卓越した技術
いよいよ修復作業が第二段階に進む。作業にいそしむリーシャの周辺には何人かの見学者が立っていた。リーシャの腕前に感動したフリッツが「石の村」の研究者に「見学しないか?」と声をかけたのだ。
その結果、レアを初めとした宝石魔法の研究者が何名かやってきた。皆リーシャが石を繋げる事に「おおー」と歓声を上げる。
「石よ、再び手を取り合い繋がり給え」
ペアになった石を両手でくっつけながら、言葉だけで修復素材を操り欠片と欠片の接着面に流し込む。
「どうやっているんだ?」
という小さな声が漏れ聞こえた。
(手もかざさず、杖も使わず、言葉だけで魔法を正確に制御するなんて。しかも複数の混合修復魔法を)
造作もなく息をするように修復作業を進めるリーシャの横顔を苦虫を噛み潰したような表情でレアは眺めている。自力が違う。それをまざまざと見せつけられているような気がした。
「これはその……すごいことなのか?」
魔法に疎いオスカーには研究者たちがなぜ驚いているのか分からず、ともに見学していたフリッツに問いかけた。
「すごいですよ。言葉だけで魔法を操っているのですから。彼女は本物の魔法師ですね」
「それが分からんのだ。そもそも魔法は言葉を使って操るものではないのか?」
「ああ! なるほど。オスカー様、魔法は?」
「からきしだ。魔法がない国の生まれでな」
「そうでしたか。では、こちらへどうぞ。説明しましょう」
フリッツはリーシャの邪魔にならないよう、オスカーを別室へ案内した。
「まず魔法というのは、オスカー様のおっしゃるとおり言葉を使って使うものです。言葉で式を紡ぎ、その式に魔力を通して現象を発現させる。我々はそう解釈しています。
その言葉をあらかじめ核や物に刻んで簡略化したものが魔道具だと考えてください」
「分かった」
「それを前提として、ただ言葉を発すれば魔法を使えるのかと言えば、そうではありません。言葉に魔力を通すには儀式が必要なのです」
「儀式?」
「人によりますが、たとえば物に手をかざしたり、杖で指す。魔力がどこから放出するのか想像しやすい形を取る。何か物を指し示す時に、ただ『あれ』というよりも指で指して『あれ』と言った方が分かりやすいでしょう?
そういう指標を作ることによって、魔法を放つイメージをしやすくなる。魔法の着弾点や流れ方を想像しやすくなるので、魔法師は皆それぞれ決められた儀式を行うのです」
「つまり、儀式なしで修復素材を溶かすリーシャは天才だと?」
「溶かすだけでなく、手や杖を使わずに複数の素材を正確に溶かしあわせて違和感無く溶接するなんて化け物ですよ」
フリッツはそういうと苦笑いをした。規格外、そんな言葉では収まらない。どれだけ修練を積めばあの領域にたどり着けるのか見当もつかない。
「リーシャ様は想像力に長けているのでしょうね。魔法は解釈次第ですから。素材がどう溶けてどう合わさってどう流れ込み、どう固着するか。それを正確に想像し、魔法を制御している。皆驚いていると思いますよ」
二人が作業部屋に戻ると休憩時間に入ったのか、研究者がリーシャを囲んで質問責めにしていた。
「一体どのような修練を積めばそのような芸当が身につくのですか?」
「普段はこんなに疲れるような方法は取りません。今回は両手を使えないので試しにやってみただけで……」
「ぶっつけ本番ということですか!?」
「ええ。出来そうだなと思っていたので」
「普通は出来ませんよ!」
「練習すれば出来ますよ」
「……」
リーシャの技術は知識の収集と依頼の修復、その反復によって培われたものだ。練習すれば出来る。それがリーシャの中に強く染みついていた。
「では質問を変えます。一体どのような御方に師事されていたのですか? 賢者様……、いや、それこそ偉大なる魔法師のような御方としか思えません」
「……」
出た。一番嫌な質問だ。視線を感じた方を振り返るとレアがにらみを利かせている。
「ほとんど独学です」
「独学……ですか?」
研究者たちがざわめいた。信じられないといった様子だ。
「あ、あの、もしよろしければ依頼が終わったあとしばらくこの村に滞在しませんか?」
研究者の一人が意を決したようにリーシャに進言した。
「申し訳ありませんが、旅の途中ですので」
「そうですか……」
はっきりと断られた研究者はなんとも残念そうに肩を落としている。無理もない。目の前にこんなに腕の立つ魔法師がいるのだ。出来る限り知識や技術を吸収したいと思うのが研究者の性だろう。
「こら、あまりリーシャさんにご迷惑をかけてはいけませんよ。作業の邪魔になるでしょうから、我々はこの辺で」
質問責めにあうリーシャを救うべくフリッツが研究者たちに声をかけて退室させる。後ろ髪を引かれるようなそぶりで渋々部屋から出ていく研究者たちを見送ったあと、リーシャはぐったりとした様子でドカッと椅子に腰掛けた。




