第2章 2-07
アリス嬢とあちらの宇宙に行っているアルス君は、ふたりの鈴木をそれぞれ転送した。
転送先は、銀河中心のブラックホール近傍、ブラックホールの自転軸上であった。
銀河及びブラックホールの回転が時計回りに見える側の回転軸方向を北とすれば、ふたりの鈴木はそれぞれ、自転軸を延長した線上の南と北、事象の地平面からおよそ高度250kmに転送された。著しく曲折した空間において、距離が意味を成すか不明ではあるが。
転送では、両鈴木に加え、小型宇宙船も一緒に転送された。
その結果、これらの物体群はおよそ1マイクロ秒ほどで原子レベルまで分解され、それらの物体を構成していた原子は瞬時にプラズマ化し、光速の9割ほどで宇宙の彼方に飛び去って行った。
ごく簡単にはこう言える。彼らは死んだ、と。
長かったこの物語もようやく終わり、勇者鈴木もやっと永劫の戦いをやめて眠りについたことだろう。
勇者が死のうと生きようと、宇宙は変わりなく在り続け、あるいはまた滅びの運命を迎え、生成と流転を繰り返すのだろう。
あ、流れ星、きれいだな~。いえ、あれは彗星です。だが、ここで少し考える。
仮定しよう。もし、転送された物体が小型宇宙船と人間ではなく、人間のみだったならば、果たしてどうなっていたか?
おそらく、彼らが死に至った時間はもっと短かったに違いない。1ナノ秒か、1フェムト秒か、それよりも短いか。
とにかく事実は、小型宇宙船が一瞬の時間を稼いで、彼らには1マイクロ秒という時間が与えられた、ということだった。
その結果、何が起こったか?
ブラックホールの北と南に、目も眩むばかりの光点が2つ現れ、それらの光点は、ブラックホールからのジェット流を激しくさえぎりながら、ブラックホール内部に落ちて行った。
この時に遮られた膨大なエネルギーによって、2~3万年後、銀河バルジの恒星系を中心に壊滅的な被害が発生、太陽系にも生物を皆殺しにする程の強烈なガンマ線バーストが飛来することになる。
まあ、とりあえずその話は今は関係ないので置いておくが(え?)、問題はブラックホール内部に落ちた2つの光点の方だ。
もちろん、その2つの光点というのは、両鈴木氏であった。
片や、有り余る攻撃力によって、片や、有り余る防御力によって、粒子も電磁波も空間も時間も破壊しながら、ブラックホールに落ちて行ったのであった。
肉体もないのにどうやって?
お忘れだろうか、勇者の能力は精神に依存していたということを。
いやいや、しかし待ってほしい。そうはいうが、精神とはなんだ?
精神が存在できるのは、肉体があればこそだ。パソコンやスマホなどの本体がないのに、OSやプログラムやアプリなどが動くはずがなかろう。
起こった事実から言えるのは、彼らは死んではいなかった可能性がある、ということだ。一瞬で原子がプラズマ化したのに、何が残ったとでもいうのだろうか?




