星空の下で
「こっちです」
夜も更けた頃、町のはずれの草原にリーシャとオスカーの姿があった。夕飯を食べたあと、「ちょっと寄り道をしませんか?」とリーシャが声を掛けたのだ。周囲には民家が無い為、手元にあるランタンだけが頼りだ。
「ここら辺で良いかな」
町明かりが少し遠くに見える場所まで来るとリーシャはランタンを地面に置いて背負っている収納鞄から敷物を取り出す。それを地面に敷くとその上に座るようにオスカーに促した。
「こんな所に何かあるのか?」
「はい」
リーシャはオスカーの隣に腰を下ろすとランタンの火を消す。急に暗くなり驚いたオスカーはリーシャが何をしたいのか分からずに戸惑っていたが、やがて目が慣れてくると目の間に広がっている光景に息を呑んだ。
「美しい……」
空に広がる満天の星空に見惚れる。
「今日は丁度新月だから綺麗に見えるかなと思って。星が綺麗なことで有名みたいですよ」
「酒場の人達が話していました」と悪戯っぽく笑う声が聞こえた。ごろりと敷物の上に寝転がると頭上の星空がよく見える。暗闇の中にチラチラ瞬く星々の光が眩しい。星というものはこんなに沢山存在していたのかと驚きにも恐ろしさにも似たような感情を抱いた。
「町で見るのとは全然違うでしょう?」
「そうだな。宮殿に居る時もこんなに美しい星空は見たことが無い。夜でも火を沢山焚いていて空が明るかったし、旅をしている時も……空を見上げる余裕なんて無かったからな」
オスカーの言葉にリーシャは「良かった」と呟いた。
「私、星を見るのが好きなんです星は何処から見ても変わらないから。旅をしていて一人で寂しくなった時に見上げると不思議と気持ちが落ち着くので。……変ですよね」
「……今も寂しいのか?」
「どうでしょう。二人で旅をするのは久しぶりですから、良く分かりません。でも」
突然リーシャは口を噤んだ。辺りに沈黙が訪れ、微かな風の音と虫の声だけが響いている。その沈黙が長くなるにつれてオスカーはえも言われぬ不安感に襲われた。
リーシャの方を見ても暗闇で良く見えない。まるでリーシャが闇に溶けて無くなってしまったような、そんな恐怖感に襲われた。
「リーシャ?」
そこにいるのを確かめたい一心でオスカーは手を伸ばす。横に伸ばした手が微かに汗を含んだ小さな手に触れた瞬間、リーシャの体が微かに震えた。
「……大丈夫か」
「……ごめんなさい。オスカーとの旅が終わる前に何か思い出でも作れたらと思ったんです。でも、また一人になるんだなって思ったらなんか寂しくなっちゃって」
「旅が終わる」という言葉にオスカーはドキッとした。そう言われるまでそんなことを考えたことが無かったからだ。問題が解決したらオスカーが旅を続ける理由はない。今までの生活に戻れば良いのだから。
しかしどういう訳かオスカーは宮殿に着いて万事解決した後もリーシャと旅を……いや、リーシャの護衛として一緒に過ごしていけるものだと思い込んでいた。
どうしてそんな考えに至ったのかオスカー自身も不思議だったが、それが「終わる」のだと思った瞬間全身から血の気が引くような感覚に陥ったのだった。
「私、こういう別れが嫌だからずっと一人で旅をしてきたんです。長い時間旅をして、一人でいることにすっかり慣れたはずだったんです。でも、やっぱり誰かと一緒に旅をするのって楽しくて。それを失うのが怖くなってしまったんです」
リーシャは旅をしている間、出会った人々と出来るだけ深い繋がりを作らないように心がけていた。旅をしていると同じ場所に長居することが無いのですぐに別れがやってくる。その際に後腐れ無く別れることが出来るようにするためだ。
オスカーを拾ったのはほんの気まぐれだった。気まぐれで拾った人間がたまたま祖母の「蒐集物」に関する情報を持っていただけ。それなのに。
(誰かと共に同じ時間を過ごすことがこんなにも楽しいなんて)
思い出してしまった。人の温もりと時間を共にする楽しさを。
(王宮が元に戻ればオスカーとの旅は終わりだ)
それがたまらなく寂しく思えた。
「ダメですね、私」
「駄目じゃない」
絞り出すような声でオスカーは呟く。暗闇に紛れてリーシャの表情を窺い知ることは出来ない。珍しく弱音を吐くリーシャの声を聞いてオスカーは無性に不安になった。
「ごめんなさい。……もう少しこのままでいても良いですか?」
「……ああ」
触れた手をきゅっと握り返してくる手の温もりを感じながら眼前に広がる星空に目をやる。
(この時間が永遠に続いてくれないものか)
それをリーシャが望んでいないことも分かっている。それでもオスカーはそう願わずにはいられなかった。




