第4章~熱の入った指導
翌週から、自分が増渕さんに教えるボイラーの手順をあれこれ考えて手帳に書き込みました。
ボイラーの作業は免許を持っていないと出来ないのが多いのと、夏は室温が45℃以上になるので、やりたがらない業務のうちの1つになっていました。
それに、ボイラーの焚き上げの時は、圧力と水位を適正に保つように出来るまで数年は掛かります。
あと、ボイラーを2台以上運転する時は、蒸気流量を平均的に流すようにする必要がありました。
負荷が多い時と少ない時では、蒸気流量を平均にするやり方が違うのと、場合によってはボイラーを追加で運転したり停止したりする事もあるので、その判断が出来るようになるまでに何年も掛かります。
ヘッダーが低圧力でボイラーを焚き上げる時は、バルブの開度により蒸気が何トン流れているかを大凡で把握しないとならないのですが、耳を澄まして音だけで判断するにはざっと3年は掛かります。
よって、ボイラーの免許を持っていてやる気のある人がいるなら、仕事上かなり重宝されていました。
現場にある教本に注釈を加えた物を作り、ボイラーを教える手順を確立すると、直ちに増渕さんを呼んでボイラー室に連れて行きました。
ボイラー室は、夏は45℃、冬は35℃位の室温なので、洗濯物や傘を乾かすのには便利ではありますが、そこで何時間も作業をするとなると、終わった時には汗だくになります。
その状況でボイラーの作業を教えていると、こちらも途中でへばってきます。
あと、ボイラーの釜前はとにかくうるさいので、手順を教えるには大声を出さないと相手に聞こえないので、すぐに喉がカラカラになります。
それでも、仕事で返すと言い放った増渕さんの意思に報いる為に、出来るだけ短期間でマスターしてもらおうと思い、自分は暑さで朦朧とする意識の中、必死で教え込みました。
諸先輩方はいましたが、ボイラーの免許所持の関係で、現場長の稲田主任、副主任の寄川さん、あとは小野さんと自分の4人で、ボイラー室の熱気に耐えながら大声で教えていました。
そのうち、増渕さんはあからさまに不満を口にしました。
現場長と寄川さんと小野さんと自分では、教える手順が違うと言ってきたのです。
機器の整備は各々の先輩方から学んだので、手順が違っても結果が良好なら全く問題ないのですが、増渕さんは何で手順を統一しないのかと自分にアヤをつけてきました
それを聞いてすぐに現場長に相談しに行きました。
「何でも4人の教えの手順が全部違うとかで、どれがいいのか分からないって言うんですよ」
そう言うと、現場長は意に介さずに、
「教えてもらっている分際でよく言うよ!何様だと思っているんだよ!」
と、怒りを露わにしました。
「でも、ボイラーの操作は電気班と機械班の出身で考え方が違うとか言ってきているんですよ、電気班ではバルブのグランドの交換をしないとか、機械班ではインターロックなんてやらないのにとか、いちいちうるさいんですよ」
「ふーん、そうか…、じゃあ、増渕君を連れて来いよ!」
「分かりました」
数分後、増渕さんを現場長の前に連れて行くと、
「君は4人の手順が違うから統一しろと言ってんだってな、だけどそれは出来ない相談だよ」
「何でですか?どれがいいのか分からないんですけど」
「それはな、とりあえず教えてもらっている事に感謝をして、全てを習得してから君のやりやすい方法を選んでやればいいんだよ」
「そんなの分かりません!同じ事を言ってくれればいいんです!」
「だから、ボイラーってのはそんなに簡単なもんじゃないんだよ!習得に何年も掛かるのは、圧力、温度、水位、各種流量、バランス等いろいろと考えなくちゃならないんだよ、それもなるべく警報を出さないように焚き上げるんだよ」
「そんなの無理です!マニュアルを下さいマニュアルを!」
「あのな、教本はあるけどあとは体で覚えるんだよ、季節によって負荷は違うし焚き上げる台数も違うんだからさ」
「先輩方は個人的にはマニュアルを持っていますが、それを3人に見せると批判されるから出さないって言ってるんですよ、そんなのエゴじゃないですか!」
「実際のところ、4人共師匠が違うから他のやり方が分かってないのは認めるよ」
現場長が何とか宥めようとしましたが、増渕さんは被せるように、
「マニュアルが無いんならマニュアルを作って下さいよ!今まで何で無かったんだよ!」
と、吐き捨てるように言ってきました。
「あっ、そう、そういう事言うんだな!もう容赦はしないからな!」
「何をどうしようってんだ!マニュアルも無いのにさ」
そこで、現場長は負けじと応戦しました。
「お前が次から教えてもらう時は、そいつのやり方を忠実に再現してやるんだ!」
「教官が4人いるなら4通りの手順を全て叩き込め!」
「それが全部出来たら、お前がマニュアルを作れよ!」
「教官に当たる奴にもビシバシ指導するように言っとくからな!」
増渕さんは、マニュアルが無い事を出しに使い、ボイラーの作業をなるべく簡潔に取得しようとしましたが、逆に4通りのやり方をマスターしろと現場長に言われてたじたじでした。
ですが、技術を取得するには、ここが踏ん張りどころなのです。
教官に当たる4人も、かつては師匠のやり方を忠実に再現していたからでした。
同じ事をするにも、早くやる人とゆっくりとやる人がいるのです。
どちらがいいのかは、自分で勉強して仮説を立てつつ研究しないと答えは出ません。
増渕さんは、たった一回の飲み会に1時間でも参加していれば、早くからこんなに叩き込まれる事もなかったのに、これも自ら選んだ道だから根性を出してやってくれるだろうと思っていました。
それを、あれこれいちゃもんを付けてきたので、正直残念でした。
しかしながら、増渕さんがマニュアル作りをしてくれるのであれば、個人的にはとても興味がありました。
何せ自分は、他の現場でのボイラー経験は長かったものの、今の現場では現場長のやり方を知らなかったからです。
他の人が教わる事がない現場長直々の指導要領を、増渕さんがどのくらいの期間でマスターするのかを、寄川さんと小野さんと自分は密かに期待していました。
何故なら、3人はその情報を増渕さんから聞き出そうと思っていたからでした。




