祖母のいた部屋
結局、宝物庫に「蒐集物」らしきものは見あたらなかった。「もしかしたら」と期待していたが空振りに終わり、リーシャは目に見えて落胆していた。
面倒事に巻き込まれると分かっていてリューデンに来たのは蒐集物が見つかる可能性が高いと踏んでのことだったが、どうやら無駄足に終わったようだ。
「先ほどお話ししたローナ様の私室をご覧になりますか?」
がっかりするリーシャを元気づけようとレアが提案をする。
「ああ、そういえばそんな話をしていましたね」
「きっとお気に召すと思いますわ」
レア曰く、ローナの私室は普段立ち入り禁止とされているらしい。立ち入りが許されるのは月に一度の清掃時のみで、普段は鍵がかけられているようだ。
「今日は祖母に鍵を借りてきましたの。リーシャ様には是非見ていただきたいとおっしゃって」
「ローナ」と名前が記された看板がかかる部屋の前に着くとレアは扉の鍵穴に鍵を差し込み捻った。ガチャ、と音がして鍵が開く。扉を開くとふわりと心地の良い風が部屋に吹き込んだ。
「少し埃っぽかったのであらかじめ部屋を換気しておきました。どうぞご覧になってください」
「ありがとうございます」
誰も使っていないとは思えない、生活感のある部屋だった。ベッドは綺麗に整えられ、壁や床にしみ一つない。大きなベッドに大きな鏡台。
他のご令嬢の部屋と違うのは、ベッド横の壁一面に取り付けられた大きなガラス棚だ。
「圧巻だな……」
棚を見上げたオスカーは息をのんだ。ガラスの向こう側には立派な鉱物標本がずらりと並んでいる。日の光を浴びてきらきらと光る光景に思わず目を奪われた。
「……」
リーシャはその光景に見惚れていた。幼い頃に憧れた祖母の蒐集棚を思い出していたのだ。
(分かる。これは祖母の蒐集物だ。祖母はここで育って、ここで暮らしていたんだな)
正直、今の今まで実感がなかったのだ。
リーシャが知っているローナはぶっきらぼうで、厳しくて、祖父が亡き後の宝石修復店を切り盛りする女店主だ。
学び舎で祖母の痕跡を見た時も、どこか知らない人の足跡をたどっているようで現実感が無かった。
祖母からルドベルトの話を聞いたこともなかったし、祖母の人生というものを考えたことも無かった。ローナ・ルドベルトという人間をリーシャは知らなかったのだ。
だが、この蒐集棚を見た時にリーシャは理解した。確かにここに祖母は居たのだ。蒐集物の並べ方一つ見ても、これが祖母のものだと分かる。確かに、ローナ・ルドベルトという人間はここで生まれ育ったのだと、そして昔から何一つ変わっていなかったのだと理解したのだ。
「間違っていたらごめんなさい。リーシャ様が探している『蒐集物』というのは、ローナ様の蒐集物ですよね?」
「……」
(まぁ、さすがに指摘されるか)
賢者の学び舎に居たときも、リューデンに来てからも、リーシャは一貫して「ローナと自分は無関係である」と主張してきた。
あくまでも他人、ルドベルトとは関係がない人間であり、ここへ来たのは依頼を完遂した礼を受けるためであるという体裁である。
だが、どんなに鈍い人間であってもリーシャの容姿や「祖母」が集めていたという蒐集物のリスト、宝石修復の腕前を見れば察するものである。
「別に、そうだからといって祖母に告げ口をしようだなんて思っていませんわ。ただ、リーシャ様のお顔を見ているとそうとしか思えないんですもの」
「顔?」
「泣いていらっしゃるから」
「……え?」
レアに指摘されるまで、リーシャは涙が頬を伝っていることに気づかなかった。頬に手をやり、とめどなく溢れる涙を拭って初めて自分が泣いているのだと気づく。
「あ、あれ?」
泣いている、と自覚すると駄目だ。堰を切ったように瞳から涙が溢れる。不思議な感覚だった。
