。代々灰色に近い銀の髪を誇りとしているように、魔法が不得手なものを当主とすることを他の者が認めるだろうか?

 それも、銀髪を持たぬ出来損ないを。


「他の方々はなんとおっしゃってるんですか?」

「父の兄弟……叔父や叔母は祖母と同じ考えのようです。特に私の従兄弟であるレオンは優秀ですから、成長すれば父の腕を越えるとも言われています。

 彼に当主を継ぐ意志があれば、いずれ対立することになるでしょう」

「一筋縄では行きそうにないですね」

「せめて兄に才能があれば良かったのでしょうが、お世辞にも良い腕を持っているとは言えませんから……。実力で黙らせることが出来ないのはリューデンにおいては致命的ですわ。それを父も兄もよく分かっているのです」

「だから当主の座を奪われまいと必死だったと」

「ええ。リーシャ様には逆立ちしても勝てませんから。祖母にとっては父を廃する好機、父にとっては当主の座を失う危機だったのです」

「そういう意味では、あの宝石は試金石だったんですね」

「そうですわね。もしもあの石を父や兄が一人で修復することが出来たら誰も文句は言えなかったでしょうね」

「でも、現実は誰も直せなかったと」

「はい」


 ローナが作った宝石の修復はランベールとドナにとって反対派を黙らせる千載一遇のチャンスだった。一族の誰もが直すことの出来なかった物を元通りに戻すことが出来れば、最早誰も文句は言えまいと思ったはずだ。


 だが、実際はランベールもドナもそれを修復する事が出来なかった。当主であるマチルダさえ不可能だったのだから当たり前だ。

 修復出来ずにがっかりした反面、誰一人修復することが出来なかったことに心の中で安堵したに違いない。「まだ機会はある」そう思ったはずだ。


 しかし、思いも寄らぬところから修復に成功した者が出てしまった。しかもあのローナ・ルドベルトの血を引き、一族の証である灰色に近い銀髪も持っている。

 ランベールとドナにとってリーシャがどれほど脅威であったかはかり知ることは出来ない。


「まぁ、国の外へ嫁ぐことが決まっている私にはあまり関係のない話ですけれど」

「ああ、そういえば婚約者がいらっしゃるとか」

「はい。隣国であるグロリアの王族の方と婚約をしておりますわ」

「グロリアとはたしか、魔法三国の?」

「ええ。リューデンが魔法技術の国ならば、グロリアは魔法騎士の国であると例えられることが多いですわね」

「魔法騎士?」


 リーシャの横でうたた寝をしていたオスカーが悔い気味に話に入ってきた。「騎士」という言葉に反応をしたらしい。


「それは、魔法で戦う者のことか?」

「いいえ、剣を握り魔法を使う者のことですわ」

「剣を握って魔法を? どういうことだ?」

「言葉で説明するのが難しいですわね。もし宜しければ、杖を作っている間に見に行きますか? 杖を作るのにもそれなりに時間がかかると思いますし、そう遠くもありませんもの。せっかくですし、我が婚約者もご紹介しますわ」

「オスカーが行きたいなら、私は構いませんよ」

「ありがとう。頼んでも良いだろうか」

「分かりました。では、王都へ着いたら手配致しますね」


 途中休み休み馬車に揺られること五日、三人はリューデンの王都、リューデンベルグに到着した。リューデンベグは魔法三国の中で最も古い「都」である。元々一つの国であった三国の元となった国、その王都でもあった。

 それゆえ、三国が接する中心部に位置し、リューデンの一番北部にあるという特殊な地理関係となっている。

 現在は貴族の商館が並び立つ商業の都として名を馳せており、魔道具やその素材、杖や魔法に関する書物など、「魔法」に関連する物の品ぞろえは世界一である。


「リーシャ、すまないが別行動をしても良いだろうか」


 杖の工房前で馬車を降りるなり、オスカーが申し訳なさそうに申し出た。


「構いませんよ。どうしたんですか?」

「いや、ちょっとした買い出した。夜までには戻る」

「分かりました」

「リーシャ様のことは私にお任せくださいませ。護衛もおりますし、治安も良いのでご安心ください」

「ありがとう。では」


 リーシャは去っていくオスカーの背を疑わしそうに眺めていた。


(何か隠しているな)


 明らかにオスカーの様子がおかしかった。どこかそわそわしていって、目が泳いでいる。隠し事をしている時の顔だ。オスカーは嘘をつけない男だ。本人は上手くごまかしているつもりらしいが、ばればれである。

 これが女の勘、というやつだろうか。リーシャに対して何かをしようとしている。そう直感した。


(ここで指摘をするのは野暮だな。やめておこう)


 リーシャの隣に立つレアも挙動がおかしいオスカーを見て苦笑いをしている。どうやらグルらしい。せっかく二人が何かを考えているのだから、見て見ぬ振りをしよう。

 そう心に決めて、リーシャはリューデン一の杖工房「月桂樹の杖工房」の中へ入っていった。

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