第1章 1-0A
花粉症?のような気がしますが、気付いたら負けだと思っています。
「あっ、また負けました。アリス様、強すぎです」
とのご発言は、かぐや姫三世こと、個体名セレスティーナさんである。
「うぅ、囲碁にはかなり自信があったのですが」
「フッ、踏み込みが甘いぞ、かぐや殿」
「オセロ、チェス、将棋、囲碁と全敗ですか。しくしく」
さて、宇宙連盟が宣戦布告される、などという事態は、まさに宇宙開闢以来初、前代未聞のことだったそうで、連盟本部からの回答は相当、遅れている。
今のところ、交戦方法すら未通達たが、詳細が決定するまではかなり時間がかかりそうだ。
地球文明が、既に殲滅対象であることが明らかだとしても、現在の人類は超光速を技術的に獲得できていない。つまり、まだ3回の執行猶予期間中ということだ(獲得した瞬間、殲滅が開始されるが・・・)。
一方では、宣戦布告された以上、それを無視して応戦しない訳にもいかない。
宇宙連盟の立場としては、滅ぼせないのに滅ぼさなければならないという、矛盾に陥ってしまった訳である。
もっとも、この辺りはアリスやセレスティーナさんが初めから描いていた展開のような気がする。
二言、三言の会話をしつつ、その言葉の裏で合意を形成したのだろうか。なんともおそろしい人達だ。両者とも人かどうかよく分からんが。
ということで、私鈴木とアリスは、連盟の月面基地内で待機させていただくことになった。基地内は、金属を基調とした超モダンな、いかにもSFチックな見た目だった。
あまりにも連盟本部からの返答が遅いので、アリスとセレスティーナさんがゲームを始めたのだった。
「かぐや殿、可能ならこちらの基地のメインコンピューターと対戦してみたいが」
「あら、アリス様。そういうお話でしたら、私自身がそのメインフレームですよ。しかも最新の量子コンピューターですの」
「やはりか。あなたの思考速度は、少なくとも人類の一万倍は早いので、只者でないと思っていたが。失礼だが、かぐや殿は人類と同じ炭素型生命体に見えるが、間違いないか」
「もちろんこの体はそうです。地球人と親交を結ぶのがわたくしの任務ですから」
「ということは、あなたの体は、仮の入れ物にすぎないということか」
「そうですね、わたくし自身の本体は精神体、地球の方々がおっしゃる魂というものかどうかは分かりませんが、そういうものです」
「むむっ、すると平安時代に、地上に下りたかぐや姫とは、あなた自身か」
「ええそうです。この体は当時から数えて三世代目になります。体の耐用年数は無限ではありませんから」
「それは何とも困難な任務だな。人類の相手、お見舞い申し上げる」
「いいえ、アリス様。困難な任務ですが、嫌という訳ではないのです。確かに地球人類は、他に例を見ない、すさまじい悪い面を持っています。でもそれと同じくらい良い面も持っているのです。ですから私、人類が好きなのですよ。同僚からは理解できないといつも言われますが」
「確かに理解し難いな。人類側の私が言うのもアレだが、あなたの愛の深さを知らなければ、とても理解はできないだろう」
「ところでアリス様、今回の戦争ですが、とても心配しております。私の立場から申し上げるのは本来なら問題ですが、人類が生き残るためには宣戦布告しかなく、そしてそれに勝利するしか道はない、ここまでは私も理解しております。勝利していただきたいと願ってもおります。大きな声では言えませんが。ですが、人類側が勝てる可能性のある非戦闘による決着方法を、わざわざ切り捨てていらっしゃるのは何故なのでしょう」
「チェスやら将棋では勝てないと、貴女を通してわざわざ先方に伝えていることか」
「はい。もし、チェスや将棋で決着を付けるとなれば、おそらくアリス様であれば、ほとんど勝利は揺るがないでしょう。私よりも立場が上位の者はおりますが、チェスや将棋で私に勝てる者はおりません。こう見えて私、全宇宙囲碁選手権ではずっと首位なのです!」
先程、負けましたが、との独り言は、よっぽど悔しかったか。
「ああ、簡単なことだ、かぐや殿。今回人類が生き延びるには、”勝てる可能性”では不足なのだ。”確実に勝つこと”が必要だ」
「人類側の確実な勝利、ですか。うーん、通常戦闘では不可能に思えますが。直接戦闘となれば、我々は容赦なく、とんでもない兵器を使いますよ」
