【第十三夜】 ひそむ
ひいじいちゃんの家はいわゆる地方の旧家だ。実物を見たことはないが、市に指定されている古文書などの文化財が残っていたりする。
田舎だからやたらと広い庭の真ん中には、「保存樹木」なるプレートを太い幹に取り付けられている、一年中濃い緑色の葉を繁らせている大きな樹もあった。
私が小学校二年生のときのことだ。
「枯れた松の木を切り倒すから男手がいる」
おばあちゃん経由でそんな連絡が入り、土曜日に父さんがひいじいちゃんの家に手伝いに行くことになった。
「一緒に行くか?」
父さんの誘いにすぐに「うん!」と答えた。
ひいじいちゃんの家までは車で二時間ほどかかる。ちょっとした旅行気分を味わえるのだ。途中に休憩するために寄るコンビニエンスストア。そこで買ってもらうお菓子やアイスクリームも楽しみだった。それにひいじいちゃんの家には、年の近い再従兄弟たちがいる。会えるのも嬉しかった。
松の木は、すこし前から葉先が茶色くなっていたらしい。おじさんたちが見つけたときにはすでに遅かった。とんがった針のような松葉は、あっという間に茶色くなってしまったという。枝や幹の皮も乾燥してパリパリと剥がれていた。枯れてしまったのだ。
ずっと昔から庭にある松だった。水墨画の掛け軸に描かれたような、大きくて形のよい立派な松だった。
秋になると松ぼっくりをたくさん落とした。それを拾うのも遊びのひとつだった。拾った松ぼっくりをなにかに使うわけでもないが、拾うこと自体が楽しかったのだ。
この松の木はひいおじいちゃんのお父さんが、どこかの偉い人からなにかの褒美で賜ったものだと聞いたことがある。
「伐ってしまうのはもったいない」と、おばあちゃんは父さんに話していた。「だけど倒木の危険があるから。そのままにはしておけない」らしい。
素人ながらも幾人かの男手が集まり、松は伐り倒された。
朝から始まった作業は夕方前には終わった。大きな松の樹は枝を払われて、太い幹はいくつもに輪切りにされてしまった。
それらは庭の隅に重ねて置かれた。
もっと乾燥させてから燃やしてしまうらしい。
再従兄弟たちと積み上げられた松の周辺で遊んでいた。ふと、視界の端でなにかが動いたように思えた。松だったものの山に目を向ける。枝と枝の、その隙間の間で確かに動くなにかがいた。
じっとそのまま眺めていると、太い紐のようなものが奥の昏い隙間を這っているのがわかった。それは私の視線に気がついたかのように、手前へと進んでくる。
──大人の男性の腕よりも太い蛇の腹だった。
枯れた茶色の中で、その蛇の腹も鱗も一際白くみえた。波打ち際に寄せる波のように滑らかに、枝や輪切りにされた幹の間を這ってくる。しかし、頭は見えない。
その蛇の注連縄のような胴の太さと、真っ白さにしばらく見入ってしまった。
再従兄弟が私を呼んだ。その間に一瞬だけ蛇から目を逸らした。
「どうしたの?」と、走ってきた再従兄弟。
「すっごいおっきなヘビ!」
再従兄弟たちと一緒に枯れ枝の山を覗いたときには、白くて大きな蛇はもうどこにもいなかった。
周囲もぐるぐると廻って探した。転がっていた枝を拾って、隙間や枝をつついてみたり、ひっくり返してみたりした。だが、あの蛇はどこかへ行ってしまったらしく、見つけることはできなかった。
しばらくしてから再従兄弟から封筒が届いた。
脱皮した蛇の皮の一部を送ってきた。
松の山を燃やした炭の中からでてきたという。
皮はちいさく、全体の姿を想像してもあの白い蛇の大きさにはとうていかなわないが……。
あれから随分と時間を経た。再従兄弟が送ってくれた蛇の皮は、今でも大事に財布の中にしまってある。
いつか宝くじを当ててくれるかもしれない。
そんな夢を持ちながら。
2025年度版『誰かのはなし』は最終話となります。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。