第1章 1-09
善悪、ということについては・・・すみません、何を書くか忘れました。
「よ、よし、では素数数列でドアをノックする」
「やれ」
なんだか、いつのまにかアリスが調査隊長のポジションになっている。鬼軍曹のようだ。
(コン)
「こんにちはー」
「鈴木代理・・・なぜ1回叩いた?」
「え? 1は素数じゃなかったっけ?」
「ちがーう! 最初は2だ!! ・・・1を素数に含めている文明はあるかも知れんが、計算式には出てこないだろ。とにかく2からだ、いいな?」
「わ、わかった」
(コンコンコンコンコンコンコンコン)(8回)
「鈴木代理、なぜ8回叩いた?」
「え、いや。1回は間違いだったので、訂正符号を」
「あのなあ・・・まあいい。少し時間をおいてから、初めからやり直せばいい。隕石だの落下した岩だのがコンと一回当たる、なんて話はよくあるだろうからな」
「りょ、了解」
1分ほど待つ。
(コンコンコン)
「こんにちは、地球から来ました。あ、地球じゃなかった。というか、回数も間違えた」
「鈴木代理・・・」
(コンコンコンコンコンコンコンコン)
「訂正符号はいらんと言ってるだろうがぁ!」
「す、すみません」
そのとき、ゲートが開いた。何と内側へ観音開きだった。
「あのう、もう結構です。あなた方が知的生物であることは認めますので・・・」
扉の向こうに美しい女性が一人、こちらを向いて立っていた。代表者か責任者らしく、威厳がある。ような気がする。
ドアの開いた先はまっすぐな金属製の廊下だったが、両側にお付きらしい女性たちが片側十名、列をなしていた。
めずらしく、アリスの表情が少し変わり、ちっ、とか舌打ちしたようだ。
ん? 何か気に入らないことでもあるのだろうか。
「いやーどうもすみません。お待たせしたようで。それで失礼ですが、あなたは?」
「なかなかに難しい質問ですね。とりあえず私のことは、かぐや姫三世、とでもお呼び下さい」
「あー、これはどうも、いきなり失礼をしました。えーと、私は鈴木一郎と申します。たぶん人類だと思います。人類ですが、地球から来たのではなく、地球滅亡を生き延びた唯一の人類が暮らすスペースコロニーの出身です。コロニーというのは、えーっと、あれです(頭上を指さす)」
「わかりました。鈴木様ですね」
「はい、そしてこっちは、アリス=ヒデムネ。えーっと、私の娘ですが、種族は・・・人造人間、アンドロイドです」
「わかりました。アリス様ですね」
「然り」
「あら、アリス様は随分と古風な言葉をお使いになりますね」
「かぐや姫とお聞きした故」
「そうでしたか。ご配慮いただき感謝いたします。ですが、現代語でお話いただいて大丈夫です。コロニーの通信などは、常時、傍受させていただいておりますので」
「言語設定を現代語に補正。では早速だが、あなた方の由来を聞かせていただきたい。話を先回りして申し訳ないが、あなた方の母体組織からお話いただいた方が早いと予想する」
「すさまじい洞察力ですね、アリス様。確かにそれが早いのですが、申し訳ございません。現時点でそれは許可されておりません。・・・そうですね、アリス様の予想をお話いただけますか」
「では私見を申し上げる。あなた方の母体はこの銀河か、この銀河を含むいくつかの島宇宙を範囲とした銀河連邦とでも表現できる組織である。そして、あなた方は宇宙に進出しようとする文明を監視している。その監視の境界線はおそらく二重か三重、第1のラインは惑星地表から宇宙空間への進出、第2のラインは星系の重力圏からの離脱(これは設定されていないかも知れない)、第3は光速の突破である。そして、特に第3のラインに関しては厳重に監視、外宇宙に進出する文明が悪しきものであればこれを滅ぼす。以上だ」
