第1章 1-08
アリスと、アリスに引きずられた鈴木代理は、目標地点に到着した。
「鈴木代理ー、そろそろシャキッとしてくれ。目標地点に着いたぞ」
「わ、わかった。ふー、いま立ち上がる」
鈴木はふらふらしながらも立ち上がると、おかしなポーズを付けて2、3度軽く体を上下させた。
「さすが月面だな、重力が小さい」
「なんだと?」
「え? 重力が小さい、と。もしかしてここら辺は小さくないのか」
「そうじゃない、鈴木代理の体調の話だ。一瞬で全快したというのか。相変わらずインチキ臭いな、さっきのステップが何かの技なのか」
「技なんて大層なものじゃない。驚くには値しないと思うぞ。今のやり方を見てたのなら、アリス、お前もできるんじゃないか」
「いやいや、確かに見てはいたが、ありえない現象だぞ。科学的に説明できるというなら説明して見せろ」
「うーんとだな、重力のちからを拝借して、体に元気を生み出す、だな。あとは、あいまいに上下振動させて体の位置がブレているうちに傷の位置とかを誤魔化して治ったことにする、って感じだな。難しくないからやってごらんなさいよ、きっとできるさ」
「うーん、まあそれは今はどうでもいい、今度にしよう。ともかく、体調が戻ったなら早速、対象を調査だ」
太陽は真上、月面に影は全く落ちていない。
金属の柱が2本、立っていた。円柱のようで模様や造形は全くない。
「鈴木代理、まずは巻き尺で円周を測ってくれ」
「アリスよ、触っても大丈夫だと思うか?」
「いやいや、鈴木代理。君、さっき立ち上がる時に散々、柱に寄りかかってたじゃないか。それこそ、今更だろう」
「え、そうだったか、すまんすまん、というか、アリス、君ならもうこのあたりの精密測量は終わっているのでは」
「そうだが、まあ、いいから測ってみろ。体感は重要だぞ」
「分かった。じゃあ、巻き尺の端を押えててくれ・・・あー柱の円周は3m14cmだな」
「鈴木代理、ミリメートルまで読みとれるか」
「3m14cmと、1ミリか2ミリくらいだな」
「鈴木代理、何かに気付かないか。数字を並べてみろ」
「3.141・・・なるほど」
「では次は柱の高さだ。この重力なら上までジャンプできるだろう」
「分かった、じゃあ、巻き尺の端を月面に着けておいてくれ、よっと、どれどれ、3mジャストだな」
「ミリメートルまで読みとれるか」
「んー、ちょうど目盛線の真ん中にしか見えないが」
「わかった、最後に柱と柱の間隔だ」
「芯-芯で測りたいが無理か。隙間を測ってみよう。うむ、1mだな」
「ミリ、略」
「こちらもちょうど1mジャストだ。ということは、芯-芯なら2mか。直径1m、間隔2m、高さ3mで1mmの誤差もなし。どう考えても人工物だろ」
「ついでに言うと、誤差は私の目では検出できない。ある意味、これをメートル原器にした方がいいと思える精度だ。温度変化もまったくお構いなしだ。おそらくだが、誤差があるとしても原子1個のレベルだろう」
「それは・・・それって、仮に現在の我々の科学技術で、これを再現しようとしたらできるかねえ」
「わざわざ質問するくらいだから理解しているだろうが、当然、無理だ。しかもだ、思いだしてほしい、これは平艦長の時代からあったということになる。全く風化もせず、傷一つなしで? ありえないな」
「そういえばそうだったな。ところでこの金属の材質は分かるか」
「全ての波長の電磁波を全反射している。X線も全反射、回折すらしない」
「硬度は?」
「計測不能だ。物質で出来ているのかすら、やや、あやしい」
「物質じゃない、というと?」
「いくつか仮説は考えられる。まず、これは幻覚だという可能性だ。だが二人同時に見ているし、コロニー管制センター、そちらでも映像が見えていますね」
