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山奥に住む引きこもりエルフは都会が怖い  作者: 剃り残し


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2/10

2

 山奥の鉱山に詰める魔法使いとしての仕事は単純なもの。


 鉱山で算出する鉱物は魔力を帯びている。その魔力に引き寄せられて集まる魔物を退治するのだ。


 とはいえそれも一日に一匹出るかどうかだし、強い魔物はいない地域らしいので、仮に魔物が出たとしても被害はほぼないに等しいので気楽なものだ。


 それ以外は詰め所にいて、怪我人に治癒魔法を使ったり、大きな物を動かす際に魔法で力を補助したりと、その程度の仕事だった。むしろ魔物が出ない以上、こちらがメインとも言える。


 鉱山前の集落には出稼ぎ労働者の寝床しかないため娯楽は無い。昼間は夜勤の人が寝て、夜は日勤の人が寝ているだけの建物が数棟あるだけ。食堂も簡素なものだ。


 俺に与えられたのも掘っ立て小屋にある小さな部屋のみ。山の斜面を切り開いたこの場所はとにかく土地が足りない。かといってこの集落の規模では土地を広げたり上に伸ばすメリットもなく、生きていくのに最低限のものしか用意されない。


 要するにここでの生活は退屈そのもの。


 現に今も、俺とクランは二人で掘っ立て小屋の中で無言でソファに座っている。


 クランは掘っ立て小屋にいる間は一日中本を読んでいる。俺はそんな彼女を眺めるだけで一日が終わりそうになっていることに気づいた。


「あの……暇すぎませんか?」


「だから毎年のように助手が辞めるんだ。馬車は週に一度来る。次は四日後だ。悪いが、あと四日は発狂せずに耐えてくれ。同居人を拘束したくはない」


 クランは顔もあげずにそう答える。


「別に気が狂いそうだとは思っていませんし、辞めるつもりもありませんよ」


「そうか。ちなみにこれまでの最長記録は2週間だぞ」


 クランは俺がすぐに音を上げると思っているようだ。


 音を上げるつもりはないけれど、さすがに何時間も椅子に座っているだけだと暇で仕方がない。


「散歩してきていいですか?」


「ダメだ。私達の居所がわからないと労働者が呼びに来たときに困るだろう」


「ならせめて話をしてくれませんか?」


 クランは本をぱたんと閉じてため息をつくと俺の方を見てくる。


「ラズ、お前はうるさい奴だな」


「黙っていられない性分なんです」


「そうか……ならせめて会話のネタくらいは作ってくれ」


「なら最初は……クランさんのことを教えてください」


「私のこと?」


 クランは「ははは!」と豪快に笑う。


「私のことを知って何になる? 冬が来るまでの数ヶ月の付き合いなんだぞ? それよりも短い可能性だってある」


「冬が来るまで数ヶ月もこの空間で一緒なんですよ。得体の知れない人と一緒にいられますか?」


「私は構わないがな。そこまで言うなら教えてやろうか」


「お願いします」


 クランは80年前のことを思い出すために一度天井を見上げる。そしてゆっくりと口を開いた。


「私はここで生まれた。母親はエルフ。父親は知らないが私がハーフエルフではないのでエルフだろう。ここに父親はいないと言っていたらしいので、身籠った状態で母はここに来たのだろうな」


「鉱山労働者としてですか?」


「それは知らないな。私達のような『先生』かもしれないし、娼婦かもしれない。昔は今よりももっと活気があったようだからな」


「そうだったんですか……」


「そして母親は私が生まれてすぐに死んだ。谷底で見つかったそうだ」


「なっ……」


「単に足を踏み外して滑落したと聞いているよ」


「それから……どうなったんですか?」


「私も『先生』に引き取られたんだよ。人間の魔法使いで、ここで私達のような仕事をしていた人だ。先代の『先生』だな。もう何年も前に亡くなったが。私はその人に魔法を習い、ここで育てられた」


「そういえば山を降りたことがないって言ってましたよね? あれは……」


「そのままの意味だ。この一帯は豪雪地帯だから冬は閉山される。だが、魔物や動物は活動をしているからな。見張りや建物の修繕のために人がいるんだ。それをこの小屋に住んでいる『先生』が担っている」


「え!? じゃあ冬になっても街には帰らないんですか!?」


「そもそも私には帰る場所がないからな。いいものだぞ。夏は労働者の声で賑やかなこの場所が冬はとても静かになる。私は冬が大好きなんだ。一人でじっと過ごす冬がな」


「寂しくないんですか?」


「愚問だな。寂しくないからこうしていられるんだよ」


「そうですか……でも、街もいいものですよ。最近、王都で流行っている菓子屋があるんです。クイニーアマンって言うんですけど――」


 ガタン!


 俺がそんな雑談を始めようとしたとき、労働者が扉を開けて小屋に駆け込んできた。


「先生! 怪我人だ! 天井が崩落して皆頭を打ってる!」


 クランはさっと立ち上がり、ローブを身にまとう。


「ラズ、そのなんとかアマン……というパンの話はまた後で聞かせてもらおう。行くぞ」


「は……はい!」


 俺はローブを身にまとう暇もなく、駆け足で坑道に向かうクランの後ろを追いかけるのだった。

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