これを聞いたかぐや姫三世と名乗る女性は、少し考え込んだ後、こう云った。
「本当は、現時点ではお話できない決まりですが、祖母が竹取の翁や媼に大変お世話になりましたし、アリス様は既に正確に理解されているようですから、隠すのは無意味のようです。私の責任で、すべてをお話ししましょう」
「感謝申し上げる、かぐや姫三世殿」
「どうぞ、かぐやとお呼び下さい。そうですね、概況はほぼアリス様の予想通りですが、少し補足させていただきます。まず、我々の組織の範囲はこの宇宙全体です。もはや隠しても仕方ないのでお話ししますが、我々の宇宙と別の宇宙、また、別次元の宇宙も多数、存在します。極めて限られた事例ですが、他の宇宙等の存在とのコンタクト例もございます」
「それは実に素晴らしい」
「また、監視ポイントはアリス様が疑義を持たれたとおり、三重ではなく二重です。また、これもアリス様ご指摘済みですが、特に光速の超越に関しては、それが機械的方式か精神的方式かを問わず、厳重に監視しております。ただし、個人レベルでの光速の超越は例外としています」
「個人レベルとは、テレパシーなどか」
「そうです。他にはいわゆる未来予知、占い、虫の知らせ、肉体又は霊体の瞬間移動のような類です。これらは除外されております」
「なぜ除外を?」
「簡単に申し上げれば、このようなことが可能な個人や、そのような事象が発生する状況は、我々が懸念する宇宙の調和の脅かされる事態にはつながらないからです」
「承知した。かぐや殿」
「加えてもう一点補足させていただきまと、我々は確かにある文明を滅ぼすことはありますが、無条件に、というわけではございません」
「ほほう。それは実に興味深い。そこは特に詳しくお願いしたい」
「光速を超える科学技術の兆候又は獲得が認めれ、その文明に悪しき傾向が見られる場合、まず我々は、その文明の矯正を試みます。同じ宇宙に生きる存在として、戦争よりは友好関係を望みますので。これは説明不要と思いますが、同意いただけますか」
「もちろんだ、かぐや殿。ところで兆候の定義はあるか」
「兆候とは、光速度の超越を概念として考えること及び、結果の成否によらず技術的に試みられること、の2点です。ですから、”この宇宙には光速という見えない制限・縛りがある”と気付くことや”光速度の測定”が前提だと言えます。ちなみに、測定精度があまりにも低い場合、測定したとみなさない場合もあります」
「承知した。では、文明の矯正あるいは破滅への最後通告というべきか、それは1回か」
「いいえ、組織的破壊活動を行うに足る戦力を超光速で移動する前であれば、原則として3回まで、また、状況によってはそれ以上の回数の矯正が試みられることもあります」
「3回目の矯正が失敗したときは?」
「3回目の矯正が失敗し、その文明が依然として他の存在を侵略する意思を有したまま超光速で戦力移動した時点で、我々宇宙連盟はこの文明に対し、宣戦布告を行います」
「やはりそうだったか」
「はい。我々は宇宙の調和、簡単に申し上げれば平和を望みますが、軍事力を有しておりますし、軍事行動による問題解決を否定はしておりません」
「かぐや殿、失礼な質問をご容赦いただきたい。軍事行動を否定していないということは、あなた方が敗北することも想定されていると考えてよいか」
かぐや姫三世が、妖しくかすかに笑う。
「一応、想定はあります。しかし宇宙連盟発足からこの十数億年、敗戦の記録はございません。というよりも、宇宙連盟が敗北し、悪しき者たちがこの宇宙を席捲するような事態となった場合、おそらくは・・・」
「上位存在によりこの宇宙自体が消される、了解した。もう一問、お尋ねする。あなたは軍事行動による解決とおっしゃったが、戦争以外の形式を認めているか。例えば、チェスや将棋で勝敗を決するなどだが」
