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オスカーの相談

「私は部屋に戻りますが、オスカー様はどうされますか?」

「……その前に、少し相談があるのだが」

「何でしょう」


 オスカーは自室へ下がろうとするレアを呼び止める。不思議そうに立ち止まったレアにオスカーは「ここではちょっと」とローナの部屋に視線をやった。


「ああ、ではティールームへどうぞ。あそこなら人がいないはずですから」


(リーシャ様には聞かれたくないことのようね。なにかしら)


 そわそわとするオスカーの様子にレアは首を傾げる。自室へ案内しようとも考えたが、他人の婚約者を自室へ招き入れるのは良くない。

 それならば、この時間は誰も利用しないティールームで話を聞こうと考えた。


「それで、相談とは一体何でしょう」


 レアは使用人に茶と茶菓子を用意させ、声をかけるまで一切部屋に入らないよう申しつけた。人払いしておくに越したことはない。


「先ほどの、流行について聞きたいのだが」

「流行? ああ、髪の色や目の色に合わせて杖や装身具を作るのが流行っているという」

「それだ。実は、リーシャに指輪を贈りたいと考えていて……」

「指輪ですか?」

「ああ。イオニアには夫婦となった際に揃いの指輪を身につける風習があるのだが、まだリーシャに指輪を贈れていなくてな。リーシャが望んでいる翡翠の指輪を手に入れるのには時間がかかりそうだから、その前に何か別の指輪を贈れたらと考えたのだ」

「別の指輪……ですか」


 レアは考えを巡らせた。オスカーが望んでいるのはおそらく普通の贈り物ではない。夫婦の証を手に入れるまでの代わり、その代替品となる代物だ。


「つまり、オスカー様がお探しなのは『婚約指輪』ということでしょうか?」

「婚約指輪?」


 初めて聞く言葉だ。


「最近の流行です。婚約の証に男性から女性に贈られる指輪のことですわ」

「そんなものがあるのか」

「ええ。私も婚約者の殿方に頂きましたわ。子女の間では婚約指輪を貰うことがステータスなのです。お茶会に参加する際に身につけて、婚約者がいることをそれとなく示すのが流行っておりますわね」

「そんな文化があるとは知らなかったな」

「流行始めたのはごく最近のことですから。我がルドベルト家も一枚噛んでおりますのよ」


 レアはそういって「ふふ」と微笑んだ。


「つまり、()()()()()()()()()()()()()ということです」


 現代において宝飾品は装身具というよりも魔道具として消費されている。より身近に、より使いやすく、嗜好品というよりも消耗品として世の中に浸透している。

 そんな流れの中でもう一度宝飾品の「格」を取り戻そうとして生まれたのが「婚約指輪」だった。


「婚約指輪は贈り手の家格を測るもの、つまり()()とされています。お茶会で相手の手元を見れば、どんな相手と婚約をしているのか察しがつくのです」

「なるほど。贈る側は一目で見て高価だと分かるものを送らねばならないということか」

「左様でございます。安物を渡せば婚約者に恥をかかせる上に自分の家名にも傷が付きますから」


 一目で高価だと見て分かるのが重要なので、大きな石であればあるほど良い。それもできれば天然石で貴重な宝石が好ましい。そうやって貴族の間で競い合わせ、宝飾品の価値を高めるのが目的だ。


「中にはどうしても予算が足りないという方もいらっしゃるでしょう? そういう方に()()()()()()()()()をおすすめするのです」

「……なるほど。模造品を売りつけるわけか」

「模造品というと聞こえが悪いですわね。でも、その通りですわ。我がルドベルトの魔工宝石は天然石にも見劣りしませんし、品質はずっと上ですから、ぱっと見ただけではそれが天然か人工かなんて分かりませんもの。

 魔工宝石は天然宝石に比べたら安価ですから、値段にしたら大きくて見栄えのする指輪をご用意できるのです。

 それ故、こっそりと人目を避けて相談に来られる方が多いのです」

「阿漕な商売だな」

「商売上手だと言ってくださいませ」


 つまりはマッチポンプだ。婚約指輪という流行をつくり、そこからあぶれた者相手に商売をする。天然宝石を扱う宝石商も、指輪を作る職人も、魔工宝石の職人も儲かる良いアイデアだとレアは言う。

