10
「私は罪人の娘だ」
外の光を浴びて幾分か元気を取り戻したクランはソファに座りぽつりと呟いた。
「罪人? 母親の仕事は知らないと……」
「あれは嘘だ。嘘がバレるほどの関係を築く前だから気が付かなかっただろう?」
クランは頬骨を浮かび上がらせて痛々しいまでに笑う。関係性が築けたら嘘を見破れるわけではない。クランの面白くない冗談なんだろう。
「まぁ……本当に罪を犯した訳では無いよ。愚かという、愚者の罪だよ。先代の『先生』が私の母なんだ。母は100年契約でこの地に赴任してきたんだ。それが私が生れる前の事。今から150年くらい前だろうかな」
「ひゃ……百年!?」
「エルフの一生からすれば人間の数年程度のものだ。だが、ここにいるほとんどは人間だ。人は移ろう。物も、何もかも。母はそんなことに気づかないまま百年をここで過ごす契約を結んでしまった」
「契約って……別にバックレたらいいじゃないですか」
「真面目だったんだろうなぁ。私を産んで、物心ついた時には私は一人で仕事をしていたよ。母はずっとあの部屋で寝転んでいた」
「何が嫌だったんですか? やっぱり山奥の生活が無理だった?」
「そうなんだろうな。友人が事故や寿命で死んだり、ここに戻ってこなくなる事が辛かったらしい。それに彼女が赴任してしばらくすると、より掘りやすい鉱山が見つかってここは寂れてきたんだとか」
「でも……ここも細々と残った」
「あぁ。人間の契約というのは面倒なものだよ。簡単にやめられないんだ」
クランは苦虫を噛み潰したようにそう言う。
「そんな彼女は一度だけ職を辞して街に出た。そこで出会ったエルフが私の父親だ。まぁとんでもないクズ男だったので、仕事を得て逃げる意味でまたここに戻ってきたようだよ。そして私が生まれた。生まれてから数年は私を育てるために必死でそれどころじゃなかったようだが、ある程度私が自立してくるとまた母はここの暮らしが辛くなってきた。老いていく友人や寂れる街に自分を重ねてしまったんだろうな。自分の一生においては折り返し地点も見えていなかったというのに」
「それで……自殺した?」
「あぁ。愚かだよ。死ぬくらいなら私をおいて一人で逃げればいいのにな。まぁ……死という形で逃げたという見方もできるか」
「詳しいんですね」
「遺書に書いてあったんだ。もう何十年も前に読んだものだが今でも鮮明に覚えているよ」
「もしかして……クランさんがここに居続けるのも契約なんですか?」
「いや、私は自分の意志でここに残っているよ。そりゃ、残される人達が心配でもあったが……私は生まれてからずっとここにいる。他のところが怖いのは紛れもない事実なんだ」
「クランさんは……これからどうするんですか?」
クランは押し黙る。
もはやこの街にクランは不要。彼女が必死に支えなくてもギルドが金のために人を派遣してくれる。
彼女がいなくてもこの街は困ることはないし、皆は今日も笑って仕事を続けられるのだ。
存在意義を失い、住み慣れた故郷までもを失った彼女に逃げ場はない。
「……どうしようかな」
クランは力なくそう呟く。そして、また部屋に戻ろうとする。
そのまま行かせていいのだろうか。また彼女は暗闇に閉じこもり、一人でああでもないこうでもないと考え込んでしまうのだろうか。
そんなことはさせられない。
俺は意を決してクランを背後から抱きしめる。
「クランさん、あなたの一生の少しを……俺にください」
「はっ!? な、何を言ってるんだ!?」
「俺はあと60年もすれば死にます。エルフにとっての60年は俺にとっての高々数年なんでしょう? パンの切れ端をちぎって渡すようなものです。それくらいなら、いいじゃないですか?」
「60年で何をするんだ?」
「一緒に探しましょう。クランさんが死ぬまでゆっくりできる場所を。生まれて80年かそこらの場所に愛着を持てるんなら他の場所にだって持てます。そうじゃないですか?」
「お前は……本当に生意気なことを言うな」
「俺が探したいんです。クランさん。だけどいちいち感想を聞きにここに来るのは面倒だ。だから一緒に来てください」
「あくまで自分がそうしたいんだな?」
「はい、そうです」
「なら……分かった。本物のクイニーアマンを食べないといけないしな。まだ私は生きることにするよ」
クランの目に光が灯る。それは消えることなく、暗い小屋を照らすかのようだ。
それと同じくらいにクランは頬を赤くした。
「わっ……私の一生を一部を……少しだけお前にあげよう。だが……その……あっ、愛することはないからな! 先立たれると寂しいだろう!」
クランは顔を真っ赤にしてそう告げる。
「え? そ、そういう意味じゃなかった――まぁ……そうか」
自分のセリフを思い返すとプロポーズにも聞こえなくはない。
だが人間とエルフ。寿命の違いは明らか。うまくいくわけがない。
「ま……まぁ……わ、私もそろそろ身を固めるような歳だしな……ま、前向きに考えなくも……いだっ!」
照れ隠しに部屋に帰ろうとしたクランは扉の角に小指をぶつける。
この人、照れるとポンコツになるのは相変わらずなんだな。多分独特な笑いのセンスと同じで死ぬまで治らないんだろう、と思ってしまうのだった。