「御守り」の正体
その日の夜は湖で獲れた魚を使った豪勢な料理が机を彩った。リーシャとオスカーが翌日賢者の水瓶を発つと聞いたトライユが腕を振るったのだ。
料理に合うぶどう酒も振る舞われ、四人は楽しく食卓を囲んだ。
「ずっと気になってたんだけど、貴女のペンダント、魔道具?」
酒も進んだ頃、ラウラがリーシャの胸元をじっと見つめながら言った。
「私のペンダントですか?」
ペンダントというと、石榴石の「お守り」のことだろうか。服の下に隠しているのでラウラには見えないはずだが、それ以外に該当するものがない。
「そう。魔力を感じる」
「ラウラさんは魔力を感知出来るんですか?」
「魔術師は感覚が鋭いから」
「感覚が……」
(驚いた)
魔力を感知する、感じるということ自体は珍しいことではない。宝石修復師だって魔力の残滓を感知して宝石の修復歴を調べたりする。
だが、魔力の残滓を確認するには対象に直接触れなければならない。触れなければ感じられないのだ。
そのため、全く触れずに、いや、直接見もせずに服の下にある魔道具の動作を感知したラウラにリーシャは驚きを隠せなかった。
(感覚が鋭いとは一体どういうことだろう。魔術師は自然の理を越えた力を操れる。そもそも体のつくりが違うのかな)
「で、どう? 魔道具?」
「魔道具とは、魔術道具という意味でしょうか」
「そう」
リーシャは服の下から「お守り」を出し、首から外すとラウラに手渡した。
「いいのか?」
リーシャが「お守り」の存在を隠していることを知っているオスカーは不安そうに声をかける。
「正直、私もこれが何なのか分からないので……」
「ちょっと見せて」
ラウラはペンダントを受け取ると中央に嵌められている石榴石を入念に調べ始めた。
「ラウラが興味を示すなんて珍しいな」
丹念に石を調べるラウラを見てトライユが目を丸くする。
「この魔道具、おもしろい」
一通り調べ終わったのか、ラウラは満足そうにニヤリと笑った。そしてリーシャにペンダントを返すとダイニングテーブルの横に黒板を引っ張って来て大きな円を描き、その中に絵と文字のようなものを描いた。
「これがその石に焼き付いている魔術」
見たことのない文字と幾何学模様が組み合わさった複雑だが美しい図形だった。ペンダントに留められている石榴石は裸石としては大きい方だが、それでも石榴石の内側にこの複雑な図形を描くのは容易いことではない。
「凄まじい技量ですね」
「分かる?」
「はい。絵と文字を組み合わせること自体は珍しくはありませんが、ここまで複雑な物をこの大きさの物に正確に描いて焼き付けるなんて……。」
魔道具に施す魔法の基盤として絵や文様を施す文化は世界各地に存在する。リーシャが冠の国で飛行船に使用した「刺繍」もその一つだ。
だが、刺繍や陶芸など大きな物に細工をするのとペンダントに使う石に細工をするのとでは難易度が異なる。
金貨ほどの直径の石の内側、つまり外からは見えない場所に正確に図面を転写し、魔法を焼き付ける。そんな芸当が可能なのだろうかと疑いたくなるような代物だ。
「今までどんな魔法が組み込まれているか調べようとしたのですが、何故か上手く読み取れなくて。もしかして、魔術道具と魔法道具とでは術の組み込み方が違うのでしょうか?」
「ほとんど同じ。でも、この魔道具にはかなり強い守りの魔術がかけられている。見えなかったのはそれが原因かも。正直、私もここまでのものは初めて見た。一体どこで手に入れたの?」
「それは祖母の遺品なんです。名のある彫金師が作ったとは聞いているのですが詳しいことはよく分からなくて」
「彫金師……」
ラウラは目を閉じて思いを巡らせた。魔術師は器用だ。魔術を独占したがる性質故、出来るだけ他者に頼らず何でも自分一人でこなしたがるものが多いからだ。
とすると、ペンダントを作った「彫金師」とやらが「核」の加工をした可能性がある。だが、「核」の作者とペンダントの作者が別である可能性も捨てきれない。
「リーシャ、これは推察にしかすぎないが」
話を聞いていたオスカーが口を挟む。
「もしかしてその石は、おばあさまが学び舎にいる時に手に入れたものなのではないだろうか」
「……ああ!」
「どういうこと?」
「リーシャのおばあさまは若い頃、賢者の学び舎に在籍していたのだ。その際に魔術師と出会っていてもおかしくはないだろう。もしかしたらその魔術師に貰った、もしくは加工して貰った物なのではないかと思ったのだ」
「……なるほど。あり得るかも」
魔術師は賢者の学び舎から離れることは少ない。リーシャの祖母であるローナと魔術の接点があるとすれば学び舎だと考えるのが妥当だろう。
「おばあさまはどの村に居たの?」
「石の村です」
「石の村……。確か留学する時に貰った資料に乗ってた。五十年以上前に魔術師が一人、確か名前は……放浪のタリヤ」
「放浪のタリヤ? 二つ名ですか?」
