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当主との面会

 城の応接間には大きな暖炉がある。石を積み上げて作られた暖炉はリューデンの冬の厳しさをよく表している。その暖炉の側に立派な木で誂えた大きなテーブルがあり、そのテーブルを囲んで三人の女と一人の男が座っていた。

 城の主であるマチルダ・ルドベルト、その孫であるレア、客人であるリーシャとオスカーである。


「ようこそいらっしゃいました。わざわざ遠くからご足労いただきいたみ入ります」


 黒いドレスに色の濃い眼鏡をかけた老婦人は客人に丁寧に頭を下げた。が、その顔に笑顔はない。


「お招きいただきありがとうございます。私はリーシャ、こちらは婚約者のオスカーです」

「婚約者?」

「はい」


 マチルダはオスカーを一瞥した。


(値踏みをしたな)


 色が着いた眼鏡で視線が見えずとも分かる。マチルダの視線はオスカーの顔ではなく胸に輝く勲章に向けられていた。そしてその次に立派な布で作られた衣服。

 顔に見とれたメイドとは異なり、マチルダはオスカーの顔に一切視線を向けることなく眼鏡をくいと持ち上げた。


「ご紹介いただいても宜しいでしょうか」

「もちろんです。彼はオスカー。私の護衛です」

「お初にお目にかかる。リーシャの護衛を務めるオスカーだ」

「随分と立派なお仕立てですね。先ほどとは打って変わって見違えるよう」


(先ほど? ああ、どこからか見ていたのか)


 リーシャたちが到着した際に窓から何かから見ていたのだろう。オスカーの服装に対して嫌みを言うとは、心の内を隠す気がないらしい。


「事情があって共に旅をしておりますが、彼はイオニアの王族です。失礼な物言いはお控えください」


 リーシャが冷たく言い放つとマチルダは一瞬硬直したあと「ごほん」と咳払いをした。


「王族の方が護衛を? おかしな話ですね。本来ならば護衛される立場のお方のはずですのに」

「疑っておられるのですか?」

「信じろと言う方が難しいのでは?」

「……そうですか。ではこちらをご覧ください。イオニアの王から直々に頂いた依頼書です」


 こう言うときに役立つのがイオニアを出るときに王に認めてもらった依頼書だ。オスカーの随行は「依頼」という体なので念のため依頼書を作って貰ったのだ。

 上質な羊皮紙に王の署名と印が押してある。


「私は()()()()()()()()()()()()()()()()()、これが本物かどうか判断できません」


 依頼書を手にとってじろっと眺めたあと、マチルダはそう口にした。


「……」


 「イオニアなる国」という侮蔑的な表現にリーシャの顔から表情が消えた。


(知っていて言っているな)


 澄まし顔のマチルダを見て確信した。彼女はオスカーがイオニア出身であることも、イオニアが魔法を持たない国であることも知っていてわざとこのような態度をとっているのだと。

 これは身分が低い者に対する態度ではない。身なりが悪い人間に対する軽蔑でもない。魔法を使えない者に対する侮蔑なのだ。


「私の婚約者が信用できないと?」


 リーシャは酷く冷たい声で言う。


()()()()()()()()()()()()()()()()がよくそのような戯言を口にできますね。それがあなた方の尻拭いをした人間に対する態度ですか?」


 郷に入っては郷に従え。

 マチルダのような人間にはリューデンのしきたりに則って接する方が効果があるのだ。強い言葉を使うのは気乗りがしないが、オスカーに対する侮辱を考えたらこのくらいの意趣返しは許されるだろう。


「おかしいですね。私は礼をしたいからと言われてこの城に来たはずなのに、こんなに不快な思いをするなんて。オスカーを疑うということは、その婚約者たる私を信用していただけていないという意味ですよね」

「違います!」


 マチルダは慌てた様子で立ち上がる。


「貴女は我がルドベルトの血を引くお方でしょう?」

「我が祖先にルドベルトの人間は居ません。縁もゆかりもないと聞いておりますが」

「……!」


 そう、リーシャの祖母であるローナはルドベルトから勘当されている。例え血は繋がっていてもとっくに縁が切れた他人だ。


「それは……!」


 マチルダはなにも言い返せずに言葉に詰まってしまった。ローナを勘当したのはルドベルトだ。今更その子孫に「我が一族の子」などと言ってすり寄るのは何よりも恥ずべき行為だとマチルダ自身も分かっているからだ。


(今、この場で一番立場が上なのはリーシャだ)


 二人のやりとりを見ていたオスカーはそう感じた。

 ルドベルトの当主たるマチルダはリーシャに対して強く出ることができない。それはリーシャの「あの程度の宝石も修復できないお方」という言葉によく現れている。

 リーシャはルドベルト家の誰もが修復することのできなかった宝石を完璧に修復した。その時点でリーシャの立場はルドベルト家の誰よりも上なのだ。

 リーシャはそのことをよく分かっている。だからこそ、強い言葉を使って上下関係をはっきりさせたのだ。


「……分かりました。失礼な態度をとったことをお詫びします」


 マチルダは絞り出すような声でそう言った。言葉の端々に悔しさがにじみ出ている。本意ではない。そう顔に書いてある。


「そろそろ本題に入りませんか」


 リーシャがレアに目配せをするとレアははっと我に返ったように頷いた。


「この度は我がルドベルト家の家宝を修復していただきありがとうございました。リーシャ様が宜しければ、いくつか礼の品を用意致しますので受け取っていただければと……」

「何でしょう」

「この城にある宝物庫、ルドベルトの鉱物と宝石の蒐集物の中から気に入った物があれば差し上げます。それと、杖をご所望のようでしたので我が家で費用を負担させて頂ければと思っております」

「悪くはありませんね」


 宝物庫の蒐集物を……というのはリーシャの事情を知っているレアの提案だろう。魔工宝石の大家であるルドベルトの蒐集物ならば祖母の蒐集物が見つかる可能性も高い。もしも見つかればそのまま持って行って良いということだ。

 「石の村」で杖を作りたいと話したのも覚えていたらしい。確かリューデンにはルドベルト家御用達の良い杖職人がいるとか。

 元々杖を作るのに金は惜しまないつもりだったが、資金を提供してくれるというのならば悪い話ではない。


「受け入れてくださいますか?」

「ええ。有り難く頂戴致します」

「良かった」


 レアはほっとした様子だ。マチルダとの言い合いで一体どうなることかと思ったが、無事に提案が受け入れられて良かった。……とそんなところだろうか。


「では、早速宝物庫へご案内しますわ」

「お願いします」


 レアの案内に従って席を立つ。重厚な扉が閉まる隙間からばつが悪そうにこちらをにらむマチルダの顔が見えた。

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