一 荒廃した都市。
凛とした佇まい。長い黒髪がキラキラとかご室のライトに照らされて輝き、手に持つ小説すら美しく見える。
髪を邪魔くさそうに耳へと掛ける仕草は、思わず唾を飲み込んでしまうほどに艶っぽい。本当に高校生なの? と疑ってしまう。
ブレザーの膨らみは大き過ぎず小さ過ぎずに丁度良く、若干短めのスカートからは真っ白な脚がスラリと伸びている。
良家のお嬢様かと思しき雰囲気を醸し出している娘と出会ったのは、駅ナカのショッピングモール。二階から乗ったエレベーターの中であった。
灰原ユージは二十歳の冴えない大学生。大学へは単位を取るためだけに通い、後はゲームをして過ごしている。
そんなほぼ引きこもりの彼がショッピングモールに来た理由は、本日発売のゲームを買う為であった。
「全く、店舗限定なんて運営もクソなことするよな……」
エレベーターが来るのを待ちながら不機嫌そうにボヤくユージ。チン。という到着の音が聞こえ、二という数字が点滅してエレベーターのドアが開かれた。
(おっ)
エレベータには先客が居た。長い黒髪の高校生。着ている制服はこの辺では有名なお嬢様校のもので、凛とした佇まいから良家のお嬢様と思しき娘。ユージがかご室に乗ったのを驚きの顔で迎えていた。
(何でそんなに驚いているんだ?)
ユージはかご室の奥へ進むと、壁に寄りかかって腕を組む。
(もしかして、オレを有名人とかと間違えてる……? 声掛けたら付いてきちゃったりして)
本を読むフリをしながら後ろを気にしている少女に、ユージの妄想が捗る。モテ期キター。と内心で絶叫をあげたくらいだ。
チン。六と書かれたプレートが光り、エレベーターが止まる。ガラリと開けられた扉の先に広がる光景に、腕を組んだままの姿勢でフリーズするユージ。
「な、なんだこれは……」
そこは化粧品や香水、女性モノの服などが売られているフロアであった筈だった。しかし、香水の香りどころか腐臭が漂ってきそうな雰囲気で、服などボロボロのマントくらいしか売ってなさそうな印象を受ける。
砂埃が舞い、タンブルウィード(西部劇などでコロコロ転がっている草)が通り過ぎていく。ビルは朽ちて崩れかけ、モヒカン男がヒャッハーしてそうな世紀末なんとか伝説みたいな世界であった。
「えっ? えっ?」
ユージの視線が外と中を行き来する。一緒に乗っていた少女がユージの方を振り向いた。
「な、何ですかこれっ?!」
「さ、さあ?」
首を傾げるユージ。
「最近のレディースフロアは変わってるね……」
「そんな訳が無いじゃないですかっ」
「だ、だよね。それじゃ一体……」
開いたままの扉に手を掛け、頭を外に出そうとしたユージを少女が止めた。
「あ、危ないですよ」
「でも、状況を把握しないとさ」
本当はユージも怖い。が、美少女には良い所を見せておくに越したことはない。もしかしたらムフフフ……。と、そんな下心から恐怖を押し殺して事象に立ち向かう。
頭だけをソッと出し、グルリと辺りを見渡す。これがホラーなどなら扉が閉まって首が飛ぶ所だが、エレベーターはうんともすんとも言わずに停止している。
「どうですか……?」
心配そうにユージを見つめる少女。身長差もあって上目遣いの表情にウッヒョーめっちゃかわええ。と、内心叫んでいるテンションMAXなユージ。それがバレぬ様に振る舞っている。
「うーん。もしかしてオレ達は異世界に飛ばされたのかも」
「異世界って……本気で言ってます?」
少女の表情が呆れ顔に変わる。やばい。自分がオタ気味だということがバレたか? と、内心焦り出すユージ。呆れている顔も可愛いが、これ以上は好感度を落としたくはなかった。
「そうじゃないと説明つかないよ」
「それはまあ、そうですけど」
「エレベーターも動く気配はないな」
付いているボタンを片っ端から押してみても止まったままのエレベータは動かない。
「あの、あの建物に行ってみませんか?」
少女が正面にある、無傷の建物らしき物体を指差した。
「ここから出て行くって事?」
「はい。このまま動かないエレベーターに居ても埒があきませんし、開けっぱなしのここよりは身を守れそうですし」
「でもあれ、入り口なんてあるのかな……?」
ユージ達の場所より二百メートルは離れている三階建てであろう建物。正面には入り口らしきものは見当たらない。
「まあ、行ってみるか」
「じゃあ、先頭をお願いします」
「へ? お、オレ?」
「はい」
美少女の笑顔は凄まじい破壊力を持っている。その爆発に抗える術はユージにも無かった。
「ま、任せてくれ!」
少女はチョロイなと、見えないところでほくそ笑んだ。
