龍の娘と調書
公爵家に行くのならばとソフィーヤが実家から幼い頃に来ていたというドレスを取り寄せ、ヤーラは家からぬいぐるみが入るバッグをとって戻ってきた。ちょっと野暮ったいバッグを見てタマーラが簡単な刺繍やアクセサリーを付ける。
「ふぉー、おぉー」
ドレスに着替えたフェオドラに渡せば、よほど嬉しいのか単語ですらない声を上げて、バッグを掲げている。
「よかったな、嬢ちゃん」
ヴァルラムにそう言われれば、嬉しそうにこくりと頷く。
「嬉しいのはわかったから、ちゃんとソフィーヤたちに礼を言っておけ」
「ありあとー」
アルトゥールの言葉にはパッと花を咲かせ、こくこくと頷くと、不器用な笑顔で三人に礼を言う。
「……複雑だ」
「しょーがないですよ。フェオドラちゃんにとってレオンチェフ様は特別みたいですから」
「イケメンか、やはりイケメンでないといけないのか」
うぉおんと嘆くヴァルラムにソフィーヤたちは奥様に愛されてんですからいいじゃないですかと慰める。
「……?」
「あぁ、いい、あれは放っておけ。いつもの持病だ」
どうしたの? とばかりにヴァルラムとアルトゥールの顔を見比べてこてんと首を傾げたフェオドラ。そんなフェオドラの頭を撫で、バッグにぬいぐるみを入れておけと誘導する。バッグに入れられたぬいぐるみは顔をちょこんと出す形になり、アルトゥールがそれでいいのかと尋ねれば、これがいいと満面の笑みを浮かべるフェオドラ。そんな二人の様子を見ていた四人はアルトゥールってあんなに世話焼きだったっけと考えたし、仲いいなとも思った。
「まぁ、なんだ。予定としては休憩込みでお八つ時ぐらいまで嬢ちゃんのすこしずつ聴取。アルトゥールはそのぐらいまで仕事に従事してもらえればいい」
先程までのはなかったようにヴァルラムは本日の予定をアルトゥールに告げる。それについてはアルトゥールも異論はないようで頷く。
「フェオドラ」
「ん?」
「俺は仕事に行ってくるから、戻ってくるまで大人しくここで待ってろ」
いいなと尋ねられるとフェオドラはこくりと頷く。それに満足するとアルトゥールは続けて、ヴァルラムやアキムから質問されると思うがそれにはわかる範囲で答えることを伝えた。ただ、その際、分かりやすいようにヴァルラムをおじさん、アキムをお兄さんと言ったこともあって、ヴァルラムはまだおじさんじゃないと否定していた。アキムはそんな上官の様子にけらけらと笑う。
そして、アルトゥールが業務に向かう時にはフェオドラは捨てられた子犬のように行っちゃうの? と目を潤ませて見送る。そんなフェオドラにアルトゥールはう゛と怯んだもののそれを振り切るように出ていった。
「さ、お前らも戻れ」
「いやです。第一に私たちは今日非番です」
あと、フェオドラちゃんのためにいまーすとソフィーヤとタマーラはフェオドラを長椅子に誘導して、左右を陣取る。ただ、ヤーラは体を動かしたいと言うことで席を外した。
ガシガシと頭を掻いたヴァルラムはまぁいいかとそれを許可し、アキムと向かいの席に腰を下ろす。アキムは既に筆記用具も用意しており、いつでも記録が録れる状態になる。
「さて、嬢ちゃん、聞いても大丈夫かい?」
「……ん、らいようふ」
名前から始まり、住んでた場所、両親の有無を確認していく。何を言っているか分からず、首を傾げた場合は左右のソフィーヤとタマーラが分かりやすいように説明する。
「それじゃあ、パパとは会ったことないのか」
「ん。パパには、ママ、いつか、会えるって」
「そうかそうか、パパがいる場所はわかるか?」
ヴァルラムの質問にフェオドラはぬいぐるみをギュっと抱きしめてわからないと首を降る。ヴァルラムはそれ以上は聞かず、次の質問へと移った。近くにどんな人がいたという質問には怖い人としか答えられず、詳しく聞こうにも嫌がったため、左右からストップがかかる。
「一旦、休憩にするか」
「あ、じゃあ、その前に一個いいです?」
「どうした?」
「いや、えっと、フェオドラちゃん、なんか寝る前におまじないとかしてる?」
「ん、ちてる」
言葉で説明するよりも行動で説明したほうが早いとフェオドラはバッグを机の上に置くと跪き、手を合わせいつものおまじないの言葉を口にする。
「これ、ママ、やってたから」
ママがいてくれるようでずっと真似をしているというフェオドラにそっか教えてくれてありがとなとアキムはフェオドラの頭を撫でた。それから、フェオドラは女子三人で休憩になり、アキムとヴァルラムは先程のことのおまじないについても話をする。
そんなこんなで休憩と質問を繰り返し、お八つ時。合流したアルトゥールはフェオドラとフェオドラの調書の複製を受け取り、詰所を後にした。
「とりあえず、フェオドラちゃんに関しては保留ですかねー」
「まぁ、元いた場所が森ってだけじゃわからないしな。ただ、あの|浄化≪・・≫魔法と十五の満月は気にかかる所だな」
「そーですね。確かにあの日は十五日で満月でしたけど、その前にも同じ条件の日はありましたからね」
フェオドラは一体何者なのだろうか。ただ、血の濃いだけの娘なのだろうかと頭に浮かぶ疑問に今の段階では答えが出ない。