「とんでもない、というと、反物質やブラックホール兵器か」
「いいえ、我々の軍隊で反物質やブラックホールを使用した兵器は、通常兵器に分類されます。もっとひどい、空間自体を破壊する兵器や、3次元以上の高次元空間から直接攻撃する兵器なども使うことになるでしょう。生命体だけを殺害する兵器などはむしろ平和的とすら思えるほどです。この辺りになりますと、おそらく魔法や妖術などと区別がつかないかも知れません。とにかく、現在の人類の科学技術では対抗手段がまったくないでしょう。人類の確実な勝利、これは、不可能ではないでしょうか」
「かぐや殿。私は、不可能に挑戦するために生み出された存在なのだ。可能でないものを選びたいとは思わないのだ」
「そうかも知れませんが・・・心配です」
「・・・ところでだ、かぐや殿、人類が平和裏に宇宙連邦の仲間入りができたら、貴女には何か、特別ボーナスでも出るのか」
「そう、まさにそれですわ!」
急に、セレスティーナさんの顔が輝いた。あれ? 比喩的じゃなく、物理的に輝いてないか? 目の錯覚だろうか。
「もし人類が宇宙連盟に加入できたら、私、地球の殿方との結婚が許可されますのよ!」
「ほう・・・それは、興味深い、な。誰か心に決めた殿方でも?」
「ええ、それは少しばかり傷心というか、失恋話になってしまう感じですが、帝には振られてしまったのです」
「帝? ああ、不老不死の薬のことか」
「はい、いつか人類が宇宙進出を成し遂げ、宇宙連盟に加入するその日まで、恋人として待っていて欲しかったのですが」
「あー、たぶんそれ、帝には伝わってないな。宇宙だの光速を理解しろというほうが無茶だろう。それに彼、薬を焼却処分済みだ。純粋な若者と言えばそうなのだが。ところでまだ帝に未練が?」
「いえいえ、もう二千年も昔の話ですし。それに地球が滅亡しておりますので。私、新しい恋に生きようと思うのですわ!」
アリスが、そらきた、とつぶやいた。
「だ、そうだぞ、鈴木代理。立候補してみたらどうだ」
まあ、鈴木様が!? とか顔を赤らめているお方が、約1名いる。だが、どうも話が見えない。
「ん? 何だって? 結婚? いやいや、戦争があるのではなかったっけ? というかアリスよ、相手にはチェスだの将棋での勝負を申し込むわけにはいかないのかね」
「いやいや、鈴木代理、さっきのかぐや殿との勝負は、ただの暇つぶしの遊びだ。戦争の方法はまだ協議中だぞ。それに、仮にチェスや将棋になったとして、その戦争に私が参戦できるかは微妙だ。わざわざ、そうならないように、こちらから情報をリークしてるのだからな」
「え、なぜそんなことを? というか、この戦争、人類側の負けではダメなのか?」
「ダメだ。忘れたのか? 相手にとって、我々は既に無条件での殲滅対象になっている。そうである以上、どんな形であれ、人類の敗北は文字どおりに我々の物理的な滅亡だ。喧嘩を売った以上、遺伝子のひとかけらも残さずに抹殺されるだろう。我々が戦争で勝つしか、生き残る道はないのだ。って、さっきもかぐや殿が言っていたのだが、聞いてなかったのか?」
「いや、何というか、マジ、勘弁してほしい、というかどうやって確実に勝つんだ? もしかしてジャンケンとか?」
「今はまだ言えない、秘密だ。ちなみにこの発言も、先方の判断を狂わせる効果を狙っているのだ、と、向こうも気付いているだろうから言っておくぞ」
それから、1時間ばかりして、宇宙連邦の本部から回答が来た。
「戦闘の形式、勝敗の決着方法、日時、場所、参戦者及びその他の必要事項全て、地球側に任せるそうです。それから、地球側の提案を受けるかどうかは、銀河方面指令である私、セレスティーナに一任だそうです」
「何と彼らは紳士的であることか、そしてこちら、悪党側の期待どおりの回答に感謝だ。すこぶるいいぞ」
と、まさに悪党といった表情をしたアリスがのたまう。
「すばらしいですわ、アリス様。この回答を予想されていたのですね。では、さっそくですが、形式はチェスあたりではいかがでしょうか。これで人類の勝利は確実ですわ」
「いえ、かぐや殿。人類側はボードゲームの類を選びません。戦争形式はあくまで直接戦闘です」
「ええっ、なぜですか!?」
そう言ったのは、アリス以外の二人だった。そのうち一人は、もちろん私、鈴木だったのだが、これはマジで人類滅亡確定かも。うはw