「認めています。ただし、相手がその勝敗の結果を受け入れないとき及び、休戦協定を反故にして戦闘を開始したときは、我々は直ちに物理的な殲滅に移行します。これには3回などの猶予はなく、直ちに行われます」
「ふむ・・・概ね、理解した。こちらからの質問は・・・もう一問あるが・・・今のところは以上だ。そちらからは?」
「ではおたずねします。鈴木様かアリス様のどちらかは、人類の全権大使と考えてよろしいですね?」
「全権大使は、この鈴木だ。私はおそらく人類の範疇には入らないだろうからな」
「では、我々はアリス様をどのように認識すればよろしいですか」
「そうだな。人類の使う道具の一つだと思ってくれ」
「アリス様、それはあまりに悲しいのですが」
「実際のところは、私の母やここにいる父、コロニーの皆も私を人間として扱ってくれているので、悲しくはない。ただ、今、この場の交渉では私を除外してもらったほうが話が早いというだけのことだ。他には?」
「そういうことでしたら、こちらも今のところはございません」
「だ、そうだ、鈴木代理。では、後は任せた」
ここまで空気だった鈴木代理に、アリスが話を振る。
「え? 私?」
「そうだ、今の話を聞いていただろう」
「すんません、実はあまり理解できませんでした」
「なんだと!? っていつものことか。とにかくお前が全権大使なのだから、話を進めたまえ」
「全権大使は、コロニー行政庁長官では?」
「お前はアホか。今まさに人類が滅亡の瀬戸際に立っている状況で、ほとんど唯一、最後の大博打の打開策の先陣をお前は任されたのだ。お前以外の誰が全権大使だというのだ?」
「いや、だから長官とか」
「あのなあ、お前がこの交渉に失敗したら、人類は100%滅亡するんだぞ。いいか、お前のせいで人類が滅亡するんだよ。あと4年ちょっとでコロニーが耐えられなくなって衰弱死か、ここにいる皆さんに武力で滅ぼされるかの2択なんだよ」
「えーっと、コロニーの崩壊の話はこの前、誰かから聞いたので、あ、アリスお前から聞いたんだっけ? それは分かるが、なぜ、こちらの皆様に滅ぼされるので?」
「あのね・・・いいか鈴木代理。慈悲深くもだな、いま、こちらのかぐや殿には、本来話してはいけないところまで、自ら泥を被ってまで、説明いただいたのだぞ。その愛と勇気がどれほどのものか分かるだろうに」
「えーっと、すまん、もう少し詳しくたのむ」
「分かってないか、参ったな・・・いいかね、こちらの方々にはだな、我々の文明に対して、救世主やら何やらを幾人も送ってもらってだな、文明の矯正というものをだな、それはもう、文字どおり血と汗と涙のにじむほど、やってもらったということなんだよ。それどころか、かぐや殿の祖母殿には直接、現地入りして指導いただいたこともあるのだぞ。にもかかわらずだ、我々人類が、そういった善意の方々をどれだけ殺して来たか、知ってるだろう? 論より証拠、それ、そこの黒い地球を見てみろ、人類は滅んでいるじゃないか」
「うーん、私の理解では、地球人類は自滅したと記憶しているのだがねえ。それから、人類の生き残りなら、少しだけど我々がいるけど」
「そうだが、そこは要点じゃない。人類は自滅した、超光速技術を得る前にな。こちらの方々に滅ぼされたのではない、そうだな?」
「はい」
「はい、じゃないんだよ。理解してないようだから、最初から説明するぞ。よく注意して聞けよ」
「よ、よろしく」
「いいかね、この宇宙に生まれる文明は、段々と科学技術が進歩し、ある日、超光速を得る、いいな? そしてだな、その様な多数の、まさに星の数ほどもある文明のうち、一部の、極めて少数の文明はタチが悪い訳だ。その極めて少数の悪しき文明には、こちらの皆さんが、文字どおり懸命の予防策と、どうしようもない場合の最終的な手段として善悪のふるいをかける作業を行うのだ、愛ゆえに、だ。ここまではいいか?」
