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地獄の晩餐

 その日の夕飯は一層豪華な食事だった。リューデンの王都からマチルダの息子と孫が戻ってきたからだ。

 リューデンの貴族は基本的に本宅と別宅を持つ。領地にある本宅には家族が住み、働き盛りの当主やその子息は王都にある別宅に住むのが常となっている。

 つまりマチルダは当主ではあるが実質的には隠居の状態であり、今のルドベルトを支えているのはその息子なのである。

 

 ダイニングの長いテーブルに一族が集うのは久しぶりのことであった。


「リーシャ様、このたびは我が一族の宝を修復していただき感謝致します」


 マチルダの息子にしてレアの父であるランベールは立ち上がると深く頭を下げた。


「いえ、私はただ依頼をこなしただけですから」

「その依頼がとても難しい課題であったことは我々も重々承知しております。なにせ我が一族の誰も、あの宝玉を直すことができなかったのですから」

「……本当にあれを直したのですか?」


 ランベールの隣に座るレアの兄、ドナが口を挟む。


「疑っておられるようですね」

「も、申し訳ありません! ドナ、失礼なことを言うんじゃない!」

「俄には信じられません。あれを直しただなんて。我が一族の誰も直すことができなかったものを、()()()()()()? 冗談でしょう?」


 ドナは「ふん」と嘲笑するとリーシャにじろりとバカにしたような視線を送った。


(ああ、これがリューデンの貴族か)


 傲慢、というよりも自信過剰という言葉の方がお似合いかもしれない。つまり、ドナは「自分たちが一番であり、それ以上に優れた宝石魔法師はいない」と思っているのだ。

 自分たちが直せないものを直せる訳がない。しかもこんな子供に。そう、本気で思っている。


「若いなぁ」


 リーシャがぽつりと呟くとレアはぎょっとしたような顔をした。


「今、なんと?」

「いや、若いなぁと思ったのです」

「……は?」

「リューデンの貴族は皆こうなのですか?」


 リーシャはそう言ってマチルダを一瞥する。マチルダはなにも言わずにワイングラスを手に取り、それを口にした。


「おい、失礼だぞ!」

「失礼なのはどちらでしょう。私は礼を受けるためにここに来たのです。招いておきながらそのような態度をとるなんて、失礼極まりないと思いませんか?」

「何だと?」

「ドナ、やめろ! リーシャ様、申し訳ございません」


 勢いよく立ち上がったドナをいさめるように座らせるとランベールは再びリーシャに頭を下げる。それが気にくわないドナは「なぜこんな子供に頭を下げるのですか?」とランベールにくってかかった。


「お兄さま、リーシャ様があの宝石を直したのは本当です。私もこの目で見ましたし、大勢の研究者の前で修復作業を行っていましたから証人は沢山おりますわ」

「……」


(いまいちよく分からない。なんで初対面の相手にこんなに目の敵にされるんだろう)


 ただ子供だからとか、それだけでこんなに怒り心頭になるだろうか。そんな小さな理由で怒るにしては激しすぎる。


「ドナ、それ以上醜い真似をするなら出て行って貰います。みっともない」


 部屋の中にマチルダの声が響く。怒りで顔を真っ赤にしていたドナはぽかんと口を開けると今度は顔を真っ青にして体をふるわせた。


「おばあさま!」

「自身の立場をわきまえなさい。ランベールに免じてルドベルトに置いてやっているというのに、ずうずうしい子だこと。このお方はおまえが口答えできるようなお方ではないのです。そんなことも分からないのですか?」

「……え?」

「お母様、そんな言い方はあんまりです。ドナだって当主を継ぐべく頑張っているのですよ」

「なにが当主ですか。未だにロクな魔工宝石も作れないというのにばかばかしい」


 ドナは体をふるわせながらその場に立ち尽くしていた。レアもオスカーもなにも言えずに沈黙している。最早マチルダの独壇場だった。


「やはり、()()()()()()()()()()()()()ですね」

「おかあさま! ミレーヌを侮辱するのはおやめください」

「本当のことではありませんか。魔力量しか取り柄のない能なしを娶るからこういうことになるのです。はじめから大人しくアニエスを娶っておけば良かったものの」

「おばあさま、おっしゃりたいことは分かりますがそこまでにしてきましょう」

「この際なので言っておきますが」


 父と兄に助け船を出そうとしたレアの言葉を遮り、マチルダは一層はっきりとした声で宣言する。


「おまえはまだしも、ドナにこの家を継がせる気はありません。むしろ私は、リーシャ様に当主の座を譲りたいと考えています」

「……はい?」


 突然の宣告にリーシャは間抜けな声を出した。ルドベルトのお家騒動には興味がないし、揉めるなら余所でやってくれと思っていたところに急に火の粉が飛んできたのだ。

 いや、むしろ渦中に引き吊り込まれたというべきか。

 ともかく、面倒きわまりない事態になったのには間違いない。


「いや、結構です」


 リーシャは即答した。きっぱりと断っておかねば後々大変なことになるのは目に見えている。


「あのお方の血を引き、我が一族の誰よりも優れた魔法の使い手である貴女様が当主にふさわしいのは明白です。この城も、領地も全て差し上げます。王族との縁談だって取り付けましょう」

