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堅苦しい国

 魔法三国の一つ、リューデンは古くから魔法の研究が盛んに行われてきた魔法大国である。その歴史は魔法教会設立の遥か昔、まだ現代魔道具が生まれる前の時代までさかのぼる。

 決して大きな国ではないが、王族や貴族が持つ固有魔法やそれを生かした魔道具制作の技術は他の追随を許さず、魔法騎士の国グロリアと農耕と文化の国ローデンとの間に結ばれた同盟関係によって独立を守り続けてきた「誇り高き魔法の国」であった。


「遠くに城が見えるでしょう? あれが我がルドベルトの居城です」


 森と山に囲まれた僻地、王都リューデンベルグから遠く離れた場所にルドベルトの城はあった。遠くから見ても分かる、石造りの立派な城だ。


「昔はこの辺りに鉱山があって随分と栄えていたそうです」

「昔は、というと今は?」

「ずっと昔に閉山してそれきり。今は王侯貴族を相手に魔工宝石の生産と修理で生計を立てていますわ」

「なるほど」


(随分とへんぴな場所に城があるなと思ったら、そういう理由だったのか)


 リューデンの首都から遠く離れた「賢者の学び舎」との国境、ちょうどその境に面した場所にルドベルトの領地はあった。

 周囲は山と森ばかりで村も町も見当たらない。一体なぜこんな場所に居を構えているのかと思ったが、栄枯盛衰、かつての栄光見る影もなくということのようだ。


「私も城へ戻るのは随分と久しぶりなので少し緊張しますわ」

「そうなんですか?」

「ええ。ここと比べると学び舎は幾分か居心地がよいので、つい居着いてしまうのです。リューデンは窮屈だと、外に出て初めて気付きましたわ」

「窮屈……。堅苦しい国だということでしょうか」

「堅苦しいというよりは()()()()()()といった方が良いでしょうね。古き伝統を守る国、といえば聞こえは良いでしょうが……」


 レアはため息混じりに苦笑した。


「リューデンは魔法至上主義なのです。魔法の技術と魔力の量によって一生が決まってしまう。たとえ貴族であっても魔力が乏しければ追放され、貧民であっても魔法の才能があれば貴族の養子として迎えられる。

 我々のような上級貴族はその家名にふさわしい才能と魔力量を求められます。常に研鑽を積み、生まれに関わらず最も秀でたものが当主に任じられる。実力主義の伝統ですから、その決定には誰も逆らうことが出来ないのです」

「ということは、妾の子であっても才能さえあれば当主になれると?」

「ええ。リューデンは多妻制ですから。魔力の多い子女を妻として迎えたり、才能のある男子を養子として迎えることは良くあることですわ。

 家の家格を保つため、貴族としての役目を果たすために当たり前の手段であるという考えです」

「なるほど。それで自由がない国……と」

「分かっていただけたかしら。正直、この国で一生を過ごすなら何も疑問に思わなかったと思いますわ。ですが、学び舎で生活をするとそれがいかに不自由なことなのか良く分かるのです。

 結婚もせずに自分の好きな研究をして死ぬ人生もあれば、村で出会って一緒になる方たちもいる。魔力が乏しくても知識が豊富な方もいらっしゃるし、魔力も知識もないのに魔法が好きでたまらないという方もいらっしゃいますわ。

 そういう自由が、私にはとても眩しく見えましたの」

「……」


 学び舎について語るレアは、まるで恋いこがれる乙女のような顔をしていた。リューデンの貴族に自由などない。一生を魔法の研究に捧げ、家業を維持し、発展させることこそが人生の喜びであるという古い考えが今も残っているからだ。


「だから、ローナ様の気持ちも少し分かるような気がするのです」


 レアがぽつりとつぶやいた言葉にリーシャは耳を傾ける。


「ローナ様は貴族としての勤めと自由を天秤に掛けて自由を選び取った。とても勇気のあるお方ですわ。私には無理ですもの。家の役目と婚約者を置いて異国へ渡るだなんて。しかも……か、駆け落ちをなさるなんて!」

「え、祖……ローナには婚約者が居たんですか?」


 祖母に婚約者が居たなんて初耳だ。そんなこと、祖母からも祖父からも聞いたことがない。


「おそらく……。私たちは幼少時に才能の見定めがあって、その結果を元に婚約者を決めることが多いですから。ローナ様ほどのお方ならば王族に嫁ぐか、当主に指名されて婿をとるかのどちらかだと思いますわ」

「王族……」

「我がルドベルト家は王族とも縁が深いのです」


(王族と縁があるなんて。上級貴族とも言っていたし、ルドベルトはかなり高位の貴族なのかもしれない)


 とすると、その血筋であるリーシャもリューデンの王家と縁のある血筋ということになる。


(名家の生まれとは聞いていたけど、まさかここまでとは)


 リーシャは在りし日の祖母の姿を思い浮かべた。

 リーシャと同じ灰色に近い銀髪に緑色の瞳。礼儀作法に厳しく魔法に関する物事には一切妥協がない。


(思えば、祖母に魔法を誉められたことがない。出来て当たり前。出来ないなんて口に出来るような甘い指導ではなかったから。

 当時は私の腕を見込んでくれているものだとばかり思っていたけど、そうか。元々そういう環境で育った人だったんだ)


 レアの話を聞いて腑に落ちた。リューデンを離れてもなお、祖母はリューデンの人間だったのだ。

 誇り高きルドベルトの血を引く証、灰色に近い銀の髪を持って生まれてきた孫に、ローナは胸を高鳴らせたに違いない。

 自分の孫にふさわしい、貴族としてごく当たり前の教育を受けさせる。自分の跡を継ぐにふさわしい、立派な後継者に育てようとした結果が、あの苛烈な教育だったのかもしれない。


(だとすると、やはり祖母にとって妹は腫れ物だったんだろうなぁ)


 両親に蝶よ花よと育てられた妹は銀の髪も魔法の才も受け継がなかった。両親と同じ暗い色の髪をした妹を祖母はあからさまに嫌っていた。

 妹は魔法が不得手な訳ではない。下手ではないが、普通だった。祖母にとってはそれでは「足りない」のだ。


 なぜそこまで魔法の得意不得意にこだわるのだろうと幼き日のリーシャは思ったが、それも実力主義のリューデンで育った故のこだわりだったのだろう。

 自分の跡を継がせるのは実子ではなく孫であるリーシャであると、リーシャに対するローナの態度を見た者はすぐに理解しただろう。


(妹が魔法を嫌いになったのは、たぶん祖母のせいだ)


 妹が魔法を使えるようになると、祖母は妹にも「教育」を施した。もちろん妹はリーシャのようにうまく行かず、祖母は一週間で妹を見限った。


『おまえはだめだね』


 祖母は短くそういうと妹を部屋から追い出した。

 それから妹は魔法の練習から逃げ回るようになった。両親が教えようとしても理由を付けて断り続け、妹が可愛くて仕方がない両親はそのうち「練習しろ」とは言わなくなった。

 祖母そっくりの容姿をして自分たちよりも祖母に気に入られているリーシャよりも、自分たちと同じ髪の色と目の色をしている妹の方が可愛いのだろうとリーシャは薄々感じていた。


(祖母にとって私の父母や妹は家族ではなかったのかもしれない)


 リューデンのしきたりを考えると、凡才の両親や妹は貴族としての資格を持たない。ローナはそう考えていたのかもしれない。

 その考え方や態度が、リーシャと家族の間に埋められない溝を作った。ローナは異国へ渡っても尚リューデン人で、その物差しで人を計っていたのだとリーシャは今更ながら気づいたのだった。

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