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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
賢者の学び舎(下)賢者の水瓶
121/258

魔術師との邂逅

「ここですね」


 通りをしばらく歩いた頃、リーシャが地図と目の前の家とを見比べて立ち止まった。大通りに面した白い三階建ての建物で、ドアには「砂漠研究所」という手書きの看板がかかっている。

 扉の横には小さな鐘がかかっており、どうやらそれが呼び鈴らしい。紹介状を確認した後に鐘を鳴らしてしばらく待つと、中から気だるそうな男性が出てきた。


「お客さん? 何か用?」

「突然すみません。研究棟で紹介を受けて参りました」


 男性はリーシャから紹介状を受け取り中身を確認し、二人をじろりと眺めたあとに「入りな」と言った。


「あまり来客がなくてね、散らかっているが気にしないでくれ」


 そう言うと男性はリーシャとオスカーをリビングに通す。「研究所」と名はついているものの、その実態はどうやら少し大きい共同住宅のようだ。

 一階にあるリビングは生活感溢れる装いで、キッチンにダイニングテーブルと談話スペースで構成されていた。


「トライユ、お客さん?」


 ダイニングテーブルで本を読んでいた少女が不思議そうに尋ねる。


「ああ、研究棟からの紹介らしい」

「珍しい。お茶出すね」

「頼む」


 男性――トライユは二人を談話スペースに案内すると向かい側にある椅子に腰をかけた。


「改めて、砂漠研究所のトライユだ」

「リーシャです」

「オスカーだ。宜しく頼む」

「宜しく。で、一体何の用でこんな場所まで?」

「研究棟で乾燥地帯での水魔法について調べていると相談したらここを紹介されたのだ」

「ああ、なるほどな。確かにそれならうちの領分だ。うちは乾燥地帯や砂漠地帯出身者の集まりなんだ。そんな調べ物をしてるってことは、あんたも似たようなものなんだろう?」

「そうだな。イオニアという国を聞いたことはあるだろうか」

「イオニア? あの()()()()()?」

「なに? 珍しい国?」


 茶を運んできた少女が話に加わる。トライユは「珍しいってもんじゃないぜ」とどこか興奮したような様子で少女に答えた。


「イオニアは魔法を拒み続けた国なんだ」

「魔法を拒む? どういうこと?」

「未だに魔法を受け入れない国ということさ」

「……意味不明。そんな国、あるはずない」

「それがあるんだよ。な?」

「彼の言っていることは間違いではない。確かに我が国は魔法を拒み続けてきた。だが、時代は変わるものだ」

「まさか、魔法を受け入れるようになったのか?」

「受け入れようとしている、という方が正しいな」

「なるほど」


 トライユは合点が行ったようだ。


「それであんたは乾いた祖国に水を持ち帰りたいと考えたわけか」

「その通りだ」

「分かるぜ。水魔法は俺たちみたいな国の人間には一番魅力的に見えるからな」


 似たような環境で育った者ばかりが集まる研究所だからか、オスカーの要望への理解が早い。


(良い『家』を紹介して貰ったみたいだ)


オスカーにこの研究所を紹介した職員の手腕にリーシャは心の中で密かに感心した。


「魔法を使わないなんて、()()()な国……」


 話が盛り上がるオスカーとトライユの横からそんな呟きが聞こえた。どうやらトライユの横に腰を掛けている少女がその呟きの主らしい。


「原始的な国ですか?」


 少女の言葉に引っかかりを覚えたリーシャは少女に聞き返す。


「そう。魔法すら使えないなんて信じられない」

「魔法すら、というと……貴女は他に何か使えるんですか?」

「使える。私は魔術師だから」


(魔術師)


 少女の口から出た思わぬ言葉に一瞬思考が止まる。「魔術師」という言葉を聞いたことが無い訳ではない。だが、長い間旅をしているリーシャでも実物に出会ったのは初めてだった。