「は、はい」
「そしてだな、どうしようもない、根っからの悪党のはびこる極めて例外的な、一部の文明に関しては、やむを得ずこちらの方々が実力を行使して排除するのだ、嫌々、泣きながら、な。理解したか?」
「理解した、と思うが」
「では、我々人類はどうだ?」
「どう、とは?」
「うーん、困ったな・・・よし、質問の角度を変えてみよう。鈴木代理、地球人類が自滅したことは何を意味する? つまり、あの二百年ばかり前の小惑星衝突はなぜ発生したのだ?」
「あ、それは誰かから聞いた気がします。それは、人類の業だね、しかも、とてつもない、不可避の悪業だね」
「なんだ、ちゃんと理解してるじゃないか、安心したぞ。それなら、こちらの方々の立場を考えれば、君のすべきことはすぐ分かるな」
「ん? どいうことだ?」
「うーむ・・・さすがに人類の業を一身に背負っているだけのことはあるな。ここまでとは。よし、別の角度から行ってみよう」
「すみません、よろしく」
「この宇宙の普通の文明はな、こちらの方々に滅ぼされることなんてことは、事実上、ありえないのだよ。予想だが、かぐや殿、あなた方宇宙連盟に滅ぼされた文明は、数例しかないのでは」
「驚きました、そのとおりです! なぜご存知なのでしょう。おっしゃるとおり、この十数億年では全宇宙で4例しかありません」
「そしてその4例のうち、少なくとも3例は、この地球ですね」
「アリス様の思考能力は恐ろしいほどですね。そのとおりです。アリス様は本当は連盟の関係者ですか?」
「明らかに違います。1歳未満ですし生粋のコロニー生まれです。別の1例は気になるがとにかくその、悪しき文明だから滅ぼされる、なんて事態は、例外中の例外という訳だ、鈴木代理、ここまではいいか?」
「わ、わかった」
「では、そこの黒い地球人類が滅んだということは何を意味する? 簡単じゃないか、鈴木代理。例外中の例外として滅ぼされるどころか、それ以前に自滅するほど邪悪な文明ということだ。理由もなく自殺する人間がありえないように、自滅する文明なんてのは、本来、ありえないのだよ。だからそこの滅んだ地球人類というのは、宇宙の常識を外れるほど邪悪な文明、ということさ。しかもだ、どこかは知らないが、ある文明は1回滅ぼされたのに、地球は3回も滅ぼされているのだぞ。それがどれほどの異常さなのか、分かるだろう?」
「あー、分かった。ということは、こちらの皆様にとって我々は、善悪のふるいをかける以前に、邪悪であることが既に確定している文明の生き残り、というわけだな」
「よしよし、そのとおりだ。いいぞ、鈴木代理、少しは頭が回るようになってきたようだな。では、君が彼女に言うべきことも分かるな?」
「え?」
「うー、このアホさ加減、何とかならんのか。それとも、極度のお人好しとでもいうのか。まあいい、では、全権大使の鈴木殿、貴殿に代わり私アリスが、かぐや殿と交渉してもよいかね?」
「そ、そうだね。頼む!」
「では、人類全権大使の代理のアリスが、かぐや姫三世殿に申し上げる。我々人類は、あなた方宇宙連盟に宣戦布告します」
ど、どうしてそうなる。
「いやいや、ちょっと待ってよ、アリス。どうしてそうなるんだ?」
鈴木代理の混乱を放置して、かぐや姫三世が話す。
「承知しました、銀河系方面司令かぐや姫三世が宣戦布告を受諾いたします。えーっと、総本部の返事が来るまで開戦は待ってもらえるかしら? アリスさん」
「もちろんです、戦争の方法もまだ決めてませんからね」
「あらあら、随分と余裕なのねえ」
「ふふふ、かぐや様、それは戦いが始まってからのお楽しみですよ」
「まあ。おほほほ」
やばい。人類、終わった。




