道頓堀に沈んだカーネルサンダースが転生する話
ー 転生するのが生物の専売特許だと思ったら大間違いだ ー
私はカーネルサンダース像。道頓堀店の店頭に立っていた像だ。
私はいつも毎日平和に街を見つめていた。
だがそんな日々が終わりを告げたのは、ある日の夜のことだった。
その地に住む大阪人という民族は常日頃野蛮ではあったが、その日の野蛮さは特に異常だった。
奴らは生け贄を川に捧げ始めたのだ。
ひとりふたりと川へと飛び込ませていき、勢いづいた奴らは、なぜなのか理由はまったく謎だが、私を店の前から引っ張り出して川まで運び、生け贄として投げ入れやがったのだ。
あいつら絶対に許さん。窃盗罪で一生牢屋に入ってろ。
気がつくと私はこの謎の空間にいた。
見回すと、辺りには無数の像たちが立っていた。
周囲の様子を観察していると、薬局の店頭に置かれていたゾウの像がホバリングで近づいてきた。
そうやって移動するんかい。
名が分からんゾウが問いかけてくる。
「先生、ここはどこなんですか?」
知らねーわ。なんで先にここにいたお前が聞くんだよ。それと先生って何だ。誰と間違えてるんだ。
それにしても像が口を動かさずにしゃべるのは、なんだか違和感が凄い。
近くにいた、赤髪の大泉型アフロの胡散臭いピエロが会話に入ってきた。
「やあ、僕はドナルド。東京の杉並の高井戸店にあった像だよ。よろしく安西先生!ところでここはどこなんだい。」
誰が定年間近のぽっちゃりバスケ教師だ。
仮に私が安西先生だとして、なぜ事情を知っていると思ったんだ。
インチキアフロの声を聞きつけたのか、奥の方から巨大な像がやって来た。
「ユーがあの安西サン?申し遅れました。ミーはアフガニスタンにあったバーミヤンの像デース。」
思わぬ大物の名に、あたりからどよめきが起こる。
どうでもいいけどなんでカタコトが英語風なんだよ。アフガンは英語圏じゃねーだろ。
このまま安西だと思われているのも、本家に迷惑がかかってしまうだろう。否定しておきたいが声ってどうやって出すのだろう。
よく分からないが、声を出す、と念じながら話したいことを頭に思い浮かべてみる。
「私は道頓堀川の近くの店舗に立っていた、カーネルサンダース像です。」
私が自己紹介すると、先ほどよりも大きなどよめきが起こる。
なんでバーミヤンの像より反応が大きいんだよ。
そのバーミヤンの像が驚きの声を上げる。
「ユ…ユーがあのカーネルサンダース像…。会えて光栄デース!」
お前はどんだけ日本通なんだ。
遠くから1体の像が駆けよって…じゃなかった。飛びよって来た。
「お初にお目にかかります。私、東京の杉並の高円寺に立っていたカーネルサンダース像です!
ずっとずっと憧れていました。なんと凛々しいお顔…。」
顔はお前も一緒だろ。汚ねえ川に投げ込まれた像のどこに憧れを抱くポイントがあるんだよ。
近くにいた洋菓子チェーンの舌を出した幼女のマスコットの像が、飛んできたカーネルサンダースに話しかける。
「オメエも杉並か。おらは杉並の阿佐ヶ谷に立ってただよ。よろすくな。」
大丈夫かそのしゃべり方。訴えられても知らんぞ。
しばらくすると、一段高くなった場所に役所の職員みたいな人が現れ原稿を読み始めた。
「こんにちは、あるいは、こんばんは。ようこそいらっしゃいました。」
ス◯イファミリーみたいな書き出しやめろ。なんか文字にすると"は"がいっぱい出てきて読みにくいし。
「様々な時代の失われし像の英霊たちよ!
これより汝らに選択の機会を与えよう!」
急なキャラ変をすんな。
「選択肢は3つ。
・諦めて転生する
・諦めて地縛霊になる
・現世の人間をMAX48人呪って諦めて地獄へ行く
好きなのを選ぶがよい!」
どこかで見た選択肢だけど大丈夫か?全部の選択肢に諦めのワードを入れたからってごまかせると思うなよ。
それと、本家より呪える人数やたら多いな。
最初に話しかけてきた薬局のゾウが説明の職員に対して声を上げる。
「呪えるのは…たった48人だけなんですか!?」
お前、前世で何があった。アイドルグループ全員呪える人数だぞ?
近くにいた、なんだかよく分からない気持ちの悪いデザインのキャラがぶつぶつと呟いている。
「大阪万博を計画した野郎ども全員呪ってやる…。」
私の知る昭和の万博にはあんな気持ち悪いキャラはいなかった。
大阪で2回目の万博が開かれてこのキャラはそのマスコットということだろうか。
成功したかどうかは、このマスコットのデザインを見れば大方察しがつくというものだ。
壇上の職員が原稿の続きを読み上げる。
「皆様、書類に名前と希望の進路を書き込んで受付に提出してください。転生希望の方は壁に貼ってあるリストから希望の職種を選んで該当する番号を書類に記載の上、ご提出ください。」
壁に貼ってある紙に像たちが殺到する。
あまりに殺到しすぎて、私の位置からは張り紙に何が書いてあるかほとんど分からない。
こうなるのは事前に予測できるだろ。提出用の紙の裏に印刷しておくか別紙で配れよ。
取り敢えず見える範囲だけでも確認しておく。
93 盗賊
94 暗殺者
95 振り込め詐欺の元締め
ファンタジーなジョブの並びに変なの混ぜんな!
みんなが憧れるルフィはそっちじゃねーわ。
その並びだと他の2つもただの犯罪者にしか見えなくなるだろ!
さて、どうしたものか。地縛霊は論外として、呪いってのもなあ。野蛮な大阪人のことは思い出すだけで憂鬱だ。
となると転生ルートだろうか。
漏れ聞こえる単語を拾った限りではあるが、どうやら魔法使いといった普通のジョブから、亀踏み付け大好き配管工といった謎のジョブまで様々あるらしい。
前世の経験を活かすなら、一歩も動かない城の門番とかあるいは焼き鳥屋とかそんなところだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
急に自分の周りだけがまぶしいほどの光の輪に包まれた。うおっ、まぶし。
光はどんどん強くなり、とうとう何も見えなくなってしまう。
気が付くと、いつの間にか体は横たわっていて周りには数人の人間が集まっていた。
周りの景色を見渡すと、そこは見覚えのある場所だった。
なるほどそういうことか。
私は現世で川底から引き揚げられたのだ。
なんだか安心したような、ちょっぴり残念なような不思議な気分だ。
さっきまでのあの世界は何だったのだろう。夢だったのだろうか。
夢か現かは定かではないが、世界にはたくさんの寂しく消えていった像たちがいるのだと思い知らされた。
彼らに比べれば、注目され、かつこうして無事に引き揚げられた自分は幸せ者なのかもしれない。
そんなことを思いながら自分の体を確認する。
全身は恐ろしい悪臭のヘドロまみれだ。
胴体の損傷も、目を覆いたくなるほど激しい。
…こんな状態で現世に戻す位なら、転生させろ!