「は?」

「貴女様の夫となるのはリューデンの王族こそふさわしい。野蛮な国の者など、妾で十分でしょう」


 一瞬、なにを言われているのか分からなかった。だが、なにを言われているのか理解した瞬間、リーシャの頭に血が上った。

 とんでもない侮辱だ。

 マチルダは「オスカーと婚約解消してリューデンの王族と結婚しろ」と言っているのだ。しかもイオニアを野蛮な国と、オスカーは妾で十分だと言い放ったのだ。

 何よりも許し難いことだった。

 わなわなと震えるリーシャの拳に気づいたレアが青い顔をしてマチルダを見る。

 マチルダは平然としていた。悪いことを言ったとは思っていないようだ。当然のことだとすら思っているかもしれない。


 リーシャが震える拳を握って指輪に魔力を込めようとすると、オスカーが手首をつかんで首を振った。「やめろ」と声には出さず口を動かす。


「……」


 一瞬、殺してやろうと思った。

 それどころか、城ごと破壊してやろうとも思った。

 平然とこんなことを言ってのける人間と同じ血が流れていると思うとぞっとする。

 今まで感じたことがないほど怒りに満たされておかしくなりそうだ。


「お断りします。私の夫となるのはオスカーただ一人。たとえ妾だって、他の男を娶る気はありません。たとえそれがリューデンの王族であってもね」

「なんてことを! リューデン王家を侮辱するなんて!」

「貴女だってイオニアの王家を侮辱したでしょう。お忘れのようですが、いい加減ご自身の立場をわきまえたらいかがですか? はしたない。一度ならずも二度までも。三度目はありませんよ」


 リーシャが吐き捨てるように言うとマチルダはショックを受けた様子で椅子に座り込んだ。最早この場で誰が最も上の立場なのかは明白である。

 ランベールもドナも青い顔をしてうつむいている。ダイニングルームはしーんと静まりかえっていた。


「リーシャ様、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。宜しければ夕食は部屋の方に運ばせますわ」


 沈黙に耐えかねたのか、レアはリーシャに声をかけた。


「そうしてください。申し訳ないですが、皆様と夕食をとる気分ではなくなったので」

「かしこまりました。では、そうさせて頂きます」


 ナプキンを机の上に置き、わざとらしくマチルダをにらみつけてから席を後にする。

 レアのおかげでこの地獄のようなダイニングルームから脱出する事ができた。感謝しなければならない。


「リーシャ様、お待ちください」


 ダイニングルームを出たところで後ろから呼び止められた。振り返るとランベールが立っている。


「何でしょうか」

「本当に……本当に申し訳ありません」


 ランベールはそういうと地面に伏して地に頭をこすりつけた。どうやら謝罪の気持ちを表しているらしい。


「母と息子が誠に失礼なことを……。お詫びいたします」

「詫びは結構です。当主のことでしたら、私は関わるつもりはないのでご安心ください」

「……恐縮です」


 そういって頭をあげたランベールの顔には安堵の心境がにじみ出ている。


(ああ、そうか。私に家を乗っ取られると思ったのか)


 地に伏せるランベールの姿を見て納得がいった。ドナがあんなに噛みついてきたのも、きっと「当主」の件が原因なのだ。

 リューデンは実力主義の国だ。ルドベルトの誰よりも腕が立つ血縁者が現当主に招かれてやってきたともなれば、自分たちが継ぐと思いこんでいた当主の座を奪われると焦っても仕方がない。

 実際、そういうことも少なくはないのだろう。だからこそ、ドナはリーシャをあそこまで敵視していたのだ。


「ただ、息子さんはもう少し躾られた方が良いかも知れませんね」


 そういう事情があるにしろ、あそこまで噛みつかれては気分が悪い。ちくりと嫌みの一つ言う位は許されるだろう。


「申し訳ありません。良く言い聞かせますので」

「そうしてください。では」


 リーシャはランベールに目もくれず背を向けて歩き出す。もしかしたらランベールはリューデンらしからぬ人間なのかもしれない。リューデンの貴族は謝罪を好まないようだが、人の目がない廊下とはいえこうして地に額をつけることもいとわない。

 ただ小心者なだけかもしれない。だが、かたくなに自分の非を認めようとしない人間よりはずっとマシだとリーシャは思った。

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