カルテ
「……あぅ、ぁ……ごめん、なさい」
「かまわん、しょうがないとも。フェオドラ君は気にする必要はないからな」
ポロポロと涙を零すフェオドラにドア越しに言葉を飛ばすヴィークトル。どういう状態なんだこれはと初見であれば思っただろう。けれど、すでに理由を知っているアルトゥールは父をドアの前から退け、フェオドラの部屋に入る。
「トゥーラ様、私、頑張ってるけど、けど」
「大丈夫だ。父上もわかっている。とはいえ、あとで抗議しておく」
「え、でも、私がいけないので」
「フェオドラが悪い訳じゃない。心を病むな。少しずつでいいと言っているだろ」
フェオドラの涙を拭いながら、アルトゥールはそう語りかける。わかっているけれど、理解できるけれどとフェオドラは言う。けれど、心が悲鳴をあげている以上無理をするとフェオドラ自身がダメになってしまうと抱きしめ、その背を慰めるように叩く。
ヴィークトルもそれはわかっているはずだ。その上で少しでも気持ちを軽くしようとおちゃらけているのだろうが、逆効果。アルトゥールはあとでしっかり父にはその旨を伝えておかねばと目を細める。
「ドナートもダメでした」
「うん」
「庭師のユスチンもダメでした」
「うん」
「コックのシードルも」
分かってるのに、大丈夫だって分かってるのに体が震えるのです、言葉が出せないのですと悲痛な声をフェオドラは上げる。何か越しならば何とか喋れるのにとフェオドラはアルトゥールの胸に顔を擦り寄せ泣く。今までの経験上親しくしていた人が軒並み怖くないはずなのに怖いという矛盾にフェオドラの心は本人や周りが気づかないほどに擦り切れていた。
発覚したのはフェオドラが目覚めてすぐの事だった。大丈夫かいと声をかけたヴィークトルや主治医にフェオドラが悲鳴を上げた。ごめんなさいごめんなさいと謝りだしたフェオドラに主治医もヴィークトルもこれはと顔を見合わせ、一先ずはフェオドラの心身に負担をかけるとして退出し、ソゾンに来てもらう。状況を話し、ソゾンは一つ頷くとフェオドラと二人で話したいと告げる。
「……賛成しかねます」
「大丈夫じゃよ。大変な子に追い打ちをかける真似はせんて」
「父上などのように悲鳴を上げてしまう可能性があります」
「まぁ、それはなくはないが、ほれ、会ってみないことにはわからんじゃろ」
な、な、とアルトゥールを説得し、しぶしぶの了承を得ると、ソゾンはすぐさまにフェオドラの部屋へと飛び込んだ。アルトゥールは心配で部屋の外で待機していたが、悲鳴は上がることはなく、ぼそぼそと会話をするような声が聞こえていた。そうして、暫くの後、ソゾンが部屋から出てくると彼は困ったように眉を下げていた。
「やれやれじゃ。とりあえず、皆をサロンにでも集めておくれ。事情は儂から話そう」
家族は勿論、別邸の人間をサロンに集めるとソゾンはフェオドラの状態を話した。
過去にも襲われたことがあると。それにアルトゥールの瞳孔がヒュッと細くなる。他も今回の事だけではなかったのかと騒めく。
「何かしらあってか、ショックでかはわからぬが記憶に蓋がされた状態であったために特に強い恐怖を抱くことなく生活できておったようじゃ」
しかし、今回の件でその記憶が戻ってしまった。故に現在フェオドラは心の乖離があるため、ゆっくりと解消させていく必要があると述べる。無理をさせてしまうと心が壊れる可能性もその時説いていた。
「あと、フェオドラくんの主治医、儂な」
どやぁと胸を張ったソゾンに全員が怪訝そうな目で見る。それに疑い深い奴らじゃと胸元から王家の証印の入った任命状を取り出し、見せつけた。
「……トロフィムめ」
「いや、まぁ、あの倅も協力してくれたが最終的な判断下したの陛下じゃからな」
忌々しく友人の名を紡ぐアルトゥールにソゾンは苦笑いを零しながら、国王の判断だと訂正する。
流石に国王の判断ともなるとヴィークトルも反対もできず、彼が主治医となることを了承した。むしろ、家の主治医が使えないのでそう判断せざるを得なかったというのが正しいが。
そうして、ソゾンが担当になってからというもの、フェオドラから様々な彼女に纏わる情報を聞き出し、それをヴィークトルらに診断書として報告が提出されるようになった。また、フェオドラに関われる男性は年配ならある程度大丈夫であるとマルクが身をもって証明した。
別邸のアイドルとも言えるフェオドラのお世話ができるとあってマルクは若い衆からぶうぶうと文句を言われるのだった。
「なんのこれしき、私が若い頃はもっと酷かったですからねぇ」
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