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あからさまな態度

 ルドベルト家の居城、「リュドッセン城」は山の山頂に作られた山城である。古い時代に王家から姫を迎えるために作られた古城で、領地である旧鉱山一帯を見下ろせるようになっている。

 城に着くと大勢の召使いに出迎えられ、リーシャとオスカーは大きな貴賓室に通された。立派な絨毯に豪華な家具、美しい金の装飾がなされた壁紙に豪奢な彫刻が施された天蓋つきのベッド。

 決して見かけ倒しではない、ルドベルトの懐が潤っていることは一目瞭然だった。


「オスカー、嫌な気持ちにさせてしまってすみません」

「いや、気にするな。レアも言っていただろう。そういう国だと割り切ればいい」

「ですが、あんなにあからさまな態度をとるなんて」


 リーシャは腹を立てていた。

 「賢者の学び舎」で御者がオスカーを無視していたのには気づいていた。だが、その一度だけならば「気のせいだ」とも「たまたまだ」とも言い訳がつく。

 馬車が城へ着いたとき、城の使用人はリーシャとオスカーとで明らかに態度を変えた。リーシャには頭を下げ、荷物持ちの人間までついて回ったにも関わらず、オスカーのことはまるで()()()()()()()()()()()()()をとったのだ。

 中にはリーシャとオスカーの間に割り込み、リーシャをオスカーから引き離そうとする者すらいた。


「あまりにも失礼です」

「俺はただの護衛だ。きっとそう伝わっているのだろう」

「確かに、レアにはオスカーが婚約者とは伝えていませんが……。そうだとしても、あまりに酷い扱いだとは思いませんか?」

「……」


 気持ちの良い対応と言えないのは確かだ。不快だ、というよりも面を食らったと言った方がよいか。ここまであからさまな「差別」を受けたのは初めてだった。こんな国があるのかと驚いた気持ちの方が大きい。


「これから当主と会うのだろう」

「はい。レアのおばあさまだと言っていましたね」


 リーシャの到着を伝えるためにレアは一足先にこの城の主の元へ向かった。当代の主はレアの祖母にあたる人物らしい。

 今までのことを考えると曲者の可能性が高いとリーシャは踏んでいた。


「レアのおばあさまと言うことはリーシャのおばあさまとも近い方なのだろうか」

「おそらく……。だとすると、かなり厄介な相手であることは間違いないでしょう」

「厄介?」

「色々とうるさそうです」


 今の旅装のままだと確実に何か言われる。当主の機嫌を損ねないような格好に着替えた方が良さそうだ。


「とりあえず、正装に着替えましょう。流行のデザインのものよりは伝統的な衣装の方が良いでしょうね」

「分かった。持参した正装で大丈夫だろうか」

「花の国で着ていたイオニアの正装ですよね? あれならどこへ出ても大丈夫だと思いますよ。私は……そうですね。あまり派手な色ではない大人しいドレスにしましょうか」


 収納鞄にしまってあるドレスの中から良さそうなものを何点か見繕う。あまり明るすぎない色で丈が長いもの、軽く見えないようにそれなりに装飾がついている物がよい。

 リューデンでの流行は分からないが、お国柄を考えると古典的なデザインが好まれそうだ。


(ドレスの善し悪しについてはレアのドレスが参考になる)


 賢者の学び舎でリーシャを迎えに来た際、レアは石の村で着ていた普段着からドレスに着替えていた。一昔前に使われていたような古典的な意匠のドレス――言ってしまえば「古めかしいデザイン」のドレスだ。


(レアはあの格好のまま当主へ会いに行った。ということは、あのドレスに合わせておけば問題はないだろう)


 夜会や会食に出るためにドレスは多めに持っている。滞在している国の流行や風習に合わせて着回せるように作っているので、古典的なドレスも何着か用意してある。


「今回はこの深緑色のドレスにします」


 候補としてあげたドレスを姿見の前で合わせ、深緑色の生地に黒いレース、スカートの部分に金色の刺繍が施されたドレスを選んだ。


「うむ。よく似合いそうだな」

「ふふ、ありがとうございます。装飾品もこれに合うものを選びましょう」


 緑と金のドレスなので金の地金にエメラルドの首飾り、真珠のイヤリング、真珠の髪飾りを選んだ。少し大振りで存在感のある装飾品だ。


(オスカーのためにも舐められないようにしないと)


 リューデンでは互いの力関係をはっきりさせる習慣があるように思える。客人であるオスカーに対する使用人の態度から察するに、身分や服装で相手を品定めするきらいがある。


(オスカーが護衛だというのが原因なのか、はたまた別に理由があるのかは分からないけど……。オスカーに対する態度を改めさせるためにも、隣に並んで恥をかかせないような格好をしないと)


