オスカーの提言
「さて、最後の仕上げをしましょうか」
まずは三つのうち二つの欠片をテープで固定する。あらかじめ断面をチェックし、必要な端材や修復素材を目の前に並べると固定した欠片の上に手をかざして言葉を唱える。
「石よ、神が作りし美しき絵画を再び蘇らせる許可を与え給え」
並べられた修復素材が光を帯び、一つずつ解けるように小さな光の粒になったかと思うと欠片と欠片の隙間、亀裂の中へと吸い込まれていく。
透明な石の中に光の線が浸透していったかと思うと、その光が消えると石と石の継ぎ目は見えなくなり一つの塊となった。
残りの一つを今修復した欠片にテープで固定し、同じさ行を繰り返す。あれだけバラバラだった欠片たちがついに一つの塊となった。
「おおー!」
周囲から歓声があがる。あとは無事だった本体にくっつけるだけだ。
「俺、フリッツをさんを呼んできます!」
フリッツに本体を持ってきてもらうため、研究者の一人が管理人室へ向かって駆けだした。
「いや~、まさか本当にここまで修復するなんてな」
「信じられないよ」
リーシャを囲んでいた研究者たちが口々に感想を述べる。誰もが匙を投げた難題を本当に解決出来るのか、皆半信半疑だったのだ。
(やればできるんだなぁ)
だが、一番半信半疑だったのはリーシャ自身かもしれない。20種類の石が複雑に絡み合った魔工宝石の修復なんて宝石修復師人生で初めてだ。
自信があったかと問われればあったとは言い切れない。だが、これを作ったのが祖母だと聞いて「出来るかもしれない」と思った。
祖母は厳しいが良い師匠だった。宝石修復の技も、魔工宝石の作り方も、己の持つ全てを教えてくれた。それならば、自分に出来ないわけがないと思ったのだ。
(結果的に、ここまで修復する事が出来た。これで少しは祖母に近づけたかな)
これと同じ物を作れるかと言えば、それは無理だ。だが、直すことはできた。それが何よりも嬉しかった。
「リーシャ様、お待たせいたしました!」
フリッツが展示室から魔工宝石の本体を抱えてやってきた。大きなクッションを敷くとその上に本体を乗せる。改めて見るととても巨大だ。
(なにを考えてこんな物を作ったんだろう)
やはり趣味のものとしか思えない。
修復した大きな欠片を本体にはめ込むと、多少隙間はあるもののぴたりとくっついた。リーシャの修復は正確だった。
「すごい……」
心の声が漏れたのか、そんな囁きが聞こえてくる。欠片と本体をテープで固定し、修復素材を多めに並べる。今までで一番大きな断面を修復するのだ。素材の量も今までで一番必要だ。
「では、行きます」
リーシャはふーっと長い息を吐くと最後の言葉を紡いだ。
「石よ、汝の半身を用意した。我らの想いを受け取り、下の姿に戻れ」
大量の修復素材が粒となって溶け、わずかな隙間から石の断面を伝って奥に流れ込む。石全体がまばゆい光に包まれると、光が弾けて傷一つない魔工宝石が現れた。
「おおおおお!!」
一瞬、しんとした静寂が訪れた後、作業部屋には地鳴りのような歓声が響きわたった。
「やった! やったぞ!」
「すげー!」
「本当に直った!」
研究者たちは興奮のあまり顔を紅潮させながら修復された魔工宝石を囲んで騒ぎ立てている。
「リーシャ様、本当に……本当にありがとうございます!」
フリッツはリーシャの手を取ると何度も何度も頭を下げ、礼を口にした。
「無事に修復出来て良かったです。あ、依頼書に署名を頂いてもよろしいですか?」
「あ、ああ、かしこまりました」
依頼品に不備がないか確認をしてもらった後、フリッツは依頼書に署名をした。リーシャの修復は完璧だった。どこが割れていたのか一切分からない違和感のない修復。20種類の鉱物が混ざり合った複雑な魔工宝石を見事に直して見せたのだ。
リーシャは署名を確認すると満足そうににんまりと笑った。この依頼は金が良い。だから引き受けたのだ。まさかこんなに大変な仕事だとは思わなかったが、それに見合う金額だから不満はない。
「これからどうなさるんですか?」
「せっかくなので他の村を少し回ってから発とうかと」
「そうですか。行き先は決まっておられるのですか?」
「水魔法について研究している村があればそちらに立ち寄りたいのですが」
「水魔法ですか。基本魔法ですし、そう遠くない場所にあると思いますよ。報酬を受け取るときに事務棟で聞いてみると良いでしょう」
「そうですね。そうします」
研究棟の管理人であるフリッツも全ての村を把握しているわけではないらしい。管理人はあくまでも村の中の管理が仕事であって、外のことにはあまり詳しくないのだそうだ。
どっちみち依頼書と報酬を引き替えなければならないので一度首都に行かなければならない。
その際に事務棟に立ち寄って聞くのが一番だとフリッツは教えてくれた。
「お借りしている家は明日引き払います。明日の朝、中を確認していただいてもよろしいですか?」
「かしこまりました。では、明日準備ができましたら管理人室までお越しください」
「分かりました」
全ての仕事を終え、晴れ晴れした気持ちで研究棟を出る。肩の荷が降りた気分だ。
「リーシャ、今日は俺が夕飯を作ろう。何か食べたいものはあるか?」
「オスカーが料理を?」
「疲れているだろう? 家に帰ったらのんびりして欲しいんだ。そんなに腕がたつ訳ではないが。それなりのものは作れると思うぞ」
「では、何か精が付くようなものを。肉料理が良いですね」
「分かった。少々時間がかかるかもしれないが、任せてくれ」
「分かりました。楽しみにしていますね」
研究棟を出たところで突然オスカーが「夕飯を作る」と言い出した。どうやら疲れているリーシャを労ろうとしているらしい。
(オスカーの手料理か)
どんな物が出てくるのか想像がつかない。今までリーシャはオスカーの手料理というものを食べたことがなかった。野営での調理はリーシャの担当だったからだ。
リーシャが女だからとか、オスカーに任せられないという訳ではない。収納鞄を持っている都合上、二人分の食料はリーシャが管理をしていた。
そのため、なにをいつ使うか、どれくらいの量を使うかを自分で考えた方が在庫管理しやすいのだ。
旅を始めたばかりの頃は見ているだけだったオスカーも、だんだんとリーシャの手伝いをするようになり、野菜や肉の下拵えくらいは出来るようになった。
それを考慮すると「食べられない物」は出てこないはずだ。
「買い物をしてから帰る」と言うので研究棟の前でオスカーと別れ、リーシャは一人家に帰った。明日の朝までに荷物をまとめ、家を掃除しなければならない。
(オスカーが帰ってくる前に自分の荷物だけでもまとめておこう。図書館で借りた本は賢者の学び舎を出るまでに読めばいいや)
先日借りた本は色々と村を回って帰る時に返却しよう。
長い間滞在したため、服や日用品が散らかっている。これから使うものだけを残して収納鞄に収納した。




