小会議
「ただいま、風呂より戻りました」
「ん、おー、そう……か」
そう言って入ってきたタマーラにヴァルラムは返事をしながら振り返り、口を噤む。ヤーラの腕の中ですよすよと眠っているフェオドラを見て、誰だ、フェオドラの髪が黒だけだと言ったのはと思わず、心の中で言ってしまうほどだ。
「一応ですが報告しますね。フェオドラちゃん、はっきり、ばっちり龍の血が濃いかと」
「いや、そりゃ、見りゃわかる」
「ですよねー」
「それから、もう何点か。体のあちらこちらに外傷があります。こけた傷や自分で負った傷ではなく、誰かしらに負わされたとみて間違いないものばかりです」
「体もやせ細ってまして、食事はこちらの木の実だそう。水もあまり飲むことがなかったのか、お風呂のお湯を飲もうともしました」
「髪については母親に隠しなさいって言われたみたいです。最初、洗うのを嫌がってましたから」
ヤーラ、ソフィーヤ、タマーラと報告をする。ちなみに嫌がってたのをどうやって丸め込んだのかというアキムの問いに三人はにっこりと笑う。
「「「レオンチェフ様が喜ぶからって」」」
片手で顔を覆い、大きな溜息を零すアルトゥール。そこまでついさっき出会ったフェオドラに懐かれる覚えは全くない。可能性としては一昔前まであった“運命の番”だのという夢物語だろうか。
「で、だ、どうする? 親を探すか?」
「いや、それはやめた方がいいだろ」
ヴァルラムの言葉にアルトゥールは首を振る。自分にとっては巻き込まれにもほどがある事項だが、フェオドラの状況を考えないほど愚かではない。
大々的にフェオドラの親を探したところで偽物が現れるのは必至。それが偽物ならまだよしも、恐ろしいのはフェオドラを住まわせていた貴族がいた場合。その貴族はフェオドラを冷遇の末に虐待まで加えていることになる。虐待までされていたという事は運悪く否母親の言葉からすれば運よく龍の血の濃さを隠せていたということ。ともすれば、公開した場合にその貴族にフェオドラの本来の姿がバレてしまうということになる。
「内々で探す感じですかねぇ」
「もしくはどこか信頼できる家に養子に入ってもらうっていうのもあるのじゃないかしら」
「とりあえずは嬢ちゃん本人への聴取だな」
家を探すなり、養子に入るなり、どれにしたってまずは本人の意向と状況を確認せにゃいかんとヴァルラム。それにまぁ、そうかとヤーラの腕で眠るフェオドラに目を向ける。
「……んぅ」
何かを感じたのか目を擦り、フェオドラは顔を起こす。そして、眠た眼で周りを見て、最初にいた部屋に戻ってきたことを把握するとパパは? と小さく呟いた。
「あー、はい、パパだよ」
「ん、ありあと」
アキムにぬいぐるみを渡され、フェオドラはふふっと笑うとぬいぐるみを抱きしめていつものおまじないをボソボソと囁くと寝息を立て始める。
「とりあえず、仮眠室のベッドにでも寝かせてやれ」
「そうですね、そうします」
ヤーラを見送り、ヴァルラムは大きな溜息を吐くと頭をわしゃわしゃと掻いた。そして、一息つくとソフィーヤやタマーラ、アキムに解散命令を出す。
「やれやれ、嬢ちゃんの話を聞かないと色々と進まなそうだ。レオンチェフ、悪いが明日もこっちで頼む」
「あぁ、わかった。上にはこちらから連絡しておく」
「悪いな。ついでに嬢ちゃんの引き取り手になってくれ」
「…………」
「聞かなきゃはっきりはしないだろうが、今日だけ見ても間違いなくココに引き留めたところであの嬢ちゃんはお前についてくぞ」
ジトッとした目で見られ、ヴァルラムははっきりと伝える。その言葉の通り、恐らくフェオドラはアルトゥールについてくるだろう。それはアルトゥールにもわかった。だが、浮浪孤児を引き取ることは流石のレオンチェフ家ではしないだろうとも思っている。なにせ、上級貴族においても最上級になる公爵家だ。ただ、あの龍の血の濃さは惜しいと思うかもしれないが。
「ダメもとで入れておく。が、ダメだった場合は献言する。いいな」
「あぁ、わかってる。あれだけの血の濃さだ、下手に下の家に預けられんだろう」
上まで、王家まで上がれば、騒動はデカくなるだろうがその分、彼女の安全性は守られるのは間違いないだろうとヴァルラムは頷く。ただ、アルトゥールの家で囲ってもらえるのが一番いいものではあるだろうとも思っている。
「やれ、困った案件だ」
「全くだ」
報告書にはなんて書いておこうか、はてさて親にどう先触れを出そうか、頭を悩ませるヴァルラムとアルトゥールだった。