面倒な訪問者
欠片ひとつひとつに番号を振り分け、どの欠片とどの欠片がくっつくのか一つ一つかきだしていく。地道で根気のいる作業だった。
「目薬、使いますか?」
「ああ」
オスカーは薬草を使って作ったリーシャお手製の目薬をさす。長時間小さな破片とにらめっこするのだ。眼精疲労がひどい。
「毎日鉱石湯に浸かってはいるが、やはり作業し続けると疲れるな」
「鉱石湯があるだけましです。買っておいて良かったでしょう?」
「ああ。良い買い物だったな」
今借りている家には大きなバスタブがある。そこに鉱石温泉で購入した鉱石湯の魔道具を入れればあっと言う間に人工温泉の出来上がりだ。
毎日の作業で発生した肩こりや眼精疲労は鉱石湯に浸かれば取れる。もしもこの魔道具が無かったらと思うと、購入に間違いはなかったと確信できる。
「50番までは終わりましたね」
リーシャは欠片の番号が書かれたリストをペンでトントンと叩いた。
「半分は終わったか」
「これが終わったらくっつけた欠片同士、また同じ作業ですよ」
「……そうだったな」
欠片と欠片をペアにする作業が終わったら、ペアにした欠片を修復魔法でくっつけて再びひとつずつ番号を振る。そしてまたくっつけた欠片同士、どれが隣り合わせになるか探っていくのだ。
つまり、作業が終わってもまた同じ作業が始まる。なかなか骨が折れる。
「複数の石が混ざり合った欠片ですから、修復作業も時間がかかりそうです。質の高い石が使われているので、使う素材も精錬しないと」
「確か20種類の石が使われているのだったか。それほどの素材を準備するのは大変だろう」
「精錬には時間がかかるかもしれませんが、素材自体は研究棟のストックを使えるそうなのでまだましです」
「これだけの研究者が集まっている村の研究棟だ。ない物の方が少なそうだな」
実際、これから自分の手で20種類の鉱石や宝石を集めようとすると結構な金と時間がかかる。いかんせん種類が多すぎる。組合のストックを頼っても必要な質と量が揃うかは謎だ。
なので、研究棟にあるストックを使わせてもらえるのはとても有り難い話だった。
「失礼するわ」
突然、ノックもなしに作業部屋の扉が開かれる。
「……何ですか?」
扉の向こうから現れた人物の顔を見てリーシャは嫌そうな顔をした。
「我がルドベルト家の家宝に傷でもつけられたらたまりませんから、監視に来たのです」
高飛車な態度で灰色に近い銀髪を髪をかきあげる。レアはずけずけと部屋に踏み入るとリーシャたちが作業をしている机の横に来て腕を組んだ。
「監視って……。作業の邪魔になるので出て行って頂けませんか?」
「嫌です」
「じゃあ手伝ってください」
「え?」
ぽかんとしているレアの腕を引っ張ると空いている椅子を引いて座らせる。
「何で私が!」
「あなたの家の家宝なのでしょう。だったら少しくらい手伝おうという気はないんですか?」
「……っ」
「作業と手順の説明をしますね」
動揺するレアの前にリストを置いて今行っている作業について説明する。
「とにかく、ぴたりと合う欠片を探して見つけたらこのリストに番号を書き出してください。こちらが照合済みの欠片で、こちらがまだペアが見つかっていない欠片です」
リーシャの迫力に気圧されたレアは何か言いたげだったが、まだ手をつけていない欠片を手に取るとペアになる欠片を探し始めた。
(全く……)
祖母の生家――ルドベルトは魔工宝石の名家だという。そのルドベルトの娘だというのならば「目」は確かだろう。作業をする手と目が増えるのは悪くない。
「どうして自分で直さないんですか」
リーシャの冷たい問いかけにレアの手が止まる。
「そんなに家宝だなんだって固執するなら、組合に依頼なんて出さずに自分で直せばいいじゃないですか」
「……」
レアは黙って作業を続ける。
「ルドベルトは魔工宝石の名家だと聞きました。確かに複雑で時間がかかる作業ですが、出来ないことはないでしょう?」
「確かに、修復魔法と魔工宝石の制作魔法は似ているわ。でも、20種類もの石を使った魔工宝石を作るとか、それを直すなんて無理よ」
「そこが分からないんですよね。2種類も20種類も一緒でしょう?」
「はぁ?」
「信じられない」という顔でレアはリーシャの顔を凝視した。
「それとこれとは話が違いますわ! 基本的に魔工宝石の混合石はルビーとサファイアのように同一の鉱物を使って作る物。この石のように全く異なる石を20種類も使って一つの混合石を作るなんて不可能です」
「え? そうなんですか?」
「……あなた」
リーシャは不可能ではない、と考えていた。難しいが、出来ない訳ではないと。祖母に鍛えられた魔工宝石の制作技術、勉強と修練、そして経験を積んで得た修復魔法の技術。
それらを組み合わせれば決して不可能ではないと。だからレアの口から「不可能だ」という言葉が出たのが意外だった。
「てっきり、修復に失敗するのが恐ろしくて誰も手を出そうとしないのかと思っていました」
「……それもありますけれど、誰も出来ないのです。私のおばあさまもお母様も、こんなに複雑な物は直せないとおっしゃっていました。
そんなものを、ただの宝石修復師であるあなたに直せるわけがありませんわ」
レアは強い口調でそういうとリーシャを睨みつける。
「出来るか出来ないかはやってみなければ分からないでしょう」
「傷一つでもつけてみなさい。ただではおきませんから」
「傷を治すのが修復師の役目だということをお忘れですか?」
「……子供のくせに生意気な! 大体なんなんです、その髪の色は! 銀に灰はルドベルト特有の髪色、どこの馬の骨とも知らない娘が身につけて良い色ではありません!」
(面倒くさいな)
あの写真――展示室に祖母の写真があったのは想定外だった。おそらくレアはリーシャがルドベルトの血縁者なのではないかと疑っているのだ。
別に隠すつもりはないが、祖母はルドベルト家から勘当されている。ばれると面倒なことになりそうだ。
「この髪の毛は染めているだけです」
リーシャは真顔でそういった。
「……」
レアは相変わらず疑いのまなざしを向けている。
「さあ、手が止まってますよ。手伝わないなら出て行って貰いますが」
「分かっています!」
二人よりも三人。なんだかんだ言ってこの日の作業は今までで一番早く進んだ。




