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宇宙探検(最終稿)  作者: 爺痔オンライン
第1章 アリス、大地に立たない
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第1章 1-06

 いえ、磁場に異常はございません。

「では次に、”ヒモ”に関する第2案です。正確にはこの案も、”ヒモ”に関する提案ではなく、”ヒモを得られるかも知れない可能性”についての提案になります。ご期待に沿えず申し訳ありませんが、現状、これが我々の限界です」

「問題ないわ、続けてちょうだい」

「はい、御代課長。さて、我々の現在の科学技術では、金星から炭酸ガスを汲み上げられる強度を有するヒモは作れない、これが決定的となりました。そこで、科学がダメならファンタジーを使おう、これが第2案の概要です」

「ファンタジーって、いきなりだな、アリスよ。一体、何事だい?」

「この世には、科学では解決できない、未知があると確認しました。私が起動した後、最初に疑問に思ったのは鈴木代理の、いえ、勇者の異常な能力でした」

「異常とは心外だ。勇者の能力といっても科学の範疇にあっていずれは科学で解決できる、自分では思っているんだが。何かこう、量子力学か何かが大発展するとかでいけるんじゃ? ん、待てよ。可能性があるではなく、確認した、なのかい」

「その通りです、鈴木代理。それを確認するため、私は起動直後、鈴木代理を殺しにかかってみたのです」

「なんだそうか。あれはそういうことだったか、って! 危ないからやめてちょうだいね、絶対!」

「はい、半殺しにする予定でしたが、逆にこちらが大破させられるとは、未だに信じられません。以後は保身のため、鈴木代理への物理攻撃は中止します」

「精神攻撃はするつもりなのか。泣きたくなるな」

 アリスがニヤリと笑った。


「しかしなあ、アリスよ。前にも言ったと思うが、今、勇者は開店休業中だぞ。そもそも、戦争なんて地球上のどこでも起きてないし、というか、それ以前に、地球に生物は全くいないし。そしてだな、勇者稼業をやらないから録画したまま溜まっていたアニメの視聴もすこぶるはかどるしで、いいことだらけなんだ。いまさら勇者をやれと言われてもな」

「鈴木代理がもともと役立たずなのは織り込み済みです。鈴木代理を攻撃したのは、科学技術を超える存在の有無を確認したに過ぎません。勇者の力はおそらくは使わないでしょう、おそらくですが。それに御代課長からは、当てにするな、といわれていますので」

「あらあら、ではアリス、あなたは何を使うつもりなのかしら」

「実は、分かりません」

「ん? どういうことだ」

「では説明を続けます。少々、説明が長くなりますがご容赦を。今からちょうど100年ほど前、コロニー公社の職員で月面調査艦の艦長、平 純市(たいら じゅんいち)という方がいました。彼の報告書の中に『月軌道の定期巡回中、月の裏側の中心に光るものが見えた』という記述がありました」

「ふーむ、それだけではよくわからないな。しかし報告が上がっているなら、確認のために現地調査も行われたのでは」

「それが、現地調査は行われなかったのです」

「え、何で?」

「実はこの平艦長という方、非常に優秀な艦長だったのですが、古風というか、全くの機械音痴だったようです。ですからこの報告書も、実は紙に手書き、しかも、草書で記されたものだったのです」

「草書! って何だい?」

「原文はこれです」

 アリスの右目が光ると、部屋の壁面に映像が投影された。ミミズがはい回ったような字が並んでいた。

「これは! って、いや、読めないから」

「ええ、本人以外、ほとんど読めなかったようです。ですから平艦長の報告書や航行記録は全て、文字情報ではなく映像情報です。ですから、確かに記録は残っていたのですが・・・」

「いままで誰も読めなかった、と」

「そうです」

「それで、アリスは読めたわけだ」

「はい何とか。彼の文字の崩し方は彼独特というか、強い癖があって、一般的な草書体とは大きく違っていますので、苦労しました」

「へえ、そうなんだ。しかしアリス、苦労したとはいえ、読めたなんてすごいな・・・いやまて」

 アリスが私を攻撃したのは起動直後だ。ということは、起動直後の数秒以内で、この第2案までたどりついていたことになる。ということは、それよりも前に、この読みづらい暗号のような、膨大な量の古文書も解読した上で、ということだ。

 これが人類を凌駕する頭脳か。しかもアリスは、起動時には思考限界に達していなかった。

 おそらくこの程度のことは、アリスの知力からすればまだまだ序の口、朝飯前なのだろう。

「何か?」

「いや、何でもない。お前がとても賢いので驚いただけだ。すまん、続けてくれ」


「御代課長、鈴木代理、このプロジェクトが緊急を要するものだとは認識していますが、すこし脱線してもよろしいでしょうか」

「構わないわ」

「ありがとうございます。先ほど鈴木代理は、私が賢いと言いました。電子頭脳を有する私と、有機体である脳を持つ人類全般を比較しての発言だったと推測します」

「まあ、簡単に言えばそうだ。差別するようで悪いがな。だが、やはりお前の頭脳は人間などより圧倒的に優秀だと実感している。差別ではなく事実としてね」

「鈴木代理、確かに算術処理速度などのある一面ではそうかも知れません。しかし私は、私の方が優れているとは思いません。それはちがうと断言します。人間の脳、あるいは脳なのかどうかよくわかりませんが、おそらく人間の方が私よりも優れているのです」