瓦礫の隙間、建物の影。あらゆる所に視線を這わせて気を張り巡らせる。もちろん、少女をチラ見する事も忘れない。当人は少女が無事かどうか確認をしている認識だが、彼女にしてみれば頻繁に視姦しにくるただのキモイ男であった。
「後は、この通りを抜けるだけだな……」
片側二車線はある大きな通り。ここまでは何事も無く無事に来れている。後もう少し。と、気を緩める事もなく通りへと身を出した瞬間だった。
「なっ!」
突然、ユージの目の前に現れたのは漆黒に塗装されたロボットだった。それに驚き声を上げるユージだが、ロボットの腕に装着されている銃火器の射出口はユージの頭をすでに捉えていた。まるで示し合わせたかの様な挙動だ。
死ぬ。
ユージはそう悟る。マズルから弾丸が射出され、ユージの額を貫いて中に詰まっていると思しき色んなものを掻き混ぜて後頭部から出ていく。そこまでのビジョンが脳裏に鮮明に映し出された。
しかし、その瞬間はやっては来なかった。ユージを狙っていたロボットは、何者かの攻撃によってその頭を貫かれていたのである。
ユージの目に映ったのは、緑色の液体を飛び散らせながら崩れ落ちるロボットと、レオタードを着た露出女であった。
「大丈夫?」
キュッと締まった腰のホルスターに、ロボットを撃ち抜いた銃らしき物体を仕舞い込む。
「た、助けて頂いてありがとうございます」
未だ死臭の余韻が強く残るも、しっかりと礼をする。
「お礼は要らないから代わりに教えてくれないかしら? あなた達は何者で、何処から来たのか? 何故こんな所にいるのかを」
ゆるふわセミロングの女性は腰に手を回して銃を引き抜き、今度はユージ達に向かって銃口を向ける。
「あああ怪しい者じゃ無いですからっ!」
「そう? 何千年も前に打ち捨てられた都市に居るって事自体怪しいけど?」
「……へ? 打ち捨てられた都市? しかも何千年も前?!」
大きく目を見開いて辺りを見るユージ。見事に世紀末化している建物は、ゆるふわセミロングの女性の言う通り風化よる成れの果てだ。
「一体、どういう事なんだ……」
本当に異世界に飛ばされたのか? ユージの中では異世界転移説が濃厚となりつつある。
「何も知らずにここへ来たの?」
「ええ……。買い物に来てエレベーターに乗ったらここへ着いたんです……」
「エレベーター? そんなの何処にあるの?」
「ああ、あそこに……あれ?」
ユージが指で差し示すも、二人が乗ってきたエレベーターは何処にも無く、ただただ荒廃した市街地が広がるだけだった。
「バカな。確かにここにあったのに……」
指を差したままでユージは唖然とする。ゆるふわセミロングの女性がユージの指差す方向へ一歩を踏み出すと、耳に装着された端末を操作する。
「…………確かに。ここに何かあった痕跡が見られるわね。それが何かは分からないけど……」
ユージには何も見えなくても、女性には何かが見えている様子だった。
「あの、私達ってどうなるんですか?」
少女が女性に問う。
「ん? 取り敢えずは拘束させて貰うわ。あなた達が何者なのか判明するまでね」
「拘束……」
「ええ。街に戻ればあなた達の身元も分かるでしょう。それまではこの手錠をしていて貰うわよ」
女性がウエストポーチから手錠を二つ取り出して『はい』と渡す。
「潔白が証明されれば解放してくれます?」
「ええ、もちろんよ」
ユージの質問に笑顔で答える女性。勿論、女性は潔白であれば解放しようと思っていた。
「で? あなたは従う気はないの?」
女性が手に持つ銃を少女へと向け、引き金に指を掛けた。
「ああ、ごめんなさい。突拍子もない事の連続で呆けてました」
言って少女は自ら手錠を掛けようとしたその時、女性の端末に通信が入った。
『たたた大変ですわお姉様!』
女性は思わず顔を顰めて耳の端末に触れる。
「ど、どうしたのよミーナ。そんなに慌てて……」
『そりゃ慌てもしますわよ。どうやらアイツ等に気付かれた様ですわ! この星に殺到していますの!』
「何ですって!? ミーナ、あなたは大丈夫なの?!」
『わたくしは何とか大丈夫ですが、お姉様達を回収出来るかどうか……』
「…………もし無理ならそのまま撤退して頂戴」
『そんな! お姉様達を置いてなんて――』
「これは命令。分かったわね?」
『………………はい。お姉様』
長い沈黙の後にミーナはそう応えた。その通信はユージ達には聞こえない。ただ、何かしらの報告があったであろう事だけは分かっている。
その通信が終わった後、血が滲むほどに両手をキツく握り、奥歯が欠ける程に噛み締めるただならぬ様子の女性に、ユージは勇気を出して聞く。
「……敵襲よ」
彼女はただ一言そう言った。