「そう。あちこちフラフラしてるから。魔術師は同じ所に留まりたがるから、すごく目立つ。有名人」
「ちょっと待ってて」と言うとラウラは三階にある自室へ戻っていった。ガタガタとなにやら家捜しをするような音がしばらく続いたと思うと、古びた資料を手に階段を下りてきた。
「私が留学するときに貰った資料。ここに過去の留学生について書いてある」
資料には過去の留学生のうち大きな成果をあげた魔術師の紹介文が掲載されていた。その中に「タリヤ・ランドール」という魔術師の項目があった。
資料によると宝石を利用した魔道具の技術を魔術道具に応用する研究を行っていたらしい。
「宝石を使った核は魔術大陸では一般的ではないんですか?」
「珍しい。というより、魔術道具は素材を選ばない。収納鞄だって革に直接細工をしてる」
「確かにそうですね。宝石の類は付いていませんし」
「魔法の魔道具は基本的に全部宝石を使ってる?」
「全てという訳ではないですよ。刺繍や染め物、木や金属に直接文字を彫った物などもありますし。でも、耐久性や審美性、魔力を使う効率等を考えたら宝石が一番適しているんです」
「効率……」
「宝石のカットは光を反射させて美しく見せるためのもの。それと同じで、魔力を内部で反射させて増幅させているんだとか。
なので、透明度が高くて傷や不純物がない石の方が核に向いていると言われているんです」
「なるほど。ためになった」
そもそも、魔術道具と魔法道具とでは役割が異なる。リーシャが日頃使っている魔道具――近代魔道具は元々魔法教会が広めた「補助具」で、魔法を得意としない者が魔法を簡単に使えるようにするためのものだ。
現代においては主に魔法の焼き付けや文字・図柄の転写により「言葉」を簡略化し、誰でも簡単に特定の魔法を使えるようにするのが主な目的だ。
一方、魔術道具は誰かのために作るものではなく、魔術師が研究の成果を世に示すためのものである。そのため魔法道具における「核」のような製造基準が無いため、それぞれの魔術師が選んだ独自の素材を媒介に制作される。
そのため、なぜ魔法師は「宝石」という素材を好んで核に使うのか魔術師は不思議で仕方ないのだという。彼らにとっては自分たちが選んだ素材こそが最も自分の魔術に適した素材であり、他者と同じ素材を使うなんて「あり得ないこと」だからだ。
「この写真に写っている女性、石の村の展示室に飾ってあった写真にも写っていなかったか?」
資料に掲載されているタリヤの写真を見てオスカーが指摘する。
「ほら、リーシャのおばあさまと一緒に写っていた」
そう言われてよく思い出してみると、確かに祖母と一緒に写っていた赤くてウェーブのかかった髪の女性と似ている。いや、状況から考えておそらく同一人物だろう。
「確かに……。ということは、祖母はこの女性と接点があったと」
「接点、いや、もしかしたら親しい友人か何かだったのかもしれないな」
「気になるなら石の村の管理人に聞いてみたら?」
黙って話を聞いていたトライユが提案する。
「それは良い考え。写真が残ってるなら資料もあるはず」
「そうですね。すみません、オスカー。学び舎を出る前にもう一度石の村に寄っても構いませんか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
「……リーシャはタリヤに会いたい?」
ラウラの問いかけにリーシャは寂しそうに首を横に振る。
「会えるなら会ってみたいです。でも、祖母と同じ位の年だとしたらもう亡くなっている可能性が高いでしょう」
「そうでもない」
「え?」
「魔術師は長生き。言ったでしょ。時間や空間をねじ曲げたり、切ったり繋げたりするのが得意。魔術師は研究熱心だから、みんなどこかしらいじってる」
「ラウラはこれでも五十を越えてるんだよ」
「そうなのか?」
見た目はリーシャよりも幼く見えるラウラが自分よりも年上であるという事実にオスカーは衝撃を受けた。
(こういうことが以前にもあったような……)
そうだ、イオニアから出た時にリーシャに「真実」を告げられた時の衝撃と同じだ。不老の術でもあるのだろうか。だが、それならリーシャの「お守り」にも説明が付く。
「そういうのが得意な魔術師がいるからそういう人にいじってもらったり、自分で研究して試したり。だからみんな長生き。五十年や百年くらい前ならまだ生きてると思う」
「……そうですか」
「もしも魔術大陸にいきたいなら声をかけて。紹介状を書く。魔術師は閉鎖的な人が多いから」
「交換留学制度もあるし、事務棟から紹介してもらうのも良いかもね。ラウラの紹介状と二つ合わせれば安心だよ」
「分かりました。もし行く機会があれば手紙を出しますね」
「了解。任せて」
ラウラはどこか誇らしげに胸を張った。
思わぬ情報に話を弾ませながら、四人は夜遅くまで歓談を楽しんだ。魔術と魔法の話は尽きず、夜が明けるまで宴は続いたのだった。




