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 最寄りの集落から馬車に揺られること8時間。未舗装の山道を進むため体に伝わる絶え間ない振動と、荷台が幅いっぱいで少し車輪がズレれば崖から転落しかねないストレスに晒されたため心も体も疲弊しきっていた。


 俺はとある山奥にある鉱山に向かっている。冬は雪によって閉山される程の豪雪地帯。つまり、8時間の苦楽を共にした人達は出稼ぎの鉱山労働者だ。


「おぉ! あの岩が見えてきたらもうすぐだぞ。お疲れ、先生のお弟子さん」


 鉱山労働者の一人がすきっ歯を見せつけるような屈託のない笑みで、突き出した崖の上にある岩を指さしながら教えてくれた。


 よく見ると、その崖の下の鬱蒼とした木々の中に小さな集落があることが分かる。


「まだ弟子にしてもらえると決まったわけじゃありませんから……」


 俺は魔法使いだ。こんな山奥に来たのは鉱山で鉱石を掘るためじゃない。


 山奥の鉱山には危険がつきものだ。魔物、崩落、滑落、地滑り、急病。そんな時に往復16時間もかけて人を呼んでいたら助かる人も助からない。


 そんなわけで鉱山には労働者や集落の安全や健康を守る目的で魔法使いが詰めている。


 労働者の間では『先生』と呼ばれている魔法使いがその人だ。その助手として俺は派遣されてきた。


『先生』は気難しい性格をしているが、古今東西の魔法に精通しているらしい。ありとあらゆる課題に自分の力のみで立ち向かうその姿に憧れ、また、俺も極限の環境で自分の実力を試すためにここに来ることを志願した。


 馬車が集落の真ん中にある小さな広場で止まると鉱山労働者達は自分達の宿舎に向かってゾロゾロと歩いていく。


 集落の規模は、宿屋のような二階建ての建物が数軒と掘っ立て小屋があるだけの小さな村のようなものだ。だが、広場を歩いている人の数は明らかに目に見えている建物に収容しきれるようなものではない。


 そのお祭り感にワクワクを覚えながら、俺は『先生』の居場所を探してキョロキョロと見渡す。


 だが、それっぽい場所は見当たらない。先生というくらいだし、高名な魔法使いなのだから1軒くらい立派な家があるものと思っていたのだがアテが外れたようだ。


 俺は道行く労働者を呼び止めて尋ねる。


「『先生』のご自宅はどちらに?」


「あぁ。あれだよ」


 労働者は一番粗末な掘っ立て小屋を指さした。


「ノックは3回。多すぎても少なすぎても機嫌を損ねるから気をつけろよ」


「ほ、他に気をつけることは?」


「そうだな……ま、会えばわかるよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 労働者とわかれ、一人で掘っ立て小屋に向かう。


 ノックは3回。コンコンコン、と中指を曲げて叩くと中から女性の声で「今行く」と聞こえた。


 少ししてギィと音を立てて扉が開く。


 出てきたのは尖った耳に、腰まで届きそうな長さの銀髪を後ろで結わえたエルフだった。見てくれは20かそこらの若い娘で俺と同世代に見えるが、エルフだから人間の年齢観とは合致しないほだろう。


 なるほど。エルフなら気難しいのも仕方ない、と一人で合点がいった。


「何用だ?」


 先生が俺に尋ねる。


「魔法使いギルドから派遣されてきたラズと申します! 高名な魔法使いとお聞きしました。是非とも先生から魔法の技を学びたく――」


 俺が説明を始めると、先生は手を伸ばして俺を制してきた。


「私はストロクラン。ここの人は私を『先生』と呼ぶが、クランと呼ばれる方が性に合っている。それと……私は『助手』を派遣するようギルドに頼んだはずだ。学びたいだと? 『学生』を頼んだ覚えはない。そういう意味では私は『先生』ではなく『教授』なのかもしれないな」


「あ……す、すみません! そ、そういう意図ではなく……何でもしますから!」


「ここでは『何でもする』のも当然だ。ここに私達以外魔法を使える人はいない。彼等の生死は私達にかかっているんだ」


「『私達』という事は既に俺も戦力として見てくれているということですか?」


 クランは真顔のまま目を見開く。そしてフッと少しだけ笑った。


「口答えをしたのはお前が初めてだよ。生意気だな……だが、そのくらいの気概がなければここでの生活には耐えられないのかもしれないな」


 クランは過去の助手に思いを馳せるようにそうつぶやく。


「そんなにキツイんですか?」


「まぁ……『並みのエルフ』なら80年は耐えられる程度だよ」


 クランは80歳そこららしい。人間なら老婆になっていて然るべき年月を経ているのに、その肌は若い娘のようでエルフの底力を感じざるを得ない。


「ここに来る前はどこに?」


 俺は雑談がてらそんな質問をしてみた。


 クランは俺の質問を受けた瞬間に顔を歪ませる。


「ずっとここだよ。生まれてから一度も山を降りたことがないんだ。さ、仕事を教える。今日だけは『学生』でもいいから早いところ仕事を覚えてくれ」


 クランは俺の横を通り過ぎると、掘っ立て小屋から程近い坑道へと歩き出したのだった。

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