第3章~忘年会が終わった後に
忘年会は金曜日だったので、土日を挟んで月曜日に出勤した時に、返金作業以外にもいろいろな事を知らされました。
まずは、忘年会で飲み過ぎた若手の村岡さんが、帰宅途中で酔いつぶれて帰れなくなり、前田さんに携帯で助けを求めました。
前田さんは慌てて引き返したものの、どうにも手に負えなかったので、救急車を呼んで病院に搬送してもらいました。
そうなったのは、村岡さんが現場長の真向かいに座っていたからでしょう。
村岡さんが忘年会の途中でトイレに行った時は、足が縺れていて何回か柱にぶつかっていました。
ですが、まさか駅まで行けずに救急搬送されているとは思いませんでした。
前田さんは、帰ってから見たいテレビがあったのに、村岡さんを救助した為に見られなかったと、恨み節を吐いていました。
あと、先輩の藤井さんが忘年会が終わって店を出た後に、
「もう一軒行こうぜ~」
と、ご機嫌でくだを巻いていたら、現場長がいきなり藤井さんを何発もぶん殴ったので、彼はその場に倒れて動かなくなりました。
現場長は、何回か藤井さんを揺さぶりましたが、呻き声を聞くとそのまま帰ってしまいました。
冬の寒い夜に、藤井さんをこのまま放置してはおけないので、寄川副主任が現場から大急ぎで大きめの台車を持って来ました。
台車に藤井さんを乗せると、寄川さんと小野さんと自分で何とか機械室の隅に運び込むと、そこに布団を敷いて彼を寝かせました。
しばらく藤井さんに付き添っていましたが、深く眠ったのでこの日は帰りました。
ただ、藤井さんが翌日に目覚めると、体中が痛かったそうです。
特に、現場長に顔面を思いっ切り殴られたのが痛手で、お腹が空いた時にご飯を食べようと思ったら、口が半分しか開かなかったと言っていました。
口の中も切れていて、最初はうがいも出来なかったとか…。
それと、もう1件あったのですが、ロッカールームで現場長と先輩の中津川さんが話していた内容に波紋が広がりました。
自分が作業着に着替えていた時に、現場長が中津川さんとこんな話をしていました。
「現場長、忘年会で持って帰ったボトルで晩酌したんですか?」
「ああ、あの焼酎ね、忘年会から帰る途中で民家の庭先に繋がれた犬がいたから、犬に飲ませちゃったよ」
「マジですか?そんなの飲ませたらヤバいんじゃないですか!」
「いやいや、それがその時は喜んで飲んでいたよ」
「じゃあ、大丈夫なんですかね…」
「でも、次の日からその犬は犬小屋から出て来なくなったんだよな…、死んではいないみたいだけどな」
それを聞いて、自分は言葉がありませんでした。
「何だこの人は!」
「こんな人が現場長をやってるのか…」
「それにしても、この話本当なのかな…?」
とも思いましたが、現場長が人間的にヤバい匂いを放っている事だけは確かでした。
後に、現場の皆さんはこの1件を、
「現場長にはボトルを持たせるな事件」
と、呼ぶようになりました。
初めて担当した忘年会が何とか無事に終わったものの、自分の分の返金はさて置いても、現場の6人の先輩方には800円、現場長には700円返金しないといけなくなりました。
とはいえ、自分の財布にそんなに硬貨がある訳ではないので、日勤の時に午後一時外出して銀行に行って両替する事にしました。
銀行での両替は、両替カードがあれば早かったのですが、それが無いものだから年末の時期というのもあって、2時間近く待たされてやっと両替が出来ました。
そして、現場に戻ってから先輩方に800円、現場長に700円返金したのですが、残金が発生する度にいちいち銀行に両替に行くのは大変だから、勇気を出して先輩方にこう提案しました。
「会計係が不在ですので、飲み会の残金の精算がけっこう大変なんですよ」
「結局のところ今回は追加オーダーが無かったので、次の会でも追加オーダー無しにして、コース内だけで飲み会を開きたいのですがいかがでしょうか?」
と、言ったところ、その発言が後々波紋を呼ぶ事になったのです。