「そうそう、紹介がまだだったな。彼女はラウラ。研究に協力してくれている魔術師だ」

「驚きました。まさか、魔術師の方とお会いできるだなんて」

「魔術師を見るのは初めて?」

「はい。旅をして長いですが、実際にお会いしたのは初めてです」

「そう。まぁ、いるとしてもここら辺だけだろうから仕方ない」


 ラウラはふーふーと茶に息を吹きかける。どうやら猫舌らしい。 


「盛り上がっているところすまんが、マジュツとは何だ?」


 「魔術師」という言葉を聞いて目を輝かせるリーシャの横からオスカーは申し訳なさそうに言葉を挟んだ。オスカーにとって聞き馴染みのある「魔法」と違い「魔術」は聞いたことのない単語だ。

 魔法とはまた別の物だというのはなんとなく分かるが、それがどういう物なのか全く分からなかったのだ。


「魔術は魔術」

「魔法とは違うのか?」

「違う。魔法は原始的なもの。魔術は()()()()()()()()


(魔法が原始的なもの?)


 ラウラの言葉にオスカーは目を丸くした。今まで見てきた魔法はどれもオスカーの常識を覆すような刺激的なものばかりだったが、それが原始的なものとは。俄には信じ難い言葉だ。


「魔法が原始的だとは、一体どういう意味だ?」

「……」


 ラウラはオスカーの問いかけに対して目を閉じて腕を組み、暫く考え込んだ。


「貴方は魔法についてどれくらい知ってる?」


 暫く考えた後、ラウラはオスカーの問いには答えず問い返す。


「魔法に関しては素人だ」

「そう。じゃあはじめから説明するね」


 ラウラは立ち上がるとリビングの壁に寄せてあった移動式の黒板を談話スペースまで移動させ、チョークを手に取ると地図のような物を描き始めた。

 横に長い大きな大陸と、その下にある小さな大陸の絵だ。


「まず、今私たちがいるのがここ」


 大きな大陸の左端に赤いチョークで丸が描かれる。


「私の故郷がここ」


 ラウラはそう言うと大陸の下にある小さな大陸、その中央部に近い場所に青いチョークで丸を描いた。


「こっちの言葉で言うところの魔術大陸、それが私の故郷。古くから続く魔術国家『エレーメ』と魔術師の溜まり場『エレニム』で構成されている」

「そんな大陸があるとは。地図でも見たことがないぞ」

「知らなかった? まぁ、仕方ない。エレーメと魔法大陸との交流が始まったのはつい最近、()()()()()()()のことだから。それまで魔術大陸は深い霧で閉ざされ、魔法大陸との交流は一切なかった。だから、今でもエレーメを良く思わない国があったり、知らない国もある」

「そうだったのか」


 まるでおとぎ話のような話だ。そんな国や大陸があるなんて、オスカーは今ここでラウラの話を聞くまで知らなかった。

 イオニアで使用している地図には魔術大陸の記載はない。幼い頃に受けた教育でも聞いた覚えはない。魔法の受け入れを拒み続けてきたから仕方がないと思う一方、今まで自分がどれだけ狭い世界や常識の中で生きてきたのか実感して恥ずかしさを覚えた。


「あー、あまり気にしなくて良いよ。イオニアはここよりずっと東の国だろ? あっちには魔術師なんていないだろうから」


 何ともいえない顔をしているオスカーの心情を察してか、トライユがフォローを入れる。


「魔法協会がうるさくてね。あまり東の方には行けないんだ。それに、魔術師が魔法大陸に来る目的はこの賢者の学び舎だから、この近辺以外で見かけることはほぼないんだ」

「そうなのか?」

「交換留学制度がある。だからここには魔術師が来るけど、わざわざエレーメから来るのは変わり者」


 ラウラは少し照れているのか、小さな声でつぶやいた。


「そんな訳で、魔術や魔術師の存在を知っている人の方が少数派なんだ」

「認知度低いから多分知らない人の方が多い。気にしないで」

「……ありがとう」


 リーシャですら「見たのは初めて」だと言っていたのだ。それを考えると二人の言っていることは本当なのだろう。

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