母の言葉
『可愛い可愛い私のフェオドラ。よく言葉を聞いて、学び、覚えておきなさい。ただ、アレらの前では決して言葉を発してはダメよ』
少女――フェオドラはまだ母が生きている時、彼女からそう言い聞かされていた。言葉は分かる。意味も彼らの表情からなんとなく理解はしていた。ただ、言葉を発するのは母と母が作ってくれたドラゴンのぬいぐるみに対してだったため、その発音であっているのかはわからなかった。
『大丈夫よ。だって、あなたは私と|パパ≪・・≫の子だもの』
いつも母はぬいぐるみをパパと呼び、大事にそれを抱える娘ごとそう言って抱き締める。優しくて、あったかくて、生活は大変であったけど、フェオドラの中で幸せな時間だった。
「…………まぁま?」
ちんちろと鳴く虫の音にフェオドラは目を覚ます。もう空は暗くなっていた。
周りにあるのは森。母の姿はどこにもなかった。あれは夢だったのだと分かると肩を落とす。冷たくなって動かなくなってしまったあの日から母はもういないのだと思い出し、フェオドラは痛む体に鞭を打ち、立ち上がる。
「お月さま、まーまるちあうね」
空を見上げ、月を見る。いつだったか、母は言っていた。
『十五の満月の日、あなたの道が開けるわ』
満月というのがわからなくて首を傾げれば、お月様が真ん丸になる時のことよと教えてもらった。そして、道が開けるというのはその時にならないとわからないことだけど、フェオドラにとって良いことがあると母は語った。
母がいなくなってからフェオドラの救いはそれだけだった。だから、毎日夜空を見上げた。
「うー」
今日の月はまるで怖いあの子が笑ってるかのような弧を描いて、思わずフェオドラは唸ってしまった。いつもいつも会う度になんかしらしてくるあの子。魔法を覚えてからは魔法を飛ばしてくるのだから、厄介だ。
「まーまるお月さま、まらかな」
真ん丸お月様は何度か目にしたが、いいことはなかった。でも、母の言っていた十五に当てはまる時がくれば、きっとと諦めきれない。
はぁと溜息を吐き、再度空を見上げるも空に浮かんでいるのは笑っているかのような月。いくら見上げても変わるはすもなく、フェオドラは諦めて、住処にしている洞へと向かった。
途中、木の窪みに溜まった水で喉を潤し、洞への道に落ちている木の実を食べた。
「これはパパにあげよ」
美味しいなと思えば、数個は寝る前にどうぞとぬいぐるみに捧げる。とはいえ、ぬいぐるみは抱きしめて眠るのでぬいぐるみを置いていた場所に置くだけなのだが。それでも、翌朝には置いていた木の実はなくなっている。小動物が持っていったのか、はたまた本当にぬいぐるみが頂戴したのかはわからない。
「レーラに幸を、ヤーシャに祝福を」
洞で寝床を整えたフェオドラはぬいぐるみを前に手を組み、そう言葉を口にする。母がいつもぬいぐるみにしていたおまじない。どういう意味なのか聞いても穏やかに微笑んで首を傾げるだけだった。だけど、少し母を感じるようでフェオドラは毎日寝る前には必ずそれを母亡き後行うようになっていた。
そして、ぬいぐるみを抱き締めて深い眠りに落ちていく。