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宇宙探検(最終稿)  作者: 爺痔オンライン
第0章 不可能への挑戦
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第0章 0-05

 電子は-eの電荷を持っているそうですが、電荷の最小単位はその1/3らしいです。そんな「真電荷」とでも言えるような素粒子が、物質の根源にはあるのでしょうか。

 昨日、私は少し残業して、アリスの基本OS、自我のコアとなる自己存在回路(自我回路)を組み込んだ。また、呼吸など生体活動関連のプログラムも組んだ。


 試みに、アリスの起動テストを行ったところ、問題なく稼働した。稼働したといっても、勝手に歩いたり動いたりしたのではない。いわば(模擬?)生命活動を始めただけである。そりゃそうだ、脳の大部分がないのだから。電源を落とせば、数秒で停止処理を完了して、停止する(死ぬ?)。


 ちなみに、アリスに生体部品は一切使われていない。金属や高分子のパーツ中心で構成され、腐敗や劣化とも無縁だ。

 したがって、アリスの体温は動作(失礼)、生命維持に何の影響も与えないが、諸事情により体温設定は”室温に従う”のままにしている。

 ぬくもりがあると、作業上、いろいろ問題が発生するので。おもに私に。


 ところでアリスは、実のところ、呼吸も食事も必要としない。

 食べ物を消化し、空気中の酸素を取り入れ、化学的に燃焼させるための一連の消化器系、肺・循環器系に似た器官は実装されている。

 だが、それによるエネルギー発生や代謝量はかなり補助的だ。せいぜい人間ひとり分くらいの出力ワット数だろう。人をまねて作られているのだから、一人分なのはあたりまえ、なのだろうか。


 アリスの活動の主なエネルギー源は電気である。電源は水素核ー単位電荷変換炉である。炉といっても極端な発熱を伴う炉ではない。どちらかといえば、燃料電池に近い姿をしている(但し、出力は100万倍以上である)。

 水1リットル分の水素があれば、1,000年程度は補給を必要としないし、水は口から飲んでも補給できる。もちろん、第一種永久機関ではない、が、運用上はそうみなしてもよいかも知れない。


 また、アリスの頑丈さはすさまじい(失礼)。当たり所や角度などの条件にもよるが、戦車砲でも傷付くことはまずない。

 筋力は、仕様上は人間の400倍程度(これより低くできない)だが、これは本人にとっても周囲の人間にとっても危険極まりない。そこで、筋出力と動作速度にリミッターをかけている。リミッター解除の条件は厳しくしてある。

「明確な武力攻撃を受けるか、または、現に身体が一定程度以上破損したとき又はその可能性が100%である状況下」でのみ、解除可能である。


 たぶん、そんな事態は発生しないだろう。だから、アリスの身体の保全やセキュリティについては、全く心配していない。


 しかし、ここから先の作業で、アリスの人格や思考といった、人の心の高度な部分を作っていくことになる。まさにそこが、このプロジェクトの核心部分だろう。


 ・・・俺の責任は重大じゃないか。


*********************************************


 翌日、課長以下主要メンバーによる設計会議が再開された。


「それで鈴木君、アリスの基本OSは組み込み完了したのね」

「はい、動作試験も完了しています、問題ありませんでした」


「動作、ね。まあいいわ。それで次に組み込むべきシステムですが、何かアイデアは?」

「はい、アリスは今、おそらく自我を得た直後の状態だと思います。ですので、次は外界とのつながりをどうするか、という段階だろうと思います。センサー類といいますか、感覚器官からの情報をどうするか、人で言えば感覚、知覚、認識になりますかね。」


 む、課長が考え込む仕草をしている。これは、ダメ出しされそうな雰囲気だ。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと脱線するかも知れませんが、果たしてアリスは、もう自我に目覚めたと言っていいのかしら?」

「自我回路を組み込んだのですから、そうではないでしょうか」

「・・・まあいいわ、自我が生じているかどうか、それは置いておきましょう。他の人は、何か意見はあるかしら。はい、川島君」


「ひとをつくるってことッスよね、それで自我っていうか、ソレ系のものはもうあります、と」

「ええ、そうね」

「それじゃあ、無意識って、どうやって再現すればいいッスかね」

「いいところ突いてきたわね! 川島君、素晴らしいわ。はい、じゃあ、鈴木君、続けて」

 また俺かよ。


「ええーっと、川島さん。制御系の観点から、何かアイデアはありますか」

「そうッスね、自分的にはグッドな制御系っていえば、バランス系ッスね、そう、バランス、これ重要」

 やべ、何言ってるか全然、分からん。

 10秒ほど沈黙が続いて、課長が助け舟を出した。


「まさに、芸術家肌って感じの説明でしたが、川島さんの頭には最終形のひな形がもうできていそうね。おそらくその辺りが着地点だと思いますけれど、アリスを最終的に組み上げる責任者の鈴木君に伝わってないと意味がないわね。誤解があってもいけないわ。少しずつ進めてみましょう。さてさて、ふむふむ、どこから行きましょうか」


