ご令嬢の悩み事
いよいよ第四段階だ。第二段階と同じく修復魔法で素材をつなぎ合わせていく。朝、作業部屋へ行くとすでにレアが部屋の中で待機していた。なかなか気合いが入っている。
「おはようございます」
「お、おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
ぎこちない様子で小さく頭を下げたレアにリーシャは目を見開いた。
「一体どういう風の吹き回しですか?」
「……」
レアは気まずそうに目をそらす。一晩の間になにがあったというのだろうか。
「早速ですが、作業をはじめますね」
昨日ペアにした欠片を番号順に並べ、一組みずつ修復魔法でくっつけていく。大きな欠片になればなるほど欠片に含まれる鉱物の種類が増え、修復の難易度も上がっていた。
「こんなにたくさんの鉱物が含まれた欠片をつなぎ合わせるなんて……」
ひときわ大きな欠片を手にレアが呟く。一つの欠片の中に五つの色が入っている。つまり、この欠片は五種類の鉱物で構成されているのだ。
つなぎ合わせる面にはルビーが3、スフェーンが2、エメラルドが1、トルマリンが4の割合で露出しているため、修復素材もその面と同じになるように流し込まなければならない。
「石に聞く、と私は解釈しています」
「聞く? 一体なにを?」
「石のことを一番分かっているのは石自身ですから。なにがどこにあるのか、どこになにを流し込めばよいのか石に聞くのです」
「……なにをおっしゃっているのか分かりませんわ」
(ああ、トリヤさんが言っていた植物に聞くってこういうことだったんだな)
自分の魔法についてレアに説明した時、自然干渉魔法を使う際にトリヤが言っていた「植物に聞く」という言葉の意味が分かった気がした。
分野は違うが感覚的には同じ魔法なのかもしれない。
「私の国では、魔法は自然の力を借りて行使する力だとされています。つまり、石に言葉を語りかけて石自身の力を借りて元の姿に戻すのが修復魔法だと……私はそう解釈しているのです」
「……」
「石よ、私の言葉に耳を傾けよ。汝の友と手を取り合い傷を癒せ」
欠片の側に並べた5種類の修復素材が溶け合い、ぴったりとくっつけたつなぎ目に吸い込まれていく。みるみるうちにつなぎ目の線が消え、一つに溶けあい分からなくなった。
「魔法を使う前にしっかりと断面を見ておくことです。そうすればどのように修復すればいいのかイメージしやすいですよ」
「簡単に言わないでくださいませ」
「集中すればそんなに難しくはありまんよ。試しに一つ、修復してみますか?」
「無理です! 私には二種類が限界です。いや、二種類でも、こんなに複雑に混ざり合っていては……」
(試したのか)
どうやら昨晩どれだけ出来るか試したようだ。それでリーシャとの技量の差を思い知ったのだろう。しおらしいのはそのせいらしい。
「まぁ、この辺は感覚ですので、自分で感覚をつかんでもらうしかありませんね」
魔法は解釈だ。どうすればその現象を引き起こせるか、柔軟な解釈が求められる。その解釈をどう広げるか――特に、特定の流派や派閥に所属している者はその縛りを超えた解釈が出来るか否かが鍵になる。
(名家の生まれということは、その家に伝わる魔法の解釈の下に生きてきたはずだ。その枠を超えた、自分とは違う考えや解釈を理解出来るか。彼女にとってはそれが課題かもしれないな)
理解できないことを理解する。それが一番難しいのだ。
休憩を挟みながら順調に修復作業を進める。一組ずつ着実に、丁寧に修復をしていった。大きな欠片になればなるほど集中力と魔力を持って行かれる。時折ポーションを飲みながら、ひたすら作業に集中した。
(魔力量が尋常ではないわね。なぜこんなにも長時間作業を続けられるの?)
レアが驚いたのはリーシャの技術力だけではない。無尽蔵とも思われる体力と魔力量は目を見張るものがある。
昼食をとる暇も無く、朝から通しで魔法を使い続けている。普通の人間ならとっくに魔力切れを起こして疲弊しているはずだ。
だが、リーシャはポーションを飲んでいるとはいえぴんぴんしている。多少疲労の色は見えているが、まだ余裕がありそうだ。
(あり得ない……)
目の前にいる少女が得体の知れない怪物に見える。一体どれほどの修練を積めばここまでの境地へ至れるのだろう。分からない。レアの祖母や母ですら、リーシャほどの魔法は使えないだろう。この少女は一体……。
「そんなに長時間魔法を使い続けて疲れないのですか?」
日が傾いた頃、無言でリーシャの手元を見つめていたレアが口を開いた。
「ああ」
(集中していたから失念していた。確かに普通の人には無理な作業時間かもしれない)
作業の手を止めてどう返答すべく考える。
(お守りのことを伝えるわけにも行かないし……)
「魔力量が人よりも多い体質でして」
「それにしても、こんなに神経を使う作業を朝から日暮れまで連続して行うなんて」
「ポーションを飲んでますし、別に不思議なことではないでしょう?」
「……」
賢者の学び舎ではポーションドリンカーという呼び名が定着しているほど一般的だと聞いた。
「それは、そうですけれど」
納得していなさそうなレアは首を傾げる。
「体が強い方なので、回復の反動も少ないんです」
「なるほど?」
「さて、今日はこれくらいにしましょうか。明日の午前中には今の作業が終わりそうですね」
きりが良いところで作業を終了する。この調子ならば一週間以内には全ての行程を終えられるだろう。
「今日は一日見学をさせていただき、あ、ありがとうございました」
片づけをしながらレアはリーシャに礼を述べた。随分と丸くなったものである。
「いえ、何かお役に立てたでしょうか」
「正直、あまり参考にはなりませんでしたわ。見て理解はしたつもりですが、再現できる気がしませんもの」
「そうですか」
(理解した、か。やはり祖母の血筋だけあって才能はあるんだろう)
仕組みは分かったが再現できないことを理解した。十分立派だ。
「どうしたら貴女みたいに立派な宝石魔法師になれるのかしら」
レアの小さなつぶやきがリーシャの耳に届く。ささやくような、もう少し距離が離れていれば聞こえなかったかもしれないような囁きだ。
「次に修復魔法を使うのはいつかしら」
「明日はまた照合作業でしょうから、明後日ですかね」
「分かりました。また明後日おじゃましますわ」
レアは小さなため息をつくと作業部屋から出て行った。
「何か悩みでもあるのでしょうか」
「自分がリーシャと同じように魔法を使えないのが嫌なんじゃないのか」
「いえ、彼女は案外分別がつく人間のようですからそこは大丈夫だと思いますよ。おそらくもっと別の悩みなのではないでしょうか」
「たとえば?」
「家のこととか」
「家……」
「名家のご令嬢ならではの悩み、みたいな」
家との軋轢、魔法を通じた家族との関係。魔法を生業とする家の生まれという意味では宝石修復師の家系に生まれたリーシャも同じ境遇だ。
だからこそ、なんとなくレアが呟いた「どうしたら立派な宝石魔法師になれるのか」という言葉の意味が分かるような気がした。




