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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
賢者の学び舎(上)石の村
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ポーションドリンカー

「進捗具合はいかがでしょうか」


 翌日、今度はフリッツが様子を見に来た。午後の段階で一回目の照合作業はほとんど終わっていたので、今行っている作業についてフリッツに説明をした。


「この作業が終わったら再びくっつけたパーツごとの照合作業を行います。欠片が一つになるまでその繰り返しですね」

「おそらく拾いきれなかった破片もあるかと思うのですが……」

「大丈夫です。そこは同じ種類の原石で埋めるのでご安心ください。違和感なく補完出来ると思いますよ」

「おお、素晴らしい! いやはや、リーシャ様は本当に腕が良い修復師様なのですね。一体どこでそんな技術を学ばれたのですか?」

「ほとんど独学です。本を読んだり、依頼をこなす中で身につけた技ばかりで」

「ほお」


 リーシャの答えにフリッツは感心したようだ。


「それは凄い。リーシャ様にはこのまま研究棟に留まってほしいと思ってしまうくらいです」

「それも楽しそうですが、旅の途中ですので」


 最後のひとかけらを照合し終えるとリーシャは満足そうに頷いた。これで第一段階は終わりだ。これでペアにした欠片同士を修復魔法でつなげる作業に入れる。


「そういえば、リーシャ様は何故旅をされているのですか? 貴女様ほどの腕前ならば居を構えても十分仕事は来るでしょうに」

「捜し物をしておりまして」

「なにをお探しに?」

「盗品です。実家から盗まれた宝石や鉱物を探して旅をしているのです」


 リーシャは収納鞄から蒐集物のリストを取り出してフリッツに見せる。


「なんと! こんなにたくさん」


 蒐集物の多さにフリッツは目を丸くした。蒐集物の多さもさることながら、リストに掲載されている蒐集物のすばらしさたるや。

 「石の村」の管理者をしているフリッツでさえ、こんなに素晴らしい蒐集物は見たことがない。


「これを全て盗まれたと?」

「はい」

「なんと酷い」


石を愛する物だからこそ、フリッツはリーシャの気持ちがよく分かる。フリッツは沈痛な面もちでリストをリーシャに返却した。


「このリストに掲載されている品に私は見覚えがありませんが、収蔵庫は自由に見て頂いて構いませんよ。ここら辺では随一の収蔵量だと思います。何か見つかるかもしれません」

「本当ですか? ありがとうございます」


 素材探しの際にこっそりと収蔵庫を覗こうと思っていたが、管理人直々に許可が出たのはうれしい。


「これから修復作業をするのですか?」

「はい。欠片を1ペアずつ修復魔法で繋げていきます。その前に修復素材の準備をしなければなりませんが」

「そういうことでしたら、早速収蔵庫に案内致しますね。精錬済みの修復素材も豊富に取りそろえているはずです」

「宜しくお願いします」


 オスカーに石の見張りを任せて収蔵庫へと移動する。大きな部屋に小さな引き出しがたくさんついた大きな棚がいくつも並んでいる。

 引き出しの一つ一つに石の名前を書いたラベルが張ってあった。


「向こうの大きな棚は鉱物標本、その下にある箱には精錬用の質が低い原石が入っています。ここらへんは加工済みの裸石、そちらに修復用の端材や精錬済みの修復素材が置いてあります」

「凄い量ですね。大きな組合にもこんなにストックはありませんよ」

「物好きな研究者の集まりですから」


 研究者、それも宝石を愛する研究者の集まりである。美しい宝石から普段組合では取り扱わないような道ばたの石まで、「石」ならば何でも集めているようだ。

 その物量はリーシャですら目を見張るほどだった。


「えーっと、必要なものは……」


 手にしたメモを元に必要な素材を集めていく。何せ20種類もあるのだ。フリッツに手伝ってもらいながら一つ一つ素材を探した。


「ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド、トルマリンにスフェーン。トパーズにガーネット、アクアマリン……」


 どれも名だたる宝石ばかりだ。


(なんだか勿体ないな)


 素材にするには惜しい。修復素材用の端材とはいえ、小さくカットすれば裸石として使えそうな高品質なものばかりだ。


「あの石はとんだ贅沢品ですね」


 リーシャの言葉にフリッツは「まさに至宝です」と目を輝かせた。


「技量は言うまでもなく、珠玉の素材を余すことなくふんだんにつぎ込んだ至宝。この世のどこにもあれほどの宝石は存在しないでしょう」

「どんなに高貴な身分の方でも手に入れるのは不可能でしょうね」

「ええ。これを作れるのはローナ様だけでしょうし、素材費や技術料を考えると王族でも手に入れるのは無理だと思います」

「趣味だからこそできる技ですね」

「趣味ですか。リーシャ様はこの宝石をそうお考えになるのですね」

「研究にしては凝ったつくりだと思いまして。好きな物を好きなだけつぎ込んだ趣味の産物かと」


 研究や仕事には予算がつきまとう。これだけ採算度返しで作られたものとなると、物好きが趣味で作ったものとしか考えられない。


「なるほど。そういう解釈もおもしろいですね」


 素材を全て揃えると作業部屋へ戻る。


(さすが賢者の学び舎の収蔵庫。精錬済みの素材がこんなに)


