お持ち帰り確定
翌朝、目が覚めたフェオドラは自分の格好といる場所にどこだっけここと首を傾げる。
「あら、フェオドラちゃん、起きたかしら」
ひょこっと顔を覗かせたソフィーヤにフェオドラはそうだと夜中の出来事を思い出した。
「お腹減ってない? 大丈夫なら、食堂にお姉さんと一緒に行きましょ」
手を差し出され、えっとどうしようと戸惑っているとフェオドラの言葉よりも先にお腹がぐうぅと返事をする。パッとお腹を押さえたが、その返事はばっちりソフィーヤに聞かれたようで、それじゃあ行きましょうと手をとられた。
「パパも連れていってあげましょうね」
「ん」
ベッドの上で転がっていたぬいぐるみの手を掴み、フェオドラはソフィーヤと共に食堂へと向かった。
食堂には沢山の人がいた。わいわいガヤガヤ、会話や食器の音、調理の音が響く。嗅いだことのない匂いにむぅと眉を顰めてしまう。
「さて、フェオドラちゃん、あっちで――」
食べましょと言い切る前にフェオドラはソフィーヤから手を離し、タタタッと走り出した。それに周りも子供がいるのに気づいたのか、なんだなんだとフェオドラに目を向けた。
「ん」
「……すげーな、一直線だったぞ」
向けられた視線が怖くてフェオドラは目的の人の足に抱きつくとそのまま机の下に隠れてしまう。勿論、目的の人とはアルトゥールだ。ヴァルラムに誘われて食堂で食事を取っていたのだが、まさか一直線に来られるとは思っていなかった。綺麗に隠れてしまったフェオドラにヴァルラムは笑う。
「嬢ちゃん、とりあえず、机の下からでようや」
「や」
ふるふると首を降り拒否を示すフェオドラ。そこにソフィーヤと既に食事を手にしたヤーラたちも合流する。
「……食事、俺の執務室にするか」
「……そうすね、その方が良さそうですねー」
「レオンチェフ様の分は私が運びますので、レオンチェフ様はフェオドラちゃんをお願いします」
アルトゥールが何かいう前にサッと食べかけの食事を取り上げソフィーヤはフェオドラのことは任せとばかりにさっさとその場を後にする。勿論、ヴァルラムらもそれに倣い、アルトゥールには手を貸さない。
「……おい、行くぞ」
「…………」
そう声をかけ、机の下を覗けば、どうしようと不安で揺れる目。強く言うわけにもいかないし、無理矢理引っ張り出すのも外聞が悪い。頭を一掻きして、大きな溜息を零す。
「フェオドラ、ほら、行くぞ」
そう言って、手を差し出せば、名前を呼んだ効果なのかおずおずとその手に小さな手が触れる。恐る恐る机の下から出てきたフェオドラはまだ不安げでアルトゥールの手を握り、腕に抱き着いてきた。
「昨日いた部屋に行くぞ。安心しろ、あの風呂に一緒に入った姉さんとかもいるから」
「ん」
ぴたりと張り付くフェオドラにアルトゥールは思えば幼い頃の妹もこんな感じだったなと苦笑いを浮かべる。そんなアルトゥールを奇怪なものを見たとばかりに食堂にいた騎士たちは目を剥いていた。しかし、フェオドラの気を少しでも紛らわしてやろうと不器用ながら声をかけていたアルトゥールとアルトゥールにギュッとしがみついているフェオドラは幸か不幸かその光景を目にすることはなかった。
ヴァルラムの執務室に到着すると、既にソフィーヤたちはそれぞれ席を作って食事を取っていた。
「レオンチェフと嬢ちゃんのはこっちだ」
嬢ちゃんは栄養や食べてたものの観点からシチューにしてもらったとフェオドラに説明する。アルトゥールがスプーンの使い方を尋ねれば、グーで握り、シチューを掬い口へと運んで見せた。そのあとに合ってる? と首を傾げたフェオドラにアルトゥールは良くできたとその頭を撫でる。
「んー、もう、聞くまでもなく、レオンチェフ様預かりでいいんじゃないです?」
「まぁ、そう見えるわな。あぁ、そうだ、レオンチェフ、家から連絡があったぞ」
「そうか、どうせ、無理だと――」
甲斐甲斐しくフェオドラの食事の補助をしていたアルトゥールにヴァルラムは彼の実家からという手紙を手渡した。アルトゥールは当然ながら無理だという回答だと思い開けば、一言。
『ぜひ、連れて帰りなさい』
その一文だけが書かれていた。いやいやまさかと一度閉じて、深呼吸をして再度開くも、文言が変わることはない。そして、思い出す。レオンチェフ公爵夫人が大の子供(特に女の子)好きだという事に。
「……母上のことを失念していた」
ガクッと項垂れたアルトゥールにヴァルラムたちは引き取りが確定したのだなと一安心した。