 少なくとも消耗品として商売をするよりもずっと儲かる。貴族は見栄っ張りだ。家格を良く見せるためには金を惜しまない。貴族だからこその目の付け所だ。


「だが、婚約の証か。悪くない」


 ずっとリーシャの指が空いているのが気になっていた。「花の国」でヴィクトールに言われたからというのもある。ああやって男が言い寄ってきたときに、「婚約者がいる」と証明できるものを身につけていてほしいという一種の独占欲のようなものだ。

 本来ならば早く翡翠の指輪を用意したいところだが、あいにく翡翠の産地を訪れる機会に恵まれていない。できれば市販品ではなく、原石から選んで指輪を作りたいと考えているのだ。

 一生に一度の大切な指輪だからこそ、妥協はしたくない。

 これぞという翡翠を見つけるまでのつなぎとして、「婚約指輪」は悪くない。


「先ほどの……スフェーンと言ったか。あれで指輪を作ろうと考えているのだが、どうだろうか」

「あれはリーシャ様の瞳の色でしょう? 婚約指輪にするなら、オスカー様の瞳の色を選んだ方が喜ばれますわよ」

「俺の? そういうものだろうか」

「婚約者様の瞳の色なの! というのが定番ですわ」

「……そうか。だが、俺の瞳も髪も黒色だからな。地味すぎないか?」


 黒は決して華やかな色ではない。慶事に使う色には向いていないのではないか。


「そんなことはありませんわ。黒い宝石でも美しい宝石はたくさんありますもの。たとえば……そうですわね。ブラックオパールやブラックダイヤモンドなどが良いかもしれません」

「ブラックオパール?」


 オパールと言えば虹色に光る透明な石というイメージだ。リーシャが前にオスカーに見せたのがそれだった。


「オパールには色味が何種類かあって、その一つですわ。黒い地の中に遊色が光ってとても美しい石なんです。値は張りますが、どこへ出しても恥ずかしくない宝石ですわ」

「ふむ」


 いかんせん、宝石の善し悪しについて詳しくないので何の石で作ればいいのか迷ってしまう。


(俺が気に入った石だとしても、リーシャの好みかは分からないからな)


 リーシャの仕事に同行して様々な宝石を見てきたが、石の好みは人それぞれだ。自分で購入するならまだしも、贈り物ともなれば選ぶ難易度は格段に跳ね上がる。石の素人ならばなおさらだ。


「宜しければ、私の行きつけの店を紹介しますわ。きっと相談にも乗ってくださると思いますよ」

「ああ。頼む。助かるよ」

「ふふ、相手がリーシャ様だとオスカー様も大変ですわね」

「どういう意味だ?」

「宝石修復師相手に宝石を贈って喜ばせるなんて、普通の令嬢を喜ばせるよりも百倍難しいという話です。

 はしたない話ですが、私も婚約者に指輪を頂いた際にまず指輪をじっくりと観察してしまいましたから」

「……なるほど」


(おそらく、リーシャも同じことをするだろう)


 指輪を貰った嬉しさよりも、何の宝石か、質はどうか、どこの産地か、内包物はあるか、傷はないか……と、そんなことを考えてしまう。職業病と言っても良い。

 そこでお眼鏡に叶えばいいが、もし気に入らなかったら? 相手は目の肥えた宝石修復師だ。かなり手強い。


「やはり、専門家の手を借りた方がいいな」

「それが宜しいかと。目利きの店員を紹介しますからご安心くださいませ」

「ありがとう」


 贈り物というのはこんなに難しいものなのか。ただの贈り物ではない。愛する人に喜んでほしいと思うからこそ、こんなに悩み苦しむのだ。

 明日リーシャの杖を作りにいくというので、その間にこっそりと抜け出してレアに紹介してもらった宝飾品店へ赴くことにした。

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