正体不明な謎の技術
「話を戻すね。エレーメは魔法大陸で魔法が使われるようになるずっと前から魔法を使っていた。本当にずっとずっと昔。こっちにまだ魔法がない頃から。
さっきも言ったけど、魔術は魔法のその先にあるもの。魔法を沢山研究して、研究し尽くした先で私たちのご先祖様は魔術を発見した。
つまり、魔術師にとって魔法というのは一段階前の物、何百年も前に通過した原始的な物……ということ」
「質問してもよろしいですか?」
ラウラの話を黙って聞いていたリーシャがうずうずしながら手を挙げる。
「どうぞ」
「つまり、魔術と魔法とはなにが異なるのでしょう。実際にこの目で見たことがないので先にある物と言われてもよく分からなくて」
「……」
ラウラはリーシャを頭からつま先までじっと見つめるとある一点に目を留めた。
「たとえば貴女が腰につけている収納鞄。それも魔術を使っている」
「やはりそうなんですか?」
「そう。知ってた?」
「いえ、問屋さんに聞いてもはぐらかされて確証は得られなかったのですが、もしかしてと……」
「ああ、魔術師は秘密が多いから。自分の成果も魔術の技法も、おおっぴらにしたがらない。鞄の内側に刻印があるはず。多分、世の中にでている収納鞄は全て一人、もしくは一つの工房から出たもののはず。魔術師が作る魔術道具――魔道具ってそういうもの」
リーシャが所持している二つの収納鞄の内側を覗くと、確かに見えにくい位置に小さく焼き印が押してある。その刻印は二つとも同じ物で、猫を象った紋章が押されていた。
「多分その問屋が仲介して魔術大陸の職人と取引をしているんだと思う。流通量が多そうだから、個人じゃなくて工房か何か。基本的に魔術は発見者が独占するものだから、卸している業者とも厳しい魔術契約を結んでいるはず」
「それで教えていただけなかったんですね」
「魔術師にとって自分が編み出した魔術は命よりも重いから。情報や秘密の流出が一番怖い。だからこうして他の研究者と共同研究をしたがる魔術師は少ない」
「なるほど」
つまり、ラウラはかなりの変わり者ということだ。
ラウラ曰く、魔術師は「秘匿したがる」性質があるという。魔法のように広く伝えられ共有されるものではなく、開発した魔術はその魔術師の物、独占されてしかるべき物だという考えが根強い。
魔術師によって魔術は飯の種であり、良い魔術を生み出せばそれだけで一生食べていける。親から子へ残す財産のようなものであり、それを他者に明かすのは自分の食い扶持を他者へ渡すのと同じことだからだ。
故に、魔術を使って作られた魔道具は基本的に制作者による独占販売となる。ニ大陸間の交流が始まってからは魔道具も魔法大陸へ流入するようになったが、それも魔術師や工房と独占契約を結んだ業者を通して行われているのだそうだ。
「貴女はなぜ収納鞄に魔術が使われていると感じた?」
「《《魔法には出来ないことを実現している》》から……でしょうか」
「だいたい合ってる。魔法は自然現象以上のことは起こせない。魔術はその範疇を越えた、自然の理をねじ曲げる業。そう考えてもらうのが一番自然」
「自然の理をねじ曲げる業ですか」
「時間や空間をねじ曲げたり、切ったり繋げたりする。そういうのが得意」
「そこまで行くと最早神の御業ではないか?」
オスカーの言葉にラウラは小さくうなずく。
「そうかもしれない。でも、正直、どうしてそんなことが出来るのか私たちにも分からない。分からないけど出来る。それが魔術」
「そうだとしたら、魔術というのはとても不安定で不確実なものなのでは?」
「その通り。その収納鞄、物をどこに収納しているのか作った本人にも分からないと思う。でも事故も事件も起こってないから安全。あれば便利。だから大丈夫って考え方」
「……」
リーシャとオスカーは顔を見合わせた。あまりにも無責任だ。収納鞄はすでに広く普及している。高価で希少だが問屋を通せば手に入れられない訳ではない。庶民でもその存在を知っているほどだ。
だが、その実態が「どこに物を収納しているのか分からない原理不明の物体」だとは……。
(ラウラの口振りからすると収納鞄はどこか別の空間に物を収納する魔道具だ。小さな鞄に天幕が入るくらいだからそうだとは思っていたけど、まさかその先が未知の空間だなんて思いもしなかった)
安全が保証された技術で出来たものだと思いこんでいたので、ラウラの話はなかなか衝撃的だ。
「私の家は代々水に関する魔術を扱う家。その中でも特に水を出すことが得意」
ラウラは空になったティーカップの上で指をくるくると回す。指の先の空間がぐるりと渦と巻いたかと思うと、なにもない場所から水が流れだしティーカップを満たした。
「これがあれば乾いた場所でも水を無限に出せるんだ」
「そうなのか?」
トライユの言葉にオスカーは俄に色めき立つ。これこそオスカーが求めていた技術その物だからだ。
「ですが、今の話をふまえると、その水は正体不明の謎の物体なのでは?」
「正解」
ラウラは水で満ちたティーカップを揺すった。不純物も濁りもない清らかな水である。一体何の問題があるというのだろうか。
「この水がどこから湧いて出たのか、どこでどうやって出来た物なのか、本当に無限に使えるものなのか、私には分からない。
ただ、この魔術を使えば水が出てくる。今分かっているのはそれだけ」
「水自体に変わった所はないのか?」
「研究棟で調べてもらったが、特に異常はなかったよ。飲み水にも使える綺麗な水さ。だからこそ惜しい。出所が分からなければむやみに使えないからな」
「水自体に問題がないのならば使っても問題ないのではないか? 収納鞄も原理は分からずとも皆使っているのだろう?」
「心の問題」
「心?」
オスカーにはラウラの言いたいことが理解出来なかった。乾燥地帯では水魔法は使えないという問題を即座に解決できる画期的な技術。それをなぜ使わないのか不思議でならないのだ。
「たとえばこの水が、どこか違う空間にある湖や川から流れてくるものだとしたらどう?」
「それはただの想像ではないか?」
「確かにそうかもしれない。でも、本当にそうかもしれない。確かめられないということはそういうこと。もしもこの水が、別の空間にいる人たちの貴重な水源から来ているものだったら……。その可能性がある限り、私はこの水を自由に使うことは出来ない。使いたくない」
「ラウラ一人が使うだけならばそんなに影響はないかもしれない。けど、俺たちが考えているのはもっと大規模な、それこそ町や国を潤すための方法だろう?」
「国民全員を……それも、一つの国だけではなく乾燥地帯や砂漠地帯を有する全ての国を潤すだけの水が果たしてその魔術の先にあるのか。
その水を使っても、供給源に影響は出ないのか。確かに、それを確かめることが出来ないのは不便ですね」
「……なるほど」
原理が分からない、正体が分からないというのは想像異常に厄介だった。水があるであろう場所に一体なにがあるのか、そこにどんな影響を及ぼすのか。そんなことは無視してしまえば良いという魔術師も多いというが、永続的な利用を考えている以上なにも分からぬまま使うのは難しい。
それに、水に飢えている者が水を奪い、相手を同じ目に合わせてしまうかもしれないという可能性がある以上、喜んで使うことは出来ない。それがラウラやトライユ、砂漠研究所の考え方だった。
「気が引ける」、いわば倫理観の問題だ。




