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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
賢者の学び舎(下)賢者の水瓶
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基礎魔法の考え方

 翌朝、リーシャとオスカーは「賢者の水瓶」の研究棟を訪れていた。イオニアでも使える水魔法がないか調べるためだ。


 水瓶の研究棟は湖に面した場所にある。大きな実験の大半は湖で行われるため、研究者たちの居住棟も研究棟の近くに建てられているようだ。

 石の村のような民家ではなく、六階建ての立派な集合住宅が何棟も並んでいる。やはり「村」ではなく「町」と呼んだ方が良い規模だ。


 研究棟の一階に入ると正面に大きな受付があった。首都の事務棟で「賢者の水瓶」を紹介されたことを伝えると問診票のようなものを手渡される。記入した回答に合った研究者を紹介してくれるようだ。


「……なるほど、乾燥地帯で使用する水魔法ですか。でしたら、良い『家』がありますよ」

「家?」

「研究者同士の寄り合いです。うちのように大きな村だと同じ分野の研究者といえど研究の幅が広すぎるので、ある程度似た研究をしている者同士で同じ家を借りて小さな研究棟代わりにしているんです」

「村の中の村みたいなものか」

「ええ。そこの寮ではなく家を間借りして住む人たち。その団体をそのまま『家』と呼称しているんです」

「大きな村ならではですね」

「はい。それで、実はちょうど乾燥地帯出身の研究者が集まる家がありまして、よろしければそちらをご紹介しますが如何なさいますか?」

「おお! それは有り難い! 是非お願いしたい」

「承知いたしました。では、紹介状を発行いたしますね」


 職員は小さなカードにオスカーの名と担当した職員の名を認めると「賢者の水瓶」の紋章をかたどった判を押した。


「こちらが地図です。研究棟からは少々離れていますが、大通り沿いなのでわかりやすいと思いますよ」

「ありがとう」


 地図には赤い丸印と「砂漠研究所」という文字が書き込まれている。どうやらその「砂漠研究所」というのが「家」の名前らしい。


「研究棟裏の大通りをずっと行った所か」


 湖に面した研究棟と寮の反対側には日用品や土産物を売る店が並んだ大通りがある。その先に目的の家があるようだ。

 職員に礼を行って家を目指す。歩いていってもそう遠くはない距離だ。道沿いに並ぶ土産物屋を横目に見ながら砂漠研究所への道を歩む。


「にしても、この大きな建物が寮だと言っていたか。一つならまだしも三つも四つもあるとは、水魔法の研究者はそれほどまでに多いのだな」


 道沿いに立ち並ぶ巨大な寮を見上げながらオスカーは目を白黒させた。村の大きさからして石の村とは比べものにならない規模だとは思っていたが、いざそれを目の当たりにすると圧倒される。


(寮一つとっても石の村の研究棟より大きいではないか)


 これほどまでに多くの研究者を抱えているのだ。オスカーが探している魔法も簡単に見つかりそうな気さえしてくる。


「この寮に加えて外に家を構えている研究者もいるそうですから、さすがは基礎魔法といったところでしょうか」

「そういえば、基礎魔法は何種類あるんだ? 風と水があるのは分かるが、他にもいくつかあるのだろう?」

「もちろん。有名な物としては火と土、木が良くあげられますね。といっても、これは自然を基礎とする考え方なので土地や文化によって異なると思いますよ」

「リーシャの故郷では魔法は自然の力を借りて行使するもの――と考えているのだったな」

「はい。病や厄を吹き飛ばす風、山火事で肥沃な土地を与える火、田畑を潤し恵みをもたらす水、食物を蓄え水を湛える土、山の幸を育て水害から守ってくれる木。

 人々の生活に無くてはならない自然の力を基本として考えているので、それらを基礎魔法として扱うことが多いですね」


 東の国において、魔法とは祈りの儀式から生まれたものだった。遥か昔、雨乞いや豊作、飢饉除けや疫病除けを願う儀式が転じて魔法となったのだ。

 つまり魔法とは人間の手に及ばない不可抗力の力から人間を守る為の物だった。その技術を人の暮らしに役立てるために改変・研究したものがリーシャの使う東方地域における現代魔法の基礎となっている。


「魔法教会や星療協会のものとはまた違う魔法なのだな」

「そうですね。魔法と一口に言っても、厳密には色々あって……。魔法自体がその土地の風土や風習と密接に関係していることが多いですから。星療協会の魔法もコミュニティの中で発展した魔法でしょう?」

「ふむ。そうだな」

「魔法は解釈次第ですから、使い手が育った環境に左右されやすいんです。もっと言うならば、思想や教育、家柄も色濃く反映される。私も祖母の影響を強く受けていますし……。

 だからこそ、賢者の学び舎のように各地から集まってきた人同士出交流できる場って貴重だと思うんですよね」

「異なる文化に触れることができるから」

「ええ。違う考え方、違う文化や風習を持つ人々同士で交流すれば自分にない知識や考え方を得ることができる。

 この水瓶だってそうです。こんなにたくさんの研究者が世界中から集まってきているんですよ。毎日が楽しくて仕方ないでしょうね」


 リーシャの憧憬を抱いたような眼差しにオスカーはドキッとした。


(なぜ気づかなかったのだろう)


 リーシャの知識欲は人並みではない。できることならば一生、この賢者の水瓶で研究をしたいと思うのは自然なことだ。ここはそういう研究者のたまり場なのだから。


(もしもリーシャがここで暮らしたいと言い出したら……)


 そんな考えがオスカーの頭をちらつく。いや、悪いことではない。それがリーシャの幸せだというのなら、ここに居を構えるのも悪くはない。

 魔法に関する情報収集や水魔法の研究だってできるし、国のしがらみに囚われることなく自由気ままに二人で生活をするのも良いものだ。「石の村」で生活をしてそう感じたのも確かだ。


「何か変なことを考えていませんか?」


 物思いに耽るオスカーをリーシャは不審そうな目で見つめる。


「あ、いや」

「何ですか?」

「リーシャはここで暮らしたいのだろうか、と」

「……」


 リーシャはオスカーの問いに少しの間考えた後に「魅力的ではないと言えば嘘になりますね」と答えた。


「ですが、今は旅の途中で私には目的がありますから。全て解決してオスカーの仕事も終えて、余生をここで過ごすのも良いなとか、そんな程度です」

「そうか」

「もちろん、そのときは一緒に来てくれますよね?」

「ああ、当たり前だ」


 「余生」という言葉にオスカーの顔に笑みが綻ぶ。旅を終えたその先、オスカーの仕事を終えたその先の未来まで、リーシャはオスカーと共にあろうと考えてくれている。それがとてつもなく嬉しかったのだ。

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