手料理と幸福
「ただいま」
片づけをしているとオスカーが帰ってきた。なにやら手に大きな袋を持っている。
「おかえりなさい。随分買い物をしたんですね」
「ああ。せっかくだからな。腹が減っているかもしれないが、少し待っていてくれ」
「構いませんよ。掃除をしているので、出来たら声をかけてください」
ガサガサ、と袋を漁る音がする。
(一体なにを買ってきたんだろう)
リーシャがリクエストしたのは精が付く肉料理だ。ゴトンという音がしたので大きい肉の塊でも買ってきたのだろうか。
いつも自分で料理を作っているのでなんだかそわそわする。なにが出てくるのか分からないのが良い。こうして待つ時間も良いものだ。
「風よ、掃き清め給え」
トントントンという包丁がまな板をたたく音を聞きながら風を起こしてゴミやほこりをかき集める。
(こういうとき風魔法って便利なんだよね)
風魔法は万能だ。旅人の必須スキルと呼ばれるだけあり、攻撃も防御もお手の物だし、掃除も出来れば洗濯物も乾かせる。日常の生活から旅の手助けまで幅広い使い方があるのだ。
つむじ風で集めたゴミをまとめてゴミ箱に捨てる。
ジュッ。ジューッ。
台所の方から何かが焼ける音と香ばしいにおいが漂ってきた。
(これは……ニンニクかな)
このなんとも食欲をそそる匂いはニンニクに違いない。パチパチと油の弾ける音が聞こえる。
肉が焼かれている。
リーシャの脳裏にフライパンの上で焼かれる肉の塊が浮かんだ。
(そういえば、お昼ご飯食べてないんだった)
朝ご飯を食べたきりだったことを思いだし、腹をさする。待っている時間がもどかしい。良い匂いが部屋に充満していて食欲が刺激され、ぐぅと小さな音が鳴った。
「……」
調理はまだまだ続きそうなので、ソファーに寝そべって借りてきた本を開く。
(集中集中)
料理の音ばかり聞いているから余計腹が減るのだ。目の前の本に集中すべく、文章を目で追い始める。
ジューーーーーーーッ!
そのとき、一際大きな音が部屋の中に響きわたった。
(あ、ソースを作ってるな)
今までとは比べものにならない、何かを焦がしたような香ばしい香りが漂ってきた。
「……」
自然と口の中に唾が沸いてきて「ごくり」と飲み込む。
(集中できない)
リーシャは観念したのか、本を閉じてソファーから体を起こした。そして「なにを作っているんですか?」とオスカーのもとへと駆け寄ったのだった。
* * *
「さて、夕飯にしよう」
オスカーは完成した料理を机の上に並べた。
次々と机の上に並べられていく料理にリーシャは小さく「わぁ」と感嘆の声を漏らす。
「酪農の村で買い付けた上級肉のステーキだ。さっぱり食べられるように脂肪の少ない赤身肉を選んだぞ。ニンニクと醤油、ぶどう酒でソースを作ったから上からかけて食べてくれ」
表面をカリっと焼き上げ、中は赤味が残るレアな焼き具合だ。見るからに美味しそうな見た目をしている。
大きな皿に山盛りに盛られた赤身のステーキ肉を前にリーシャは目を輝かせている。口元がゆるみ無意識ににやりと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「こちらは?」
ハッと我に返り隣に盛られたジャガイモの山を指さす。
「茹でたジャガイモだ。バターをつけて食べる」
オスカーは保冷庫からバターの塊を出すと大きく切って小皿に盛った。
「こんな贅沢が許されるのでしょうか……」
同じく酪農の村で作られた極上のバターだ。それをこんなにたっぷりと使うなんて贅沢すぎる! 謎の罪悪感がこみあげてくる。
「あとはパンとチーズだな」
「素晴らしい」
「簡単なものだが、どうだろうか」
オスカーが作った料理はシンプルなものだった。だが、そのシンプルさがとても良い。肉を焼いただけ、野菜を煮ただけだが、素材その物がよく分かって良い。
上等な肉には複雑な味付け要らないし、良い野菜には調味料一つで十分だ。それをリーシャはよく分かっていた。
「ありがとうございます。すごく美味しそうです!」
「良かった。では、食べようか」
「はい!」
席に着き、感謝の言葉を口にした後に早速肉を取り分ける。上からソースをかけると一口サイズに切り分けて口に運んだ。
「あー、おいしい」
そんな言葉が出てしまうほど、うまい。焦げたニンニクと肉汁と醤油が合わない訳がない。そこにぶどう酒のうまみが加わり煮詰まった濃厚なソースが赤身肉によくあう。
脂身がなくてさっぱりしているので吸い込むように食べてしまった。
「うまいか?」
ぱくぱくと食べる手が止まらないリーシャをオスカーは満足そうな顔で眺めていた。
「はい! とても」
「それは良かった。じゃがいもも食べるか?」
「頂きます」
バターをつけて食べるのだから熱いうちに食べるのが良い。ナイフで十字に切り込みを入れるとバターを大きめに切り取ってその切り込みの中心に乗せる。
じわりじわりとバターが溶けていく光景がなんともたまらない。
フォークでジャガイモをすくい取るとふーふーと息を吹きかけて冷ました後に口の中に放り込む。
ほのかな塩気がちょうど良い。新鮮なバターとじゃがいもの相性は抜群だ。
(ああ、おいしい)
リーシャは夢中だった。肉を食べ、ジャガイモをほおばり、チーズをかじる。他人の手料理が食べられるしあわせを肌で感じながら、ただひたすら無言で食べ続けた。
最近作業続きでゆっくりとご飯を楽しむ余裕がなかったのだ。全ての作業を終えてなにも考えることなくただおいしいご飯を食べる。それがこんなに幸せなことだなんてと感動すらした。
オスカーはにやにやと不気味な笑みを浮かべながら料理を貪るリーシャの姿を嬉しそうに眺めていた。
(自分が作った料理をこんなに嬉しそうに食べてくれるなんて。リーシャもいつもこんな気持ちなのだろうか)
リーシャはいつもオスカーが食べている姿を嬉しそうな顔をして眺めていた。食べる姿を見てなにが楽しいのだろうと思っていたが、その気持ちがオスカーにも分かったような気がした。
(料理をするのも悪くはないな)
イオニアでは料理は女の仕事だ。だから今までリーシャと旅をするまではまともに料理をしたことがなかったが、こうして喜ぶリーシャの姿を見るのも悪くはない。
(料理についてもっと調べてみるか)
そうなれば、もっと技を磨きたいと思うのがオスカーの良いところである。初心者向けの料理の本でも調達してみようか。はたまた母に手紙でも送ってみようかなどと考えながら、己の作った料理に舌鼓を打った。
「賢者の学び舎(上)石の村」はこれで完結です。
次話から「賢者の学び舎(下)賢者の水瓶」をお届けします。引き続きよろしくお願い致します。
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