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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
賢者の学び舎(下)賢者の水瓶
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大きな蟹

 翌日、朝一で町を出てのんびりと馬の背に揺られること6時間、ようやく目的地の湖が見えてきた。なだらかな丘の上に展望台が整備されており、大きな湖を見下ろせるようになっている。


「どうやら湿原地帯のようですね」


 湖の周囲は湿原地帯が広がっており、遊歩道が整備されていて自然観察などが出来る観光地になっているようだ。


「これが湿原か」

「湿地帯は初めてですか?」

「ああ。うちの国は真反対な地質だからな。今まで立ち寄った場所にも湿原は無かったし……」

「帰りがけにでも寄ってみましょうか」


 オスカーにとっては物珍しい景気のようだ。興味があるようなので用事が終わったあとに立ち寄ることにした。


「あそこが研究棟のある村ですね」


 リーシャが指さす先に大きな村があった。村というのは名ばかりで、町と言った方が良い規模である。湿地帯を挟んで湖の反対側に位置しているその村こそが、水魔法の研究棟がある「賢者の水瓶」である。


「あの規模の集落ならば宿の心配は要らなそうだな」

「ですね。周辺は観光地みたいですし、食べる場所にも困らなさそうです」


 滞在するのにはうってつけだ。

 展望台で休憩をしたあと、馬を走らせて村へ入った。湖から少し離れた場所に大きな研究棟があり、その周囲に研究者たちの住居となっている寮がある。

 そこから少し離れた場所が繁華街になっており、飲食店や宿屋が立ち並んでいた。


「すみません、二人部屋を一つお願いします」


 安宿から上等な宿まで様々あったが、防犯のことを考えて一番高い宿をとる。移動に丸二日かかったこともあり、二人はふかふかのベッドに倒れ込んでしばらく動けなかった。


「夕飯、どうします?」


 ベッドの上でごろごろと転がりながらリーシャはオスカーに尋ねる。宿の側にも手頃な飲食店がいくつかありそうなのでそこで食べても良いなと考えていたのだ。


「受付でこの辺の名物でも聞くか?」

「そうですね」


 分からないことは地元の人間に聞く。旅の鉄則である。


 受付のある一階に降りると、周辺の飲食店を記した地図が置いてあった。さすが観光地だ。

 地図によると賢者の水瓶の名物は水産物と蒸し料理のようだ。その他にも肉や野菜、生地で具を包んだ饅頭などが有名らしい。宿の近くにも安く楽しめる酒場があるようなのでそこで夕食を食べることにした。


「すみません、二名なのですが入れますか?」


 繁華街ということもあり、店はどこも混雑していた。疲れているので比較的空いている、だがガラガラではない表通りの店を選んで入った。

 表の看板を見るに、どうやら水産物を売りにしている店らしい。壁にはその日獲れた水産物の名前が掲示され、「おすすめ!」と銘打たれている。

 水産物以外の品揃えも豊富で、机の上には分厚い品書きの本が置かれていた。


「湖で釣った魚の蒸しものがありますよ。淡水のエビや貝もあるみたいです」

「こっちの饅頭も気になるな。肉の餡が入っているようだ」

「肉の種類も色々ありますね。鶏、牛、豚、羊、ヤギなんかもあるみたいです。何種類か選べるセットも良いですね」


 種類が豊富で悩んでしまう。「賢者の水瓶」の名物である饅頭も気になるが、せっかくなので魚介類も楽しみたい。ちょうど店員が通りかかったのでおすすめを教えてもらうことにした。


「ここら辺でしか食べられないものですと、やはり水瓶産の魚介類ですかね。一番人気は水瓶蟹と水瓶エビの酒蒸しです。そこの湖でしか採れない固有種なんですよ」

「固有種なのに食べて良いのか?」

「固有種といっても、水魔法で変質した水に適応した()()なので……」

「なにやら不穏な単語が聞こえたような気がするのですが」

「ああ、別に体に害があるような物騒な話ではないんです」


 疑問に満ちた目をしている二人に店員は慌てて弁解する。


「この湖は古くから様々な水魔法の実験場として使われてきたので、大量の魔力が水にとけ込んでいると言われているんです。それに加えて常に浄化魔法で水質を保っているので、他の場所よりも生き物が大きく育つらしくて」


 そう言うとキッチンから巨大な蟹を持ってきてリーシャとオスカーに見せた。


「これは立派だ」


 店員が持ってきたのは両手で抱えるほどの巨大な蟹だ。海で獲れる蟹でもそうそうこの大きさの物は獲れまい。こういう巨大な蟹やエビが普通に採れるらしい。


「綺麗な水で育っているので衛生面でも問題なく生でも食べられますし、魔力を吸って成長しているためか魔力の回復にも効くと評判なんですよ」

「天然のポーションみたいなものだと?」

「……()()()()()()()()


 あくまでもそういうふれこみだということらしい。とはいえ、これで通常サイズなので大きさの割に値段も安価だ。

 ここでしか食べられないというのは間違いなさそうなので、蟹を一杯とエビを何匹か注文した。


「水が違うだけであれだけ大きく育つんですね」


 周囲の客に運ばれてくる大きな皿を眺めながらリーシャは感心したようにつぶやいた。


「あの水を使えば他の土地でも同じように育つのだろうか」

「どうでしょう。魔力を帯びた水と言うと鉱石湯と同じような性質だと思うので、遠くへ運ぶのには向いていないような気がしますが」

「時間経過で魔力が抜けてしまうのだったか」

「はい。鉱石湯はあくまでも水に魔力を付与しているだけですから、水が蒸発するのと同じように時間経過で散ってしまうんです。

 水魔法の実験で出た魔力が溶けていると言っていたので、おそらく同じようなものでしょう。いくら水の一大実験場とはいえ、遠く離れた土地まで質を保っていられるほどの魔力がとけ込むとは思えません。

 ほら、さっきの店員さんも言葉を濁していたでしょう?」

「……そうえばそうだな」


 「天然のポーションのようなものなのか」という問いに対して「そうです」と断言せずに「と言われています」と言葉を濁した。

 つまり、店員自身も魚類や甲殻類の成長に水が影響しているとは言い切れないということだ。


「魔力が生態系にどう影響するのかは分かりませんが、あり得ない話ではないと思います」


 真偽がどうであれ、淡水であれほどまでに大きく育った蟹は見たことがない。新種ではなく変種なのだというのだから、どういう形にせよ湖の水に原因があるのだろう。

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