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擬死行動

 地面に倒れる前になんとか抱えることができたアルトゥールはすぐさまフェオドラの呼吸を確認する。


「あ、あの、お兄様、わ、(わたくし)なにもしておりませんのよ、ほんとですのよ」


 自分が何かしてしまったと疑われるのは嫌だと令嬢――ジナイーダは恐る恐る兄に声をかける。


「わかっている。父上、部屋を一室お借りします」

「あぁ、かまわない。医師も呼ぶかね」

「えぇ、お願いします。あと、こちら、フェオドラの調書になります。一読を」

「わかった」


 調書を父であるヴィークトルに渡し、アルトゥールはフェオドラを抱え直す。そして、近くにいた執事にフェオドラがいつ目覚めてもいいように軽食の用意を指示し、客室へと向かった。母であるヴェーラは執事に医師を呼ぶように手配しているヴィークトルから調書を奪い取るとそれを先に読んで、なんてことと声をあげた。


「ヴェーラ、どうしたんだい」

「あの子ったらもう、こういうことは早く知らせておいて欲しいものだわ」


 バシッと調書を押し付けられたヴィークトルは妻の言葉に首を傾げつつ、調書に目を通した。そんな夫婦の横で不安そうに顔を下げているのはジナイーダだ。


「ジーニャ、大丈夫よ。あの子は少し疲れてたみたい。その上に緊張で倒れてしまったのよ」


 ただ、あの言葉はいただけないわねと軽いお叱りはあった。そんな二人のやり取りの中、ヴィークトルは成程とフェオドラの反応に納得をした。


「取り敢えず、私たちも客室へ行こうか」

「それはいいけど、あの子大丈夫かしら?」

「早々に目覚めてるとは思えん。それにアーテャにも少し話が聞きたい」

「それもそうね。ジーニャ、行きましよ」

「はい」


 三人が客室に向かっている途中に公爵家からの要請ということで慌ててやって来たのだろう主治医の額には汗が浮かんでいた。


「えっと、患者は……」

「あぁ、我々ではなく、ちょっとした少女なのだ。すまないね」

「いえ、とんでもありません」


 そんな会話をしつつ、客室に向かえば、フェオドラはまだ目覚めていなかった。フェオドラをドレスからネグリジェに着替えさせたメイドがそっと夫妻たちと共に入ってきた執事にあれ酷いですとこそりと報告をしていた。執事は意味が分からなかったようで首を捻っていたが、そんな執事もすぐにその理由が分かった。

 フェオドラの傍に控えていたアルトゥールが彼女をと言って、主治医に診察をお願いする。断りの声をかけて、布団を腰あたりまで畳み、フェオドラを診る。その際にケープで隠されていた手の傷を目の当たりにした。


「呼吸は若干少なくなっておりますがそれ以外に異常はありませんな。恐らく、一部の動物で見られる擬死行動のようなものでしょう」

「擬死行動……」

「簡単に言えば死んだふりのことですな。彼女の状態から見て日常的に暴力を振るわれていたのでしょう」

「そ、それでなんで(わたくし)たちをみて倒れるとれるというの」


 ヴェーラにしがみつきながら、納得できないとジナイーダは声を上げる。


「あくまで推測ではありますが、視覚からの精神的負荷でしょう。彼女の年齢からすると人の顔などあまり認識していないかと」


 しかも、暴力を振るわれていたのであれば顔を認識するより先にその服装を認識する可能性は大いになる。そう主治医は語る。


「恐らく、先生の言葉は間違ってないだろう。ここに来るまでに馬車から見えた令嬢に過剰に反応していた」

「あぁ、だからお前はジーニャが来るのを止めようとしたのだな」

「えぇ、父上や母上にもあれだけの反応を示していたので過剰に反応する令嬢たるジーニャが来れば、恐慌状態になる可能性があったのですが……」


 結果はこの通り、自らが倒れるという方法をとった。主治医は議論を開始しそうなアルトゥールとヴィークトルに失礼ながらと手を挙げて、フェオドラは栄養が不足気味なのでそれを補うように、それから出来るだけ早く治癒は始めた方がいいと言って退室する。


「で、これをお前が引き取らざるを得なかった理由がこの調書には書かれていないが」

「あら? そうなの?」

「えぇ、どこの誰に読まれるかわからなかったので、とりあえず今回関わった詰所の人間には箝口令を敷いています」


 フェオドラの髪は確かに龍の血が強いことはヴィークトルにもわかる。ただ、それだけだ。それだけなのにわざわざ、アルトゥールを通して我が家に彼女を連れてきた。つまり、それ以上の何かがあるのだろうとヴィークトルは推測し、それは当たっている。


「インナ、悪いがフェオドラを見ていてくれ。何かあれば俺の名を使えばいい」

「かしこまりました」


 アルトゥールはフェオドラを着替えさせたメイド――インナに世話を頼み、ジナイーダも一緒に聞けと全員で部屋を移動した。

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