第0章 0-07
音楽の話が出てきますが、音源にリンクしてないので、小説としては説得力がなさそうです。
「まず、音楽に絞りたいと思います、が、少し資料を準備しますので、30分程いただけますか」
「OK、皆さん、じゃあ30分休憩にしましょう。その後、再開しましょう」
うんうん。それだと俺には休憩がないね。知ってたけど。
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「では鈴木君、始めて頂戴」
「それでは、音楽について説明します。ただ、もちろん私は音楽の専門家でもないですし、楽器が趣味でもないですから、あらかじめ了解ねがいます」
「ええ」
「そして、私の趣味であるアニメ鑑賞からの引用が多くなってしまったのも、仕方のないところですから、ご容赦ください」
「問題ないわ」
「音楽の3要素は、メロディ、ハーモニー、リズムだそうです。ただ、今回は音楽を究明したいわけではないので、音楽の原則程度までを調べ、アリスに組み込みたいと思います。一流の音楽家になれる才能をアリスにインストールすれば、もしかすると画期的なテラフォーミング案を思いつくかも知れませんが、現状、我々には、それを検証している時間的余裕がありませんので。ではまず、この音楽を聴いて下さい」
”ラ”
「え、なんですか?」
「これは、事故などで死んでしまった学生が、死後、徒党を組んで軍事活動などをするという某アニメで使われた曲で、その作品の前半と後半の間のアイキャッチに使われたものです。では、次です」
”ソ”
「これは?」
「こちらは別のアニメ作品からです。この作品では、地球環境が非常に悪化して、人間は巨大な避難施設で生活しています。なんとなく、我々と境遇が似ていますね。それはさておき、その世界には300人くらいの代理人と呼ばれる人たちがいて、それぞれ、避難施設を開設しているですが、ある避難施設の警備局長が自宅でピアノを弾く、というシーンからの引用です」
「えーっと、鈴木君。それで論旨は何かしら? 著作権の話をしたいわけでもないでしょうし。まあ、仮に著作権があったとしても、一音だけの曲が盗作かどうかなんて、立証し切れない気もしますけれど」
「もちろん、著作権の話ではありません。2音なら成立するか? 3音なら? という話でもありません。ではもう一度、この二つの音楽を、何度か繰り返して聞いてみます」
”ラ”、”ソ”、 ”ラ”、”ソ”
「いかがでしょう。そうですね、では竹田さん、いかがでしょう」
「まあ、二つが違う音だとは分かりますが」
「はい、それで聞いた時の感じはどうですか」
「感じですか、うーん。もう一回、再生してもらってもいいですか」
「はい、どうぞ」
”ラ”、”ソ”
「・・・まあ、印象は違いますね、具体的にどこがどう違うかは説明できないですが」
「はい。そのとおりです。ですので、音は知性に対してだけではなく、印象、つまり感性といいますか、感情にダイレクトに入力される要素がある、と言えると思います。説明を簡単にするため、一音にしましたが、次はもう少し長い例です」
”ソソソミー 、ファファファ レーレ”
「ベートーベンでしょう」
「正解です。では、次を」
”ソ レソ レ ソレソシレ”
「モーツアルトじゃないでしょうか」
「またまた正解です。では竹田さん、この二つの音楽を聴いたとき、印象の違いはどうですか」
「これは簡単ですね。”何か悪いことや悲劇的なこと”、そして、”何か楽しいことや幸せなこと”、これにかなり近いと思います。どちらの曲がどちらの印象か、さすがにこれは、説明は不要でしょう」
「はい、私もそう思います。もちろんこれは個人の感性ですから、もしかすると逆の印象を持つ方もいらっしゃるのかも知れません。そういえば、人間以外の生物や非生物がどう感じるか、というのは面白いテーマかも知れませんが、アリスは人間ですので、それは深入りしないとして・・・。ここでは、年齢や人種が違っても多くの人が同じ印象を受ける、という点が重要です。では、次の音をお聞き下さい」
”レシソレソ レ ソレ ソ”
「竹田さん、いかがですか」
「あ、これは分かった気がします。直前のモーツアルトの逆回しですか」
「正解です。聞いた時の印象はいかがですか」
「変調してないせいもあるかも知れませんが、逆転してないときと同じ印象ですね、明るい印象です」
「私もそう思います、では次はベートーベンの逆回転です。いかがでしょう」
時間反転した音を再生する。
「ふーむ、こちらも同様に、暗い印象が変わりませんね」
「ということで、メロディに関しては、感情への作用は、時間反転に影響されないと見ていいでしょう。もっとも、細かな印象の差はあるでしょうけれども。では、ここからスピードアップしまして」