 収蔵庫の品ともあって品質がよいものが揃っている。思っていたよりも精錬済みの修復素材の品揃えがよく、精錬に使う時間を減らせそうだ。


「オスカー、お待たせしました」

「素材は揃ったのか?」

「ええ。流石の品揃えでしたよ。思っていたよりも精錬済みの素材が豊富で助かりました」

「ほう、これは見事だな」


 端材や素材の状態とはいえ、名だたる宝石が並ぶ様子は壮観だ。


「今からこちらの原石を精錬して補修材を作ります」

「私も見学しても宜しいでしょうか?」

「構いませんよ。大したものではありませんが」


 フリッツはリーシャの片手に握られた原石を興味深そうにのぞきこむ。リーシャは原石に光を当てて中の様子を観察した。


「本当に質がよい原石ですね。少しばかりの不純物と皮がついているくらいで、色の濃さや透明度は申し分ありません。依頼品に使われているものとも色の差異がないでしょう?」

「確かに」


 依頼品である複合魔工宝石と色の差が出てはいけない。目立ってしまうからだ。宝石修復の基本は、依頼品と同じ色、透明度の素材を使うこと。そうでないと修復部分と素体の差が目立ってしまうからだ。

 リーシャは原石に手をかざすと精錬するための言葉を紡ぐ。


「石よ、その麗しき御身を皮と種、芳醇な果実に分かち我の前に示せ」


 リーシャが言葉を放つと原石は淡い光を帯びて糸のように解けた。そして大きな塊と中くらいの塊、小さな粒に分かれて机の上にコトリと落ちた。


「お見事です」


 フリッツは一番大きな塊――精錬済みの修復素材を見て関心したような声をあげる。

 リーシャは残りの二つ、中くらいの塊である「皮」――原石を覆っていた風化部分、不純物を固めた小さな粒を廃棄用の袋に詰めると修復素材を手に取った。

 いっさいの内包物がない純粋な結晶だ。


「うまく出来てますね。この調子でほかの素材も精錬してしまいましょう。それが終わったら修復作業を……」

「今日だけでそれだけの作業を? 魔力切れは大丈夫なのですか?」

「ポーションがあるので大丈夫です」

「まさか、リーシャ様は()()()()()()()()()()なのですか?」

「ポーションドリンカー……まぁ、そうですね」

「いけません! そんなにお若いのに!」


 フリッツは相当ショックを受けたのか、青い顔をして「そんなことをしてはいけませんよ」と説教をはじめた。


「リーシャのスタイルはポーションドリンカーというのか?」

「はい。学び舎ではそう呼ばれています。以前寝る間も惜しんで作業をするためにポーションを飲み続けて過労死した研究者がいるので、管理人にはよく目を光らせるよう通達がでているのです」

「死人が?」


 ポーションドリンカー。人の魔力には限度があり、その限度を超えた魔力を使うと熱がでる。いわゆる「枯渇熱」だ。

 ポーションは消耗した魔力を補うための薬で、ポーションを飲み続ければ理論上は魔力切れを起こさずに延々と作業することが出来る。

 故に、熱心な研究者の中では昼夜研究を続ける為にポーションを飲み続ける「ポーションドリンカー」が増加していた。


(ポーションの過剰摂取はリーシャで見慣れていたが、そんなに危険な行為だったのか)


 冠の国で混合魔工宝石を作るための洗練作業をした際もリーシャは何本、何十本ものポーションを愛飲していた。それに見慣れていたので、それが死者がでるほど危険な行為であるとは思わなかったのだ。


「急激な魔力の増減は体に負担がかかりますからね。それで体を壊す者が多いのです。研究者は体が資本。その体を壊しては元も子もないでしょう」

「確かにそうだな」

「なのでリーシャ様、申し訳有りませんがどうか無理だけはなされませぬようお願いいたします」

「分かりました」


 リーシャの顔に「仕方がない」という文字が顔に張り付いているのが見える。しかし管理者の言葉には従わなければならない。


「では今日は精錬作業だけにしましょうか」


 リーシャの言葉にフリッツは安堵の表情を浮かべる。


「残りの素材も精錬しちゃいますね」


 そういうとリーシャは机に並んだ端材や原石を順番に精錬していく。裸石に加工した際に出た屑石も、リーシャの精錬魔法によって質のよい修復素材へと姿を変えた。

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