ルドベルトの使者
「じゃあ、水の再利用についての研究が進んだらまた連絡するよ」
「ありがとう。連絡は宝石修復師組合のオスカーまで頼む」
「分かった」
「また来てね」
「ええ、またいずれ」
翌朝、トライユとラウラに別れを告げると貸し馬で石の村に向かった。途中、少々寄り道をして湖の周辺にある湿地帯に立ち寄り観光をした後にまた一日弱かけて石の村まで戻る。
翌日、石の村に到着し管理棟に立ち寄ると「どうされたんですか?」とフリッツが驚いた様子で出迎えてくれた。
「実はお尋ねしたいことがありまして」
「何でしょう?」
「展示室に飾られていた写真に祖母と一緒に写っていたのはタリヤという魔術師の方でしょうか?」
「……ああ、あの写真ですか。そうですよ。良くご存じですね」
「やはりそうなんですね。タリヤさんにお会いしたいのですが、今どちらにいらっしゃるかご存じですか?」
「今ですか?」
フリッツは不思議そうに首を傾げた。
「賢者の水瓶でお会いした魔術師の方に聞いたんです。魔術師は長命なのでまだ生きているかもしれないと」
「ふむ……。なるほど。ですが、今どこにいるかとなると難しいかもしれませんね。少々お待ちください」
研究棟の作業部屋に通されてしばらく待つとフリッツがメモを片手に戻ってきた。
「過去の在籍者記録を調べましたが、やはり六十年以上前に賢者の学び舎を去っているようです。その後は魔術大陸に戻ったようですが、そこからの足跡はこちらでは把握しておらず……」
「そうですか……」
「魔術大陸への渡航をご希望ですか?」
「可能なのでしょうか?」
「賢者の学び舎には交換留学制度がありますから、こちらで手配をすれば可能ですよ。リーシャ様の功績でしたら十分推薦可能でしょう」
(魔術大陸への渡航か)
今まで考えたこともなかった選択肢だ。宝石を核に使う技術が一般的ではないようなので「蒐集物」が大陸へ渡っている可能性は低いが、嗜好品として流れている可能性もなくはない。
「お守り」を作った可能性のある祖母の知人にも会ってみたいし、身元の保証もしてもらえるならば行く価値はあある。それになにより、魔法とは全く異なる「魔術」が発展した国を見てみたい。
だが、一度大陸を渡るとそう簡単には戻ってこられない。こちらでの「蒐集物」探しが終わっていない以上、今すぐ渡る理由が見つからない。
「ありがとうございます。今すぐにとは考えていないので、行くことが決まったらご連絡しても宜しいですか?」
「ええ。構いませんよ。リーシャさんの記録は残してありますから、首都の事務棟に連絡をしてくだされば対応出来るとおもいます」
「分かりました」
「これからまたどこか別の村を見て行かれるのですか?」
「いえ、もう賢者の学び舎を発とうかと」
「そうですか。どうかお気をつけて」
「ありがとうございます」
フリッツに礼を言い、今度こそ別れの挨拶を交わした。
学び舎を出る前に首都に立ち寄り貸し馬と借りていた本を返却する。
図書館には本の複製サービスがあり、オスカーは付箋を挟んでおいた箇所の複製を依頼した。今回のように専門書を借りることが出来る機会は早々ないからだ。
本を返却して図書館を出るとなにやら外が騒がしい。図書館の正面玄関付近に立派な馬車が一台止まっており、その周囲に人だかりが出来ていた。
「とても立派な馬車ですね。身分の高い方でもいらしているのでしょうか」
黒と金の誂えは派手だが下品さを感じさせない作りをしている。馬車を引いている馬の馬具も同じような色調で整えられており、「普通の馬車」ではないのが一目瞭然だった。
「失礼いたします。リーシャ様でお間違いありませんか?」
リーシャとオスカーが遠巻きに馬車を眺めていると背後から声をかけられた。
「そうですが」
リーシャが振り返るとそこには年老いた御者が立っていた。
「私に何かご用でしょうか」
「私はルドベルト家に仕えておりますエドガーと申します。奥様よりリーシャ様をリューデンへお連れするよう仰せつかり、お迎えに参りました」
「……私をリューデンへ?」
リーシャはおもむろに嫌そうな顔をした。その表情を見て見ぬ振りをしているのか、エドガーは「どうぞ、お話は馬車の中で」と野次馬を散らしながらリーシャを馬車へ案内する。
ガチャと重そうな音を立てながら馬車の扉が開くと中から見知った顔が覗いた。
「レア」
馬車の中にはレア・ルドベルトの姿があった。この状況には彼女が一枚噛んでいるということだろう。レアは申し訳なさそうな顔をして「こちらへどうぞ」と自分の向かいの席を指す。
「野次馬が多すぎますわ。一度中へ」
「……分かりました」
馬車の周りには見物客が大勢集まっている。図書館にも迷惑がかかるので仕方なしにリーシャとオスカーは馬車へ乗り込んだ。
「急にこんなことになって申し訳ないと思っていますわ」
「一体どういうことなのでしょう。説明していただけますか?」
「もちろんです。依然お話ししたように、あの魔工宝石は我がルドベルト家にとって家宝のような物。その修復を無事に終えたと実家に報告したところ、貴女を是非お招きしたいとおばあさまから連絡があったのです」
「……」
(面倒なことをしてくれたな)
レアもリーシャが嫌がっているのが分かるのか、終始申し訳なさそうな顔をしている。だが、あの依頼を受けた時点でこうなるかもしれないということは想像がついていた。
ルドベルトの宝石修復師が直せなかった石を修復し、絶縁してもなお「偉大なる魔法師」として称えられるローナ・ルドベルトにうり二つの少女がいると知れば接触を計ろうとするのは必然だ。
「宜しければ一緒に来てくださると嬉しいのですけれど」
「……」
「我が家には鉱物標本や宝石の蒐集物も沢山あります。もしかしたらお探しの物もあるかもしれません」
「……」
恐らくリーシャが「祖母の遺品」を探しているという事もルドベルト家へ通達済みなのだろう。
魔工宝石の名家であるルドベルト家だ。蒐集している宝石の質や量は間違いない。レアの言うように祖母の蒐集物がある可能性も高い。
そう考えると多少面倒事があったとしても行く価値は十二分にある。
「オスカー」
リーシャがオスカーに目配せをするとオスカーは「構わんぞ」と頷いた。
「……分かりました。伺います」
「ありがとうございます!」
「必ず連れてこい」とでも言われたのか、レアは安堵した様子で馬車の外にいた御者に合図をした。
「お荷物はこれで全てですか?」
「はい」
「分かりました。では、早速出発いたしましょう」
集まった野次馬を追い払い馬車が動き出す。多くの出会いがあった賢者の学び舎を後にして、馬車は一路リューデンへ走り出した。
これにて「賢者の学び舎編」は完結です。
次章はリーシャのルーツに関わるお話ですので楽しんで頂けると嬉しいです。
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