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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
賢者の学び舎(下)賢者の水瓶
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水瓶の研究者

 翌日、トライユが賢者の水瓶を案内してくれると言うので三人は研究棟の前の湖畔までやってきた。


「ここでボートを借りて湖を一周しよう」


 よく見ると湖畔にはボート小屋がいくつかあり、小さなボートが多数係留されている。


「研究棟の目の前は観光客も良く来るから大がかりな実験が出来ないんだ。だから少し離れたところに拠点を構えて貸しボートで出勤している奴も多いんだよ」


 目を凝らして遠くを見ると確かにぽつぽつと建物が見える。ボートは村の持ち物で、村に所属している研究者ならば無料で利用できるそうだ。

 ボートを一艘借りて出発する。しばらく走ると沖に筏のようなものが浮いているのが確認できた。


「あれは?」

「水上研究棟だよ。建物の中に生け簀があって、水生生物に関する研究をしているらしい」

「ここの生き物は特別大きいそうだな」

「良く知ってるね。大昔からここでは大規模な魔法実験が行われているから、その魔力が水に溶けだして生き物に影響を与えていると言われている。

 でも、実は本当に影響を与えているのかはっきりとは分かっていないんだ。ここの人たちはそういうのを研究してるって聞いたな」


 船の上から湖面を覗くと澄んだ水のそこに大きな魚影が見える。蟹や海老だけではなく魚も大きく育つようだ。


「水の魔術と良い発育の良い水生生物といい、分からないことだらけですね」

「そうさ。だからこそ研究のしがいがある。違うか?」

「ふふ、そうですね。すべて分かっているなんてつまらない。分からないことがあるからこそ魔法は楽しい」

「そうだろう」


 楽しそうに会話をするトライユとリーシャの姿をオスカーは不服そうに眺めている。会話に入れない疎外感からではない。ちょっとした()()()()だ。


(魔法に関する話をする時、とりわけ、自身と同じ位熱心な相手と話す時、リーシャはとても楽しそうな顔をする)


 トライユ、そしてヴィクトール。リーシャに負けず劣らずの知見を持ち、同じ高みで会話を楽しむことが出来る。今のオスカーはまだその領域に踏み込むことは出来ない。

 魔法に関してはまだ素人同然で、同好の士というよりは師匠と弟子、いや、教師と生徒だ。

 自分が叶えてやることの出来ないことを他の男が叶えているのを見るとなんとも嫌な気持ちになる。

 もちろん、それを表に出すことはない。平気な顔をして二人の会話を聞いているだけだ。けれどその内情は嫉妬でどうにかなりそうだった。


「あそこに見えるのは何ですか?」


 リーシャが指さす先には大きな水球が浮かんでいる。


「確か、水球水槽の実験だったかな」

「水球水槽?」

「魔法で作った水の玉をそのまま水槽にしようとしているらしい。水球の下に船が見えるだろう? あそこに魔道具を積んでいるんだ」


 よく目を凝らすと大きな水球の下に小さなボートが一艘停泊しており、そこに何か魔道具のようなものが積まれているように見える。


「水槽ということは、あの水球をずっと維持し続けるということですよね? そんなこと可能なんですか?」

「不可能だ。見て見ろ」


 しばらくすると何の前触れもなく水球が弾けてボートの上に大量の水が落下した。


「毎日あんな調子だ。あれだけの大きな魔法を恒久的に維持し続けるのは不可能だろうな。だが、それを実現しようと言うのが彼らの研究なんだ」

「毎日あんなことをしていて枯渇熱にならないのでしょうか……」

「そこはほら、あれがあるからな」

「ああ。彼らも()()()()()ですか」


 どうやら生粋のポーションドリンカーらしい。

 水槽魔法は特別生活に役立つものではない。魚の輸送や展示だって普通の水槽を使った方がずっと便利だ。だが、「水を浮かせてその中で魚を飼う」という浪漫が彼らを突き動かし続けているのだという。


「ここで一生を終える人が居るというのもうなずけますね」


 不可能に近くても良い、不可能を可能にすると言う夢を追い続けることに人生を賭ける。そういう研究者も少なくない。


「夢を追い続けても誰も責めない。たとえ成果を出せずに人生を終えても、それはとても幸せなことだと思わないか」

「そうですね。人生の最後を迎える終の棲家として選ぶのも悪くはないでしょう」

「そうだろう。実はここだけの話、俺もここで人生を終える予定なんだ」

「まだお若いのにもうそんな予定を?」

「国に帰っても仕方ないんでね。家は兄貴が継いでいるし、俺を待ってるかわいい恋人もいない。自由気ままに暮らせる学び舎に骨を埋めるのも悪くはないだろう」

「ふーん……」


 リーシャはトライユの顔をじろりと眺めた。


(この顔で女っ気がないとは意外だ)


 トライユは整っている――所謂モテそうな顔立ちをしている。美男子は美男子だが線の細い中性的な顔と言う訳ではない。どちらかというと彫りの深い顔をしている。

 服の上からも体を鍛えているのが分かり、例えるならば「彫像」のような美しさだ。その見目の良さに加えて人当たりも良く、恋人がいないというのはかなり意外だった。


「なんだ? 俺に惚れたか?」

「いえ、それはないです」

「はっきり言われると傷つくな」

「ただ、貴方に恋人がいないのは意外だなと思いまして」

「そうかな」

「失礼なことを聞くようで申し訳ないのですが、出会いがないという訳ではないんですよね?」

「ああ。出会い自体は沢山あると思うよ。うちの家にも女性はいるし、他の研究棟や村で異性に出会う機会はたくさんある。実際、学び舎の中で出会って結婚する研究者も少なくないしね」


 「でも」とトライユは困ったように頬をかく。


「個人的な考えだけど、ここでしがらみを作ると面倒だと思ってね」

「しがらみですか?」

「ああ。村は広いようで狭い。皆顔見知りだし、他の村ともなにかしらつながりがある。その中で男女のいざこざがあれば噂も回るし、なにより気まずいだろう?」


(なるほど、別れたあとのことを考えると恋人を作らない法が楽か)


 村と村、研究者同士の付き合いを考えると出来るだけ面倒事は起こしたくない。事なかれ主義と言うと聞こえは悪いが、先々のことを考えると一人でいた方がマシだと、そういうことらしい。


「同じ場所にとどまるというのも考え物ですね」

「良いこともあれば悪いこともある。世の中全てうまくはいかないものさ」


 そう言うとトライユは短くため息を吐いた。


(案外苦労人なのかもしれない)


 トライユの口ぶりから察するにもうすでに何か苦い経験があるような、そんな気がした。

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