 少しして、課長の質問。

「鈴木君、昨日、出社した?」

 こっちに来た。


「はい。というより、課長も合同で打合せをしましたが」

「ええ、そうね。それじゃあ質問だけど。昨日、朝に出社して、タイムレコーダーをガッチャンやって、イスに座ったわよね」

「はい(ガッチャンって)」

「その時、つまり、昨日の朝の鈴木君のイスの温度は?」

「えーっと・・・別段、イスが冷たいとか温かいとか感じませんでしたので、室温だったと思います」


「そう、まさに室温だった、それはおそらく間違いない、正しかった、真実だと言えるわね。ところで、その温度、仮にエアコンの設定どおり23℃だったとして、鈴木君はその「温度は23℃だった」という情報をどうやって"知った"のかしら?」


「熱感覚というか、皮膚感覚によって”知覚した”のだと思います。というのは、イスが冷たいとか熱かったならば、飛び上がるとかの反応をしたでしょう。ですが、冷たいとも熱いとも感じなかった。あ、これが川島さんのいうバランスですか?」

「んー、チョイちがう気がするわぁ、あ、でも近いかも」

 どっちなんだ。

「鈴木君、脱線せずに続けて」


「はい。ええと、では、仮にですが、昨日、イスが極端な低温、ドライアイスで冷やしてあったとか、逆に高温、イスの座る面がアイロンだったならば、イスに座って尻が凍傷になったとか火傷した、といったような実際の皮膚感覚、冷感や温感の(負傷を伴う)知覚があって、それを覚えているから知っている、となります」


「では、昨日の実際はどうでしたか?」

「昨日の実際のイスの温度は、皮膚感覚、温度の感覚を覚えているとはいえないでしょう。昨日イスに座ったとき、別段、特に冷たいとも熱いとも思わなかった。ということは、そこから演繹すれば、イスの温度は熱くも冷たくもない23℃だったのだろう、という情報を、今日になって導き出して、いま、それを知ったのだと思います。」

「それは正しい?昨日は何の温度も感じなかった、と?」


「そう言われてみると・・・。皮膚感覚が麻痺していた訳ではないと思います。皮膚感覚は働いていたと思います。皮膚感覚は一日中、絶えず働いているからこそ、仮にすごい低温や高温だったとしたらですが、飛び上がるなどの脊髄反射的な反応も起き、火傷を回避するのだと思います」


「ということは? 結局、昨日は温度を知覚はしていたの?していなかったの?」

「知覚はしていたと思いますが、記憶はしてませんし、意識もしませんでした。あ、これが無意識ですか?」

「ソレソレ! 鈴木っち、それバランスね。っていうかー、入力信号がずーっと同じってさ、何時何分から何時何分まで○○で一定、って、まとめて記録しちゃうワケよ。1秒ずつぜーんぶ記録しないってコト」

「川島さん、ありがとうございます。ということは、記録っていうのは、人間で言うと記憶、であってますか」

「バッチシ、ビンゴ!」

 つ、疲れる。


「そうしますと、アリスの場合、各センサーからの入力値に変化があったときだけ記録する、それ以外の時刻のことを”思い出す”ときは、変化と変化の間を補完して演繹的に導き出す、昨日のイスの温度のように、こんなシステムでいいのでしょうか」

「んー、それでよくね?」

「課長、それでよろしいですか」

 また考え込んでる雰囲気だ。ダメ出しされそうだ。


「ちょっと脱線した感じがするわ。一歩戻りましょう。結局、鈴木君でもアリスでもいいけど、昨日の知覚はどこへ行ったのかしら?あるいはどこへ行くべきか、でもいいけれど」

「課長、その質問の意図は、全ての知覚データは無意識の記憶領域に保管すべき、ということですか。変化のあった時刻だけでなく」


「・・・それはそれで良いと思います。ただ、途中が抜けた感じがするわ。もう一度戻って頂戴、脱線しないようにね」

「はい、では、知覚に戻りまして・・・。アリスは、あ、正確には稼働中のアリスは、ですが、我々炭素系ユニットの通常の人間に比べると、はるかに短い時間分解能で、それこそナノセカンドレベルでの知覚が可能です」

「続けて」


「普通の人間の知覚が連続値かどうかは分かりません。さすがに量子時間では不連続だとは思いますが、乾電池の出力電圧が連続値に見えることと同様、とにかく連続値として扱ってよいと思われます。それに対して、アリスの知覚は普通の人間とは異なり、明らかに不連続です、が・・・」

「・・・結局のところ、アリスにしても通常の人間にしても、クロックと次のクロックのあいだ、”知覚のすきま”を知覚できないのですから、我々もアリスも、自分の知覚は連続値だ、と認識せざるを得ないでしょう」