 「当主」にはオスカーを「婚約者」であると紹介するつもりだ。それで態度が変わらないのならば、差別の理由は別にあることになる。

 実のところ、その別の理由に心当たりがない訳ではなかった。だが、証拠がないので確信が持てないのだ。

 もしも推察が当たっているとしたら、ここは居心地の悪い国だ。用事が済んだらすぐに出立しようとリーシャは心に決めていた。


「リーシャ、一つ提案があるのだが」


 鏡の前で身支度を整えたオスカーが振り向きざまに言う。


「何でしょう」

「当主には俺の身分を明かしてはどうだろうか」

「え?」


 思わぬ提案だった。できればルドベルトとはあまり関わり合いになりたくはない。リーシャの祖母とルドベルト家は絶縁している。面倒事になりそうだからだ。

 だからこそ、オスカーのことは「婚約者である護衛」と言って通そうと思っていた。この国の人間がオスカーがイオニアの――魔法を使えない国の王族だと知ればどんな感情を抱くか容易に想像がつくからだ。


「理由を聞いても良いですか?」

「うむ。この城の人間が俺を好ましく思っていないのは分かっている。もしも俺が魔法を使えない国の人間だと分かればどのように思われるのかも……。

 だが、王族だとなれば少しは箔がつくだろう」

「箔、ですか?」

「リーシャに恥をかかせたくない」

「……!」


 リーシャはオスカーの言葉にはっとした。オスカーは身分を明かすことによってリーシャの体面を保とうとしているのだ。

 ルドベルトのリーシャに対する扱いから考えて、この国においてリーシャの身分はかなり高い。その婚約者たる人間がどこの国の者かも分からぬ「護衛」というのは体裁が悪く、リーシャに恥をかかすことになるかも知れない。

 それならばいっそのこと身分を明かしてしまおうとオスカーは考えたのだ。


「王族という身分ならば()()()だろう」

「足りるだなんて、そんな……」


 恥ずかしかった。オスカーにこんな気遣いをさせてしまう自分も、この国も。


(私が守らないとと思っていたけど、オスカーは守られるほど弱くない)


 オスカーは優しすぎる。嫌な思いをしても態度には出さず、ぐっと我慢している。それは連れ立っているリーシャに恥をかかせないためだ。

 それが分かっているからこそ、リーシャは早くリューデンを発とうとしていた。オスカーにとっては居心地の悪い場所だからだ。

 当主のお眼鏡に叶う服装をし、隣に立つオスカーは自分と対等な人間であると言うつもりだった。そうすればオスカーを守れると思っていたのだ。

 だが、オスカーは守られるのではなくリーシャを守ろうとした。自身が面倒事に巻き込まれるリスクがあるにも関わらず、リーシャの隣に並び立つために身分を明かそうと言ってくれた。

 それがとても嬉しくて仕方ない。


「いいんですか、私なんかのために」

「構わないとも、リーシャのためならば」

「……そうですか」


 優しくほほえむオスカーの顔をまともに見れずに顔をそらす。顔が火照って耳まで赤くなっているのが分かった。真っ赤な顔をオスカーに見られるのは恥ずかしい。


(本当に、私には勿体ない人だ)


 この優しく包み込むような性格にリーシャは惚れたのだ。少し頼りないところもあるけれど、一緒に居ると安心する。長い間一人で旅をしていたが、初めて「離れ難い」と思ってしまった。


(私もオスカーと釣り合うような人間にならないと)


 鏡に映った自身の姿を眺めてそんなことを思う。

 王族であるオスカーと宝石修復師のリーシャ。旅をしている間だけはただの護衛と宝石修復師でいられる。

 ただ、時々公の場に出る度に思うのだ。自分は果たして王子にふさわしい人間なのかと……。


 互いに着替えをすませて部屋で待っていると、コンコンと扉を叩く音がした。


「失礼いたします。ご当主様がリーシャ様にお会いしたいと仰っておりますので、応接間までお越しください」

「分かりました」


 メイドの呼びかけに応じて貴賓室から出るとメイドがぎょっとした顔でこちらを見ている。


「何か?」

「い、いえ。こちらです」


 慌てるメイドを見たリーシャは顔には出さずに心の中でニヤリと笑った。メイドはオスカーを見て動揺したのだ。

 先ほどまでくたびれた旅装束だった男が勲章を下げた立派な正装を着て現れたのだから相当驚いたことだろう。一目で身分の高い者だと分かったはずだ。


(我ながら性格が悪い)


 あのぎょっととした顔を思い出すと溜飲が下がる。あれほどバカにした態度をとっていたのに、今は歩きながらチラチラとこちらを見ているではないか。


(まぁ、きっと服装だけではないだろうな)


 リーシャは自分の後ろを歩くオスカーの顔をじっと眺めた。顔がよい。そう、顔がよいのだ。


「どうした?」


 じーっと見つめるリーシャの視線に気づいたオスカーは不思議そうに尋ねるが、リーシャは澄まし顔で「いえ、別に」と答えた。

 こうして正装をしていると、オスカーが本物の王族であることを思い出す。たまにしか見ることができないが、リーシャはオスカーの正装姿を気に入っていた。


「私の婚約者は格好いいなと思いまして」

「なっ! どうしたんだ、急に」

「なんでもありません。気にしないでください」


 上機嫌なリーシャが楽しそうに歩くのを見て、オスカーは不可解そうに首を傾げた。

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