第1章 1-0C
翌日正午(12時)、開戦である。
鈴木は、午前中のうちに地球降下船で降ろされ(月面降下時と違って、どういう訳か全く恐怖感がなかった)、宇宙服を着て地球表面に立っていた。
場所は、地球にまだ人類が生存していた頃、東京駅があった場所である。
ただし標高は、元の地図よりも1,000メートルは高くなっている。明らかに隕石衝突による地形変化の影響だろう。
地表に工作物の形跡は一切ない。遺跡調査のように地面を掘れば、建物の基礎の残骸くらいは見つかるかも知れない。
鈴木のヘルメット内のスピーカーから、かぐや姫三世こと、セレスティーナ女史から無線通信が入った。
「あー、あー、テステス。本日は晴天なり本日は晴天なり。鈴木様、聞こえますか、こちらは、宇宙連盟銀河方面総司令セレスティーナです」
「こちら地球人(だよな、たぶん)・・・の鈴木です。メリット59、よく聞こえています」
「それでは鈴木様。いきなりですが、5秒後に攻撃を開始します。2、1、0、転送」
鈴木のヘルメットが、カツンという音を立てた。
「鈴木様、セレスティーナです。聞こえますか」
「こちらは鈴木です、聞こえます」
「つい今しがた、攻撃を行いました。金星の小石を、鈴木様のヘルメット上部に瞬間移動させて、落下させました」
「おお!! 金星の小石! なんと珍しい! ぜひ拾いたいです。あれ、どこ行った? この辺りに落ちたと思ったのですが」
辺りを見回し始めた鈴木。
「あの、鈴木様、すみませんが、小石の捜索は後日、お願いします。それでですね、本日の攻撃はこれで終了して、一時休戦したいのですが、よろしいでしょうか」
「えーと。はい、休戦に異議はないのですが、ちょっとお時間を下さい。ちなみに、明日の攻撃予定を教えてもらってもよろしいですか?」
「明日は小石が2個に増えます」
「えーセレスティーナさん。そのペースだとちょっと遅いように思うので、本国に相談します。お待ちいただけるでしょうか」
「もちろん構いません」
鈴木がコロニーに通信を入れた。
「こちら鈴木、コロニー本部応答願います」
「やあ、鈴木代理、元気にしてるかい」
応答したのは、月降下の際にも世話をしてくれた管制官だった。
「元気です、身体的には」
「おっと、メンタル的には元気じゃないってことかい? 何かのトラブルがあったようだね。OKOK、何が起きたんだい」
「相手側の攻撃の上昇率が低すぎるようです。この調子だと、終戦まで100年はかかるかも知れません」
「ほう、そいつは容易ならざる事態・・・おやまてよ鈴木君。その話なら、あと100年は人類の安全が保障される、ってことにならないかな? 今回のレギュレーションなら」
「私の寿命が尽きる方が早いとは思いますが、言われてみれば、確かにそうです。おそらく、セレスティーナさんの仕込みでしょう」
「あるいはそうかも知れないな。とにかく、それなら問題はないんじゃないか?」
「いや、絶対、課長かアリスがダメ出しすると思うので、相談しようかと」
「そうか了解した。二人を呼び出すから少し待っててくれ。しかしまあ、人類の全権大使ってのも、気を使って大変だな」
しばらくして、二人が到着した。
「鈴木君、調子はどうかしら」
と御代課長。
「やあ鈴木代理、しっかり戦争やってるか?」
とは、アリスの発言。
「ええと、その、まあ、ぼちぼちです」
「それで、用件は何かしら」
「課長、宇宙連盟側の攻撃強化速度が遅すぎるようです」
「具体的には?」
「おそらく、セレスティーナ女史は、人が死ぬレベルまでの攻撃上昇を100年で組み立てているようです」
「むむっ、それは困ったわね。我が社に課せられた納期は5年しかないわ。アリス、あなたには何かアイデアがあるかしら?」
「もちろんです母よ。これは想定範囲内です」
「課長と呼びなさい。それで、どんなアイデアかしら」
「まずは、攻撃強化を早めてもらうことです」
「まずは、ということは、他にもあるということね」
「はい。次に、今回の戦いを契機に、鈴木代理には勇者を引退してもらいましょう」
「それはいいアイデアね。他には?」
「最後に、我が社の納期を早めましょう」
「素晴らしいわ、アリス。全てあなたに任せましょう」
「はい、と言いたいところですが、勇者引退だけは、課長に引導を渡してもらう必要があると思われます」
「了解よ」
いや、アリスさんよ。事がそううまく行くならそれに越したことはないんだがね。
おまえの頭の中はどうなっているんだろうな。まあ、自分の知力じゃあ、とてもじゃないが予想すらできない訳だが。




