リューデンの思想
「先ほどは祖母が大変失礼しました」
宝物庫へ向かう廊下を歩きながらレアは申し訳なさそうに謝罪した。まさか一触即発の事態になるとは思っていなかったのだ。
「一つ確認したいのですが、御当主はオスカーがイオニアの人間だとご存じでしたか?」
「……はい。リーシャ様のことをお伝えした際に、お二人のことを調べるよう仰せつかりましたから。でも、まさかオスカー様が王族の方だなんて……」
(学び舎ではイオニアの出であることは明かしても身分は伏せたままだった。組合にもただの護衛として登録してあるし、分からないのも当然か)
レアが使える手段は学び舎の伝手や交友関係くらいだろう。「石の村」の管理人や事務棟の職員、「研究所」の研究者を当たればオスカーがイオニア出身で、イオニアは魔法がない国だということは分かる。
「身分を伏せていたのはこちらの都合だ。気にする必要はない」
「……ご配慮感謝致します」
「オスカーは気にならなくても私は気になります」
リーシャは不満そうな顔で言う。
「先ほどの御当主の態度は明らかにオスカーに対する差別心から来た物です。知っていたにも関わらず『イオニアなる国は知らない』だなんて。
こちらも証明できない以上、王族であることを疑うのは分かります。一国の王子が護衛も連れずに、しかも宝石修復師を護衛する側として働いているだなんて普通は信じられないでしょう。
でも、彼女がこだわっていたのはそこではなくて、オスカーが魔法を使えない国の人間だという点でしょう?」
あからさまな侮蔑と差別を自ら招いた客人の婚約者に行うなんて普通ではない。家宝を救った恩人の配偶者となる人物を辱めようとするのがなんとも嫌らしいとリーシャは憤っていた。
「祖母はリューデンから出たことがない根っからのリューデン人なのです。ご容赦ください」
「リューデンの人は皆御当主のような方ばかりなのですか?」
「驚かれるかもしれませんが、祖母のような考え方が一般的ですわね。馬車の中でお話ししたとおり、リューデンでは魔法の技量と魔力の量で人を測る習慣がありますから、魔法が使えないというのは理解を超えた、あり得ないことだと……」
レアは申し訳なさそうにオスカーの顔を見た。
「失礼を承知で伺うが、なぜそこまで魔法にこだわるんだ?」
その「習慣」がどのようにして生まれたのか、オスカーはそこに興味を持った。差別されることに不快感がない訳ではない。旅をする中で、リューデンほどではないが「魔法が使えない国」があることを驚かれることは多々あった。最近だと魔術師のラウラが記憶に新しい。
オスカーにとって、彼らの感覚は未知の感覚であり、新しい文化なのだ。憤怒するよりも知りたいという気持ちの方が勝る。
「リューデンでは古くから、『魔法は神に選ばれし者が使える特別な力だ』という考えが根付いています。故に、魔法を使えないのは神に選ばれなかった者であると……」
「選民思想ですか」
「そうと言われても仕方ありませんわね」
「だが、魔法を使えない、もしくは苦手とする者もいるだろう。そういう者たちはどうなるのだ」
「貴族であれば家を追われ、平民であれば国を出る者も多いですわ」
「では、今のリューデンには魔法が得意な者しか住んでいないと」
「ええ。ただ、魔法が不得手な者にも行く場所がないわけではないんです。隣国であるグロリアとローデンがその受け皿になっておりますわ」
「受け皿?」
「その二カ国はリューデンより魔法の才に対する考えが寛容ですから」
「……たしか、リューデン、グロリア、ローデンをまとめて魔法三国と呼ぶんでしたっけ」
「はい。ご存じかもしれませんが、魔法三国は昔一つの国家だったのです。その名残で、今でも魔法三国とまとめて扱われることが多いのですわ」
「そうだったのか」
と、そんな話をしているうちに城の宝物庫に到着した。厳重な扉を開けると中には宝飾品が納められた棚や鉱物が納められた棚が並んでいる。
心なしか、ひんやりと涼しさを感じた。
「湿度と気温を一定に保つようにしておりますの」
魔力貯蔵式の魔道具で湿度と温度の管理を行っているらしい。こんなに大きな保管庫を管理するとは大したものだとリーシャは感心した。
「お探しのものが見つかれば良いのですが」
リーシャは収納鞄から蒐集物のリストを取り出した。宝物庫にある鉱物や宝飾品の場所を把握しているので、リストの上から一つ一つ同じ種類の鉱物や宝飾品を確認していく。
鉱物のままならば良いが、原石から加工されて宝飾品や裸石に姿を変えていることもある。故に形だけではなく石の内包物や模様、特殊効果なども参考に探さなければならない。
「さすが魔工宝石の名家。石の質もさることながら種類も豊富ですね」
「石の村」の収蔵庫も凄かったが、この宝物庫はさらに上をいく。膨大な量の蒐集物にも関わらず、どれも質の高い石ばかりだ。
「ここにあるのは先祖代々集めてきた蒐集物ばかりですわね。ローナ様の私室にはもっと素晴らしい蒐集物が沢山ありますわ」
「え? 祖……ローナの私室が残っているのですか?」
「はい。出て行かれた時のまま、残してありますわ」
意外だった。勘当したと聞いていたのでてっきりもう無いものだとばかり思っていたが、まさかまだ祖母の私室が残されているとは。
「ここでの照合が終わったら見せていただいても宜しいでしょうか」
「勿論構いませんわ」
レアはにこりと微笑む。断る理由などないからだ。
「もしもその中で気になる石があれば、お持ちになってください」
「宜しいのですか?」
「当然です。本来ならばリーシャ様が継がれるはずのものですから。その方がローナ様も喜ばれるはずですわ」
「……」
「本来ならばリーシャが継ぐべきもの」という言葉にリーシャは眉をひそめる。マチルダといい、レアといい、ごく当然のようにリーシャをルドベルトの人間として扱うのがどうも引っかかる。
(勘当した割に、祖母に執着してるんだよね)
その根底にあるのは、今は亡きローナ・ルドベルトへの執着心だ。
(おそらく、本当は勘当なんてしたくはなかったんだろう。誇りと伝統ある貴族、ルドベルト一の才女が家を捨ててどこの馬の骨かも分からない男と東の果てへ駆け落ちした。
高すぎるプライドがそれを許容することができなかった。その結果勘当を言い渡したけれど、彼女が残した功績や偉業までもを手放すことはできなかったと見える)
「あのお方」と名前を口にしない割にはローナの作品を「家宝」と呼んだり、「偉大なる魔法師」と称えたり、居室をそのまま残しておいたり……。
言っていることとやっていることがちぐはぐすぎるのだ。
魔法の技量と才が全てのリューデンにおいて、ローナの残した爪痕はあまりにも大きかった。王族に嫁いでもおかしくはないというレアの話がそれを物語る。
魔法に固執するルドベルト家がローナを忘れ、亡き者とすることなど不可能なのだ。一族で最も誇らしい華と才を持ち合わせた魔法師を、どうして忘れることができよう。
(だからこうしてもう二度と戻らないものに執着しているんだ。ああ、やっぱり面倒な場所へ来てしまったかも)
リーシャは今更ながら、リューデンに来たことを後悔していた。そんな場所にローナにうり二つの娘がやってきたらどうなることか。
想像していなかった訳ではない。ただ、その想像よりも遥かに根が深かっただけだ。
祖母が生まれ育った土地を見てみたいという好奇心もあった。だが、それ以上に厄介なことに首を突っ込んでしまったと心の中でため息をついたのだった。