(おかしいな。どうしてだろう)
祖母を心から慕っていたという訳ではない。葬式でも涙一つ流さなかったくらい、リーシャの祖母に対する感情は冷めたものだった。
それは祖母がリーシャにとって親族ではなく師のような存在だったからかもしれない。
祖母の蒐集物を集めているのだって、初めは体よく故郷を離れる言い訳だった。幼い頃から憧れた、きらきらした宝物が盗まれたのが許せなかった、というのも勿論ある。だが、それだけが全てではなかった。
一体どうして涙が溢れてくるのだろう。
悲しい訳でもないし嬉しいわけでもない。ただ、この蒐集棚を見ていると無性に泣きたくなってしまう。
祖母の部屋で蒐集棚を眺めていた頃のきらきらとした気持ちがよみがえってくるようで、酷く懐かしい気持ちになる。
「大丈夫か?」
心配したオスカーがそっとリーシャの肩を支えると、リーシャは赤くなった目をこすりながら小さく頷いた。
「自分でもなぜ涙が出てくるのか分からなくて……。すみません」
「謝ることじゃないさ。俺には分からないが、色々と思うこともあるだろう」
「なんというか、失ったものを見つけたような、そんな気持ちです」
リーシャの実家にあったローナの蒐集物は失われてしまったが、ローナの私室にはまだこんなに沢山の蒐集物が保管されていた。
きっとローナが集めた蒐集物のほんの一部だが、それだけでも無事であったことが嬉しかったのかもしれない。
「それにしても立派な標本ばかりだな。見ろ、あれなんかリーシャの瞳の色によく似ている」
オスカーが指さす先には黄緑色の透明な石があった。
「スフェーンですわね。その大きさのものはとても珍しいんですよ」
「大きさもさることながら、透明度が高くて素晴らしい標本ですね」
リーシャの瞳は黄緑と黄色を混ぜたような色をしている。日の光を受けて光るとちょうどこのスフェーンのような色合いになる。
「そうですわ! リーシャ様の杖にこのスフェーンを使うのはいかがでしょう!」
スフェーンの標本とリーシャの瞳とを見比べたレアは「思いついた」という顔をするとリーシャに提案した。
「瞳の色や髪の色に合わせた石を使って杖や装身具を作るのがお洒落だと私たちの間で流行っているのです」
「このスフェーンを杖に?」
「大きい結晶ですし、歩留まりも悪くないと思いますわ。端材で指輪やイヤリングを作っても良いかもしれませんね」
「確かに、質は申し分無さそうですが」
「やはり蒐集物を加工するのは気が引けますか?」
「……いえ、そういう訳ではないのですが」
リーシャには元々使いたいと思っていた石があった。エメラルドだ。今回の杖は冠の国で作った「風見鶏」を基礎に作ろうと思っている。そのため、うまく稼働した実績のあるエメラルドを使うのが良いと考えていたのだ。
だが、スフェーンも素材としては悪くはない。風の魔法とも相性が良さそうだし、天然物なので性能にも期待ができる。
「気に入ったものがあればお渡しするように申しつけられておりますし、リーシャ様がお望みならばそのように致しますわ」
「……分かりました。ではそうさせて頂きます」
「かしこまりました。では、杖の工房へ赴く際に使用人に運ばせますわね」
「ありがとうございます」
「他にも気になる石があれば仰ってくださいな」
「じっくりと見たいので、お時間を頂いても宜しいですか?」
「もちろん! 集中できないと思うので、私は外でお待ちしておりますわ。ご用があれば外に控えている使用人に声をかけてくださいませ」
「俺も外で待っているから終わったら声をかけてくれ」
「分かりました」
一人になりたいだろうと気を回し、オスカーとレアはローナの私室を後にした。