「こちら、コロニー管制センター、そちらの映像は届いている。見た限り、金属の柱に見える。オーバー」
「機械的なカメラに幻覚はありえないだろう、おそらくだが。それを言うなら、我々全員が夢を見ているだけだ、という話にもなりかねん。いや、真実はそうなのかも知れないがね」
「いやいや、そこまで疑うなら、もう何も話が進まんだろうよ」
「ああそうだ、だからこの仮説は仮に正しくとも採用はしない」
「他には?」
「他の仮説としては、これは物質ではなくて、何らかのエネルギーの顕れだ、ということも考えられる」
「うーん、SFとかに出てくる、フォースフィールドみたいなものか?」
「そうだな、まさに力場と表現していいだろう。ただしだな、たぶんこの仮説も間違いだ。鈴木代理、ちょっとこの柱を叩いてごらんよ」
「わ、分かった、(キーン)、叩いた音は出るな」
「そうだ。ということは、震動は柱全体に伝わっている。つまり、無限の強度という訳じゃない、ということだ。有限の強度、というなら、おそらく何らかの物質で出来ているのだろう」
「ははあ、わかったぞ。じゃあ、この柱を溶かして、ワイヤー(ひも)を作ろう、ってわけだな」
「いや、違う」
「え?」
「この物質が何でできているかは知らんが、この物質をどうこうするつもりはない」
「え? え? じゃあ、どうするんだ」
「思い出すんだ、鈴木代理。我々は科学によって物質のヒモをつくるのはあきらめ、ファンタジーにかけることにしたのだろう?」
「ああ、そういや、そうだったな」
「そして、これが扉ではないかと最初に言ったのは鈴木代理、あなただぞ」
「そうだったかなあ。まあ確かに、これは扉だろう」
「門ではなく、扉、なのか? 鈴木代理。門と扉の違いはなんだ」
「まあ、これは直感だが、この二本の金属中は門柱だろう、おそらく」
「ほう、では扉は?」
「それが分からないんだよなあ。二本の金属柱の間には何もないし」
「ふむ。すると鈴木代理の感覚としては、どこにあるかは知らないが、とにかく、”扉を開けて中に入る”その必要がある、というイメージで合っているか」
「ああ、まさにそのとおりだ。”開く”必要があると思う」
「そうすると、扉はどこにあるんだ、ということになるな」
「そうだな。どこにあるんだろうなあ」
「じゃあ、早速、ファンタジーを使おうじゃないか、鈴木代理。勇者の能力で探ってみてくれよ」
「いやいや、アリスよ。前にも言ったかも知れないが、勇者の能力は戦争時か、戦闘時にしか発揮されないのだよ。平和なときには無理だ」
「では、何故、これが扉だと確信しているのだね、鈴木代理よ」
「え? 言われてみればそうだな………ちょっと待ってくれよ」
鈴木代理は、二本の金属柱に、真面目に意識を向けてみた。
「あー、分かった」
「どうだ?」
「こいつら、はっきりとした敵対感情を今は持ってないが、場合によっては人類に害をなす可能性がある、そんな感じがする。だから少し、勇者の能力が反応したらしい」
「やはり、そうだったか」
「予想していたのか」
「ああ。これはおそらく、人類にとっての試練の門なのだろう」
「試練、って、何の試練だ?」
「考えてもみろ。この場所は地球からは決して見えない、月の真裏にあるだろう」
「そうだ」
「ということはだな、ここに人類が到達する又はこの場所を発見する、ということは、少なくとも宇宙空間に飛び出せる文明レベルに達した、そういうことだろう」
「まあ、そうだな」
「そしてここからは予想だが、そういった文明レベルに達した人類に、次に立ちはだかる壁はなんだと思う?」
「光速か?」
「そうだ光速だ。これが解決できなければ、他の星系に船出するのは無理だからな」
「ふーむ、するとアリスの予想では、この門というか、扉を開けると、光速を超えるテクノロジーが供与される、そういうことか」
