オスカーの夢
翌日、荷物を全てまとめてフリッツに家の中を確認してもらうと別れの挨拶をして「石の村」を後にした。
まずは貸し馬で首都へ戻り、組合の窓口へ署名入りの依頼書を提出して報酬を受け取る。そのあとに事務棟へ向かい「水魔法」について聞く予定だ。
馬を三十分ほど走らせて首都へ戻り組合の窓口へ向かう。相変わらずひっきりなしに人が出入りしてギルド内は大変混雑していた。
「依頼を終えたので確認お願いします」
「かしこまりました」
窓口に依頼書を提出すると報酬金の預かり証と照らし合わせて本物かどうか精査される。無事に本物だと確認が取れれば、依頼主があらかじめ納入した報酬金を受け取れるという仕組みだ。
「確認が取れましたので報酬をお渡しします。現金で受け取られますか?」
「金額が多いので預け入れをしてもよろしいですか?」
「かしこまりました。では、身分証を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい」
リーシャは胸元から身分証の金属プレートを取り出して提示した。組合は組合員に対して預金口座を提供しており、組合登録すれば誰でも使うことが出来る。
特に宝石修復師組合のように巨額な報酬金が発生する組合では、現金での受け渡しよりも口座への直接入金を推奨していた。
リーシャのように旅をする者はある程度の現金が必要になるため、大きな依頼以外は現金で受け取ることが多いが、定住している者のほとんどは振り込みを選択している。
今回は特に報酬の額が大きく、手持ちの金にも余裕があるため預金口座への入金を選択することにした。
「では、こちらに入金いたしますね」
プレートに記載されている情報を書き取ると職員は預かり証を発行してリーシャに手渡した。
「護衛の方の報酬は如何なさいますか?」
「俺も彼女と同じように」
「かしこまりました」
オスカーの分も預かり証を発行してもらう。預かり証に記載された報酬額を見てオスカーは目が飛び出んばかりに驚いた。
「いつも報酬には驚かされるが、今回は特にすごいな」
「作業量がいつもの仕事とは比べものにならないくらい多いですし、研究者ですら引き受けなかった曰く付きの依頼ですからね。むしろこれでも安い方なのでは」
「それもそう……なのか?」
考えてみれば、普段は一時間ほどで終わる依頼が一日作業で一週間以上かかっている。通常の依頼料を考えると、確かに少し足りないくらいかもしれない。
「私としては自分の技術を磨くことが出来たので金額にケチをつける気はありませんが」
「あれだけ細かい作業をこなしたのだ。良い練習になっただろう」
「ええ。あの量の混合魔工宝石の修復をする機会なんて滅多にないですし、なにより言葉だけで魔法をコントロールする良い練習になりました。実はあまりやったことがなかったので……」
「そうなのか? それにしては難なく修復出来ていたような気がするが」
「小さな欠片から練習出来たのが幸いでした。それに、なぜか出来るような気がしたんです。妙な自信があったというか……」
リーシャは恥ずかしそうにはにかむと照れ隠しをするようにぽりぽりと頬をかいた。
「祖母が作ったものですから、直せると思ったんです」
リーシャの言葉にオスカーは目を細めた。「祖母が作ったものだから」と言うリーシャの顔がどこか嬉しそうに見えたからだ。
「祖母は私に自分の持つ技術の全てを教えてくれました。だから、祖母が作ったものならば私は直せる。そう思ったんです」
「実際、リーシャは修復をやってのけた。おばあさまの教えはしっかりとリーシャに根付いていたんだな」
「はい。もしかしたら、祖母から与えられた試練だったのかもしれません」
リーシャが祖母の教えを受けたのは今から数十年ほどまえのことだ。祖母が亡くなったのはリーシャが十五の時だったので指導を受けたのは約十年ほどだったが、宝石修復と魔工宝石の生成についての基礎を学ぶには十分な時間があった。
もう少し祖母が長生きしていれば、と思わなかった訳ではない。きっと祖母自身ももっと教えたいことがあっただろう。
しかし、その十年間、祖母は妥協することなく持っている知識を余すところ無く教えてくれた。その土台があったからこそ、その上に積み重ねた知識や経験を己の糧にすることができたのだ。