いくつかのメロディを再生する。課内に、聞いたことのないメロディが流れる。
「4つの音を連続でお聞きいただきました。先ほど聞いていただいた、ベートーベンとモーツアルトの同じ部分を、メロディを8音階と12音階で反転したもの、ええと、8音階というのは、ピアノの鍵盤で言うと白鍵のみ、12音階は黒鍵も含めて、ファのシャープを中心にして反転したものです。何度もすみませんが、竹田さん、いかがでしょうか」
「12音階で反転したほうは、印象が変わらないです。メロディが反転しても変調されないということですか。8音階で反転したほうは、奇妙なことですが、印象が逆になりました。モーツアルトが暗く、ベートーベンが明るい印象です」
「はい、そのとおりだと思います。ただ、おそらくこれ以上の追及は我々の手に余るでしょうし、時間も限られています。まずは、長調と短調の印象差を感情回路に組み込みます」
「そうですね、それがいいでしょう」
「それから、これは仮説ですが、もし音楽を言語に例えるとすれば、”ドレミ”の一音は、それぞれ”いろは”の一文字に相当します。たった1音だけでも受ける印象が異なる、という話は先ほどしましたが、2音か3音、あるいはもっとか、いくつかの音の組み合わせが異なる印象を生じさせる、つまり、言語と同様、音楽には単語に相当するものがあるのではないかと考えられます。そして、作曲家を作家に例えるならば、たくさんの単語を並べて物語を紡ぐことすらできる、交響曲も作曲できる、というわけです。問題は・・・」
さっきからずっとしゃべりっぱなしだ。
「問題は音の組み合わせの多さです。実のところ、”ド”と、”上のド”の印象は、違うと言わざるを得ません。ピアノの鍵盤に習い、可聴領域の音が88音だとしても、たった3音の組み合わせですら、70万近くになります。全ライブラリは天文学的数字になるでしょう。果たして人間は、生まれながらにこれほどの数の単語を内蔵しているか? 疑問です。疑問ではありますが、初めて聞く曲、いや、曲どころか、初めて聞くたった数音のメロディですら、万人に共通の印象を与えるのですから、生まれながらに単語を内蔵しているとしか思えないのですが」
だ、誰か後を頼む。課長、ヘルプ! お、助け船を出してくれるつもりらしい。
「ありがとう、鈴木君。行き過ぎた感じがしますから、一歩戻りましょう。現状のアリスの設計思想では、聞こえたメロディなり曲は、記憶を参照するかしら」
「あっと、そうでした。記憶は参照しませんね。知性システムに受け渡された後であれば、この曲名は何だったとか、作曲者は誰だったという記憶を参照しますが、聞こえた瞬間は、感情システムが音を感じるだけです」
「そうすると、根本的な感情回路の構成はどうすればいいかしら」
「経験した記憶は参照せず、もともと持っている感受作用が働く、だけですね」
「では、その感受作用の中身は?」
「音楽に関しての感受作用は、そうですね、一案としては・・・。1音、2音、3音、5音までの、ああ、1以外は素数ですか、その組み合わせのメロディのみ初期値として、言い換えれば単語として登録します。これは不変とします。何故なら、子供の時も年を取ってからも、感情による曲の印象は同じでしょうから。人生経験によって後天的な認識は変わるでしょうけれど。そして、単語の組み合わせ、つまりハーモニーや、単語のつながりも最小限度はデフォルトとするものの、後天的に学習することとします。いかがでしょうか」
「それでいきましょう。他の感受作用はどう?」
「絵画、つまり映像については、色の単独印象、シャープネス、明度と彩度、あといくつか程度のみで。味は甘い、辛い、塩辛い、苦い、うま味程度で。匂いは物質ライブラリ参照で有毒ガスで警戒へ、ああ、有毒情報は味もそうですね、それくらいとなります。有毒物質については人間と差が出てしまいますが、現状の我々の技術では、周囲の人間の安全を考えれば、他に手段がありません。触覚は、熱、湿度、圧力、摩擦係数のほかいくつか、それと、点字オプションです」
「鈴木君、これまでの知性システム、感情システムの知覚は、全てスカラー量になっているかしら? 逸脱しているものはない?」
「・・・ないですね。少なくとも、一次知覚については、全てスカラー量か、少なくともディメンジョンなしにはなっています」
「分かったわ。他の皆さんもよろしくて? では、今までの設計思想で実装してもらえるかしら。続きはまた明日にしましょう」
続きはまた明日って、明日までに2つのシステムを組み込め、ってことだよね。シクシク。
「それと鈴木君、今回は、組み込み後の起動試験はなしでお願いね」
「どうしてですか」
「おそらく危険だから。殺される可能性もあるわよ」
ん? そうなのだろうか。まあ、どちらにしてもいちいち試験している時間はなさそうだ。