「そうね、それは正しいでしょう。でも脱線したわね」

「・・・はい」

「このままだとプロジェクトの納期が来てしまうので、ちょっと巻きで行くわ。何故、脱線するかですが、一つの原因は昨日も言ったとおり、私たちが問題の本質を見ずことば遊びをしているから、です。ただ、昨日と違って今日のミーティングが難しいのは、私たちが問題の本質を見極められないから、なの。私たちは今、人間の知覚を模したシステムをアリスに組み込もうとしている、でも、人間の知覚が理解できていないのよ。そしてそれは不可能なのです、なぜだか分かる?鈴木君」


「知覚そのものは知覚できないから、でしょうか?」

「それともう一つ、知覚できないことも知覚できない、合わせて、知覚できることも知覚できないことも両方とも知覚できない、要するに、知覚は関数ではなくスカラー量よ。よろしい、脱線から戻ってきたと思うわ、続けて頂戴。ゆっくりでいいわ」


「我々もアリスも、瞬間瞬間の知覚はいつでもあります。知覚の変化や知覚の連続・・・そうか、川島さんのいうところの、”知覚のバランスが崩れた”と表現できそうなところは、知覚ではなくて認識になりますね。そしてアリスの認識は、自我といいますか、意識といいますか、その領域のみで扱われる。一方、知覚の全データは、会社のサーバーかアリスの外部記憶媒体に”無意識”としてそのまま格納する。」

「いいわね、巻きで行くわよ。その意識領域の特性は?」


「アリスの意識領域は、あ、別にアリスには限りませんが、必ず知覚よりも時間的に後処理です。時刻ゼロで景色を見て、1秒後か1ナノ秒か後かは分かりませんが、とにかく知覚よりも後に、あれは花だ、木だ、森だ、と処理がなされます。それが認識です。」

「続けて」


「危険な知覚、人間で言えば火傷しそうな鍋や薬缶を触ったときなどですが、これは意識領域を介さずに脊髄反射によって機械的に危険を回避します。アリスも機械的にそうすべきです。しかも、その設定値は、アリスの安全領域ではなく、普通の人間の安全領域に合わせるべきです。そうしないと、アリスの体温が知らない間に数百度になっていて、周りの人間が危険ということにもなりかねません。またその設定値は、瞬間値と連続値の両方で監視すべきでしょう。ただ、こちらの監視は、これから組み込むシステムではなく、昨日の自己存在回路に追加します」

「続けて」


「意識領域は、アリスの中では独立したサブルーチン、関数的動作をする必要があります。意識領域には、瞬間瞬間の知覚の無意識という広大な世界地図の海から、変化という島及び、連続という大陸の自動入力がなされ、そして、意識がどこからどこまでと範囲指定した、いわば仮想的な国境とでも言うべき範囲の知覚情報、この3種類がコピーされた値として入力され、それらの処理の結果は認識として出力されます。見えたものは花だ、木だ、森だ、今日は昨日よりも暑い、寒い、昨日と変わらない、課長は昨日、美容院で髪を切ったらしい、という風にです」

「美容院に行ったのは今朝ですが、続けて」


「意識領域の中身をどう設定するか、あるいはその構造ですが・・・」

「ちょっと待って、鈴木君。皆さんも一度、手を止めて聞いて下さい。今、鈴木君が言った”意識領域の構造”これが今回のプロジェクトの核心だと確信します」

 オヤジギャグではなさそうだ。


「無意識領域の方は、さっきの川島君と鈴木君の結論でいいわ。なんにせよ、全情報を保存するだけですから、余り選択肢はないわ。それに、アリスと私たちが会話するとき、おそらく無意識は関係ない」

 一呼吸、入る。


「アリスの意識構造、これが核心よ。だから皆さんも、これからプレゼンされる鈴木君の発言内容を、全身全霊でチェックしてください。この部分は一か月かけてもいいと思っているわ」

 プレゼンは決定なのか。


「では鈴木君、はじめて頂戴」

 一か月かけでじゃなく、今すぐですか。


「ええと、それではですね、意識領域の性能は、その領域の大きさといいますか、情報の広さ、情報の深さ、情報の処理の高度(高次)さ、これら諸要素をまとめて”大きさ”と言い換えますが、それ次第だと思います」

「いいわね、皆さんもよろしいかしら? ではその、大きさの設定はどうのように?」

 め、めんどくさい。先送りしておこう。


「設定は可変とします。いわば、知能指数を後から調整するような感じでしょうか。ROMと後付けプログラムの組み合わせではどうかと」

「鈴木君、素晴らしいわ! では、アリスの意識設定システムをひっくるめて、知性システムと名付けます。一か月かかるかと覚悟してましたが、1日で出来たわ。フフフ、これはかなりの進捗ね。ということで、鈴木君には明日までにシステムを組み込んでもらうとして・・・」

 ん、何か間違いがあるのだろうか。というか、今日も残業決定だ。


「この知性システムは、完成度が50%だと思うわ」

 何ですと?

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