どんな理由であの魔工宝石が壊れたのかは分からないが、リーシャのもとに依頼書が回ってきた偶然と良い、祖母がリーシャに与えた試練のように思えた。
「だとすると、きっと天の国でおばあさまも喜んでおられるだろう」
「そうだと良いのですが。祖母はあまり人を誉めるような性格ではありませんから」
祖母の目は厳しい。「出来た」と思っても「ここが甘い」と指摘されてばかりだった。けれど、それは理不尽な指摘ではない。確かにそうだと思わされるものばかりである。
客の大事な宝を扱う仕事なのだから、最大限、出来る限り完璧に直す。出来ないことは出来ないと言う。その姿勢は宝石修復師として仕事を始めたリーシャの指標にもなっていた。
「さて、では事務棟に聞きにいきましょうか」
仕事が終わったので事務棟に「水魔法の研究棟」について聞きにいく。事務棟の受付で尋ねると、担当の窓口を紹介してくれた。
「お待たせいたしました。水魔法の研究棟はこちらです」
窓口に行くと職員が地図を持ってきてくれた。
水魔法は基礎的な魔法というだけあり、賢者の学び舎の中でも特に歴史のある村らしい。ただ、研究の性質上水が豊富にある場所の近くがよいとのことで、首都から離れた湖の近くに村を構えているようだった。
「賢者の水瓶――洒落た名前ですね」
「学び舎が出来たばかりの頃はここを水源にしていたので、そう命名されたと伝わっております」
「なるほど。ちなみに、村の近辺に宿はありますか?」
「大きな村なので中に宿屋があると思いますよ」
「分かりました。ありがとうございます」
地図の複写を分けてもらい、昼食を調達したあとに貸し馬を借りて首都を発つ。賢者の水瓶がある場所までは少し離れているので、途中休憩を挟みながら移動して今日はどこかで一泊、到着するのは明日になりそうだ。
「時間をとらせてしまってすまない」
村が思いの外遠かったことを気にしてか、オスカーは申し訳なさそうに謝った。
「大丈夫ですよ。これもオスカーの大事な仕事でしょう」
「ああ。まさかこんな施設があるとは思っていなくてな。出来るだけ情報収集をしたいんだ」
「これだけの研究機関は早々ないですからね。気の済むまで調べて頂いて構いませんよ」
「ありがとう」
魔法に関する知見を広め、母国への魔法導入の先達者となる。それが父であるイオニアの国王からオスカーに課せられた使命だった。
魔法に関して全くの素人であるオスカーは最初こそ戸惑いはしたが、今はその仕事を誇りにすら思っている。イオニアを離れられない父や兄に代わり魔法への知見を広めて祖国に技術を持ち帰るはオスカーにしか出来ない事だ。
仕事という面を除いてもオスカーにとって新しい文化である魔法を見て学ぶのは楽しい。今までリーシャとの旅の中で様々な魔法や魔道具を見て来たが、その中でもオスカーが特に関心を寄せているのが水魔法だ。
イオニアは乾いた土地である。水は貴重なものであり、水を自由に使えるのは王族や一部の貴族など限られた者だけだ。
王宮には騎士団や王族のための大浴場があるが、平民はそもそも風呂に入る習慣がない。手に入る水の量に限りがあり、せいぜい水に浸した布で体を拭くか、ごくたまに軽く水浴びをする程度だ。
体を清めるよりも食事や飲料水へ水を回す方が良いと考えているのだ。
(もしも水を自由に得る方法が見つかったら、町中に公衆浴場を作ろう)
それがオスカーの密かな夢だった。
風呂は良いものだ。とりわけ、温泉は素晴らしい。リーシャと訪れた鉱石温泉でオスカーは風呂の虜になった。
イオニアに居た頃は訓練の後に汗を流すために風呂に入る程度だったが、鉱石温泉に入って娯楽としての魅力に気がついたのだ。
公衆浴場ならば全ての民に平等に風呂を提供出来るし、少しの金があれば気軽に立ち寄ることが出来る。
鉱石湯の魔道具を使えば源泉が無くても人工温泉を提供出来るのが良い。
(そのためには、なんとしても水を得る魔法を持ち帰らなければならない)
無論、それは簡単なことではない。魔法の性質上、水のない場所に水を生むなど不可能だと言われているからだ。
それでも賢者の学び舎のような場所ならば、それを研究している人はいるかもしれない。可能性があるならば足を運びたい。
それがオスカーの意思だった。
結局その日は途中にあった町に宿泊することになった。石の村に居た頃に通っていた町よりも少し規模の小さな町だ。順調にいけば明日の夕方には賢者の水瓶がある湖に着けそうだ。




