1 無能と坊ちゃん
どうやら俺は、異世界転生をしても欠陥品として誕生したらしい。
赤ん坊の頃から泣く事すらなく、ロボットのように指示通りに動き、感情を全く出さない子供のようだ。
気が付けば、俺は転生してから12年の月日が経っていた。
朧気な前世の記憶も今ではハッキリと思い出し、思考も享年30代の大人の考えに近づいてきている。
ただ・・・
「おい無能ッ! さっさと来いよッ!!」
俺を無能と呼ぶのはこの街の領土を持つ貴族の御坊ちゃまだ。
今の俺と同じ12歳の子供だが、甘やかされているのが見て分かるほどの肥満体質で同年代よりも数倍大きな巨体となっている。
そのおかげか筋力も同年代よりある為か、喧嘩も相当強い。
「何をボーッとしてやがるんだッ! ボクはこの街で一番偉い父上の息子だぞ!!」
「それ何か関係あるの?」
「ブヒィーッ!! ナマイキなまいきナマイキな奴だッ!」
御坊ちゃまは俺の事が気に入らないのか、いつも俺を見るなりに難癖をつけては顔を真っ赤にしてブヒブヒと文句を言い続ける。
「いいかッ?! チミがこの街の教会で暮らせているのはボクの父上がいるおかげなんだぞ!」
「はぁ」
「だからチミはその父上の息子であるボクを崇め称え! そして敬意を込めてボクの僕として振舞わなきゃダメなんだ! 分かったかこの無能ッ!!」
「え? なんで?」
「ブヒヒィーーーッ!!!」
こんな感じの会話を、すでに幼少の頃から続けている。
言うなれば幼馴染と言う奴だ。
「それで? そんな無能をこんな朝早くに教会から連れ出して何処に連れていくつもりで?」
時刻はまだ朝の5時半頃。
太陽さえ昇っていない暗い時間に、このおデブの御坊ちゃまはわざわざ教会に訪れて俺を起こしに来たのだ。
まだ教会の礼拝時間ではないからいい物の、もしも遅れたらシスターになんて言われるか・・。
「ブヒヒィ! チミはボクの僕なんだから黙ってついてくればいいんだよ! ほら早く行くぞッ!!」
「はぁ・・はいはい。 仰せのままにゴシュジンサマ」
「全く敬意を感じられないのだがッ!!」
そんなこんなないつもの理不尽な罵声を聞かされながら連れて来られた場所は、街に昔から言い伝えられている立ち入り禁止区域だった。
「あの、御坊ちゃま。 ここは立ち入り禁止区域では・・・」
「ブヒッ! その通り! では行くぞ!!」
「まてまてまてまて」
縄で厳重に塞がれて、文字で立ち入り禁止の札を張られていると言うのに、このおデブ坊ちゃまは気にもせずに通ろうとする。
そんな坊ちゃまを俺はズボンを握って止めた。
「なんだチミはッ! 無能の癖にボクのいう事が聞けないのかッ!!」
「だって立ち入り禁止区域ですよ? 子供の俺達だけで入ったらダメでしょ」
「フンッ! やはりチミは無能だな!」
坊ちゃまは得意げな顔をして俺を見下す。
「いいか? この立ち入り禁止区域の先にはダンジョンと呼ばれる不思議な洞窟があると言われている!」
ダンジョンとは、この異世界でいくつかあると言われている魔物の生息地の事を言う。
いつから存在しているのか。
全部で幾つのダンジョンがあるのか。
ダンジョンの最奥には何があるのかすべてが不明。
探索調査の冒険者と呼ばれる職業があるが、そのほとんどが行方不明となっている。
ただそれでも探索が続けられていのには理由がある。
それはダンジョンの最奥には神様が地上に残した宝物があると言い伝えられているからだ。
その為、今も尚、冒険者と呼ばれる職業は多くの国から重宝されている。
「ダンジョンがあるのは知ってますけど、じゃあ何で尚更そんな危険な所に?」
「ブヒィ~。 チミは本当に無能だな~」
御坊ちゃまは鼻から大きな溜息を吐く。
「いいか? ボクはこの街で一番偉い父上の息子だぞ?」
「うん」
「つまりッ! そんなボクが街の近くに存在しているダンジョンを攻略すればどうなると思う?」
「どうなるんです?」
御坊ちゃまは大きく胸を張って、自信満々に告げた。
「ボクは父上よりも偉い人間になるという事だッ!!!」
感情が欠落している俺でも分かる。
こいつバカだ。