「ああ。そしておそらくだが、扉を開けた生命体が、他の星系への進出にふさわしくない生命体と判断されたとき、その生命体は根絶やしにされるのだろう。単に技術供与をせず、文明が恒星系内で滅びるまま放置する、というなら明確な敵意とは言えない。いわば傍観者に徹するということだからな。鈴木代理がある程度は敵性体だと認識したのであれば、条件やどういう形によってかは知らないが、確実に害をなしてくるのだろう」
「とはいっても、ここで引き返すわけにはいかないよな。どうするね、アリス」
「もちろん、扉を開けるに決まってるだろう、それ以外に何があると? 財団がこうもテラフォーミングを急ぐのは、もうコロニーが限界だからなんだぞ」
「ですよねー。え? マジですか」
「あーすまん、これは機密情報だった。しかしどのみちもう、1年も経たないうちに誰の目にもはっきりとコロニーの老朽化が見えるようになる、外壁からのエアー漏れとかな。もう時間の問題だ。ついでに言えばその原因は主に、例の鈴木代理の行動だ」
「ですよねー。え? マジですか」
「当たり前だ。あれは本来、コロニーが木端微塵になるところだったのだぞ。コロニーが耐えたほうがおかしい、というか奇跡というか」
「ですよねー、大変申し訳ございません」
「厳しいことを言ったようだが、まあ、コロニーの住民は全員無事だったのだから、そこは褒めてやる。とにかく、今はこの門、いや扉が先決だ。それにだ、さっき鈴木代理は、”こいつら”と言ったな」
「え? ああ、そういえばそうだな」
「ということはだ。鈴木代理の勇者能力を信用するなら、もう先方さんはとっくにこちらに気付いていて、仲良く列を組んでこちらを待っている、ということだ」
「列、って何の列だ?」
「陣形とか、行軍の隊列でなければよいのだがな。すでに我々の文明の審判が終わっていて、殲滅判定になっていないといいのだが」
「うわー、開けたくないなあ」
「その前に、開ける扉がないだろうが」
「そうだったな。どうしようか、アリス」
「おいおい、鈴木代理。さすがに何でもかんでも私に聞くのは感心しないぞ。何のために巻き尺で長さを測らせたと思うんだ」
「失敬失敬、お前の優秀さについ頼ってしまったよ。そうだな、今まで得られた数値は、1m、2m、3m、等差数列というわけか。そうだとすると、次に4mというのをどこに使いましょうか、と来る訳か。まあこれはあまり選択肢がないだろうね。人類が4次元方向を認識できれば、また別の結論になるかも知れないが。ここは素直に、門からの距離、しかないだろうね」
「ああ、それだろう。ではさっそく、柱と柱を結ぶ線から、垂線を4m巻き尺で測りたまえ。起点は当然、二本の柱を結ぶ直線の中点だ」
柱から4m離れた位置に立ち、微妙に頭を前後させると、突然、柱と柱の間に扉が出現した。ドアノブもノッカーもない、ただの平板に見える。材質は柱と同じく電磁波を完全反射する金属?で、幅1m、高さ3m、厚みは・・・0? しかも、一度扉が見えた後は、近付いても遠ざかっても扉が消えることはなかった。
これ、本当に物質なのか。というか、さっきまで存在してなかったじゃん。
いや厚み0だったから今まで見えなかった、ということ?
土星の輪が見えなくなる時期みたいに横向きになってたとか?
いやいや、それじゃあ、扉が開いてたってことになるし。
うーん、アリスは否定的だけど、やはりこれって、フォースフィールドの類じゃないのかね。
「よーし! いいぞ鈴木代理、早速、訪問しようじゃないか。まずは礼儀正しく、素数数列から行ってみよう!!」
いやー、一切、躊躇がないな、アリス。怖いもの知らずって感じは課長に似たのだろうか。父さんはお前の将来が思いやられるぞ。お転婆も程々にな。