「え? そんなはずないと思うぞ。あらゆる面で人間はお前に負けているだろ? それとも、何か根拠でも?」

「はい、私は過去のライブラリの中から、ある非常に興味深い人物を発見しました」

「ある人物って、誰だい」

「釈迦と呼ばれる人物です」

「うは。お釈迦様が出てくるとは思わなかった」

「何か問題がありますか」

「いや、たぶんない。続けてくれ」

「お釈迦様、他に悟りを開いたとされる何人かの人物もそうですが、彼ら自身は何の書物も残していません。誤伝をおそれたのでしょう。しかし彼らの弟子や家族などが、彼らの死後、書物を残しています。従いまして、誤伝や改ざんの危険性があることになります。しかし、それを踏まえた上で今回、私はいわゆる仏教の経典と呼ばれる一群の書物を読み、そこから、誤伝や改ざんの可能性のある情報を除外し、比較的正確と考えられる情報のみを把握しました」

「うん、それでどうだった」

「仮に、それらの情報の信憑性が一割程度だったとしても、お釈迦様の様々な能力、特に人間の内面を洞察する能力ですが、少なく見積もって私の100倍以上は優にあったと推定されます。御代課長、是非彼に教えを乞いたいのですが」

「アリス、それができないことを承知の上での発言と思いますから、私も敢えて言いますが、彼らはもう何千年も前に亡くなりました。そして誰かが言っていましたね、悟りを開いた者と同じ時代に生き、教えを受けること、これほど幸運なことはない、と。あら違ったかしら、ウシのお尻をハチが刺す、だったかしら?」

「御代課長、それはソクラテスで、牛ではなく馬、そして蜂ではなく虻です。それはさておき、質問なのですが」

「何かしら」

「どうすれば悟りを開けるでしょうか」

「はい、鈴木君! アリスから質問いただきました! この質問は必ず出るから、答えの用意をお願いしてたわよね?」

「え? そうでしたっけ? 神については何となく準備が必要だなあ、とは思っていたのですが」

「神も悟りも似たようなものよ! さっさと答える!」

 何という無茶振りだ。嘆かわしい。

「えーっと、そうだなあ。英語で悟りは enlightenment だっけか、あと神は、光あれと言った、だっけ? というわけで、足して2で割って、”光を体得した者”でいいんじゃね?」

 アリスが、何だか微妙な表情をしている。


「鈴木代理よ、それは御代課長か、あるいは他の誰かから聞いた言葉なのか」

「いや、何も考えてなかった。今、適当に思いついた言葉だ、すまん」

 アリスと御代課長が何か言いたげな顔つきで目配せしている。

「アリス、理解したかしら。これが勇者の恐ろしさよ」

「はい、肝が冷えました。鈴木代理には今後、ちょっかいは出さないことにします」

「時々は構ってあげてね、意外と寂しがり屋だから」

 おいおい、何の話なんだ。

「あのー、すみません、悟りの話はどうなりましたか」

 アリスが課長に話してもいいかと聞く、課長は、いいわよと答える。アリスがこちらを振り返る。

「あー、おほん、鈴木代理。もちろん悟りにも段階はあるだろうと申し上げるが、そこで、ちょっとこれを見てほしい」

 なぜか口調が変わっている。それはともかく、アリスが自分の左手の甲を私の目の前に差し出した。皮膚の下から透明でガラス質の凸型の丸い構造体が浮かび上がってきた。ん? アリスにこんな機能組み込んだっけ。シールドシステムは確か左手の手首だよな。何だこりゃ。レーザー砲門にも見えるが。

「鈴木代理よ、これが何に見える」

「何って、ガラスだろう。おまえにこんな装備、組み込んだ覚えがないんだがな」

「鈴木代理、これはレンズだ」

「そりゃあ、ガラスでこの形ならそうだろうよ。金魚鉢にはみえないな。光を集めるのか」

「突っ込みどころが多すぎだが、鈴木代理よ、これはガラスではなく光でできている。もちろん、光を集めることもできる」

「光でできている、って意味不明だが」

「鈴木代理、あなたは生物や無生物の精神や魂が何でできていると思っているのか」

「え? 魂?? そんなのは分からないよ。見たことないし。それに無生物に精神だの魂があるとは初耳だが、それは置いておくとして。んー、精神の方はお前を作る前、営業一課のみんなで打合せしたときに身体のソフトウェア、ということで落ち着いたと思う。そうだな、強いて言えば、精神とは電気信号じゃないか」

「電気信号の実体は何か」

「電流じゃないのか」

「では、電流の実体は」

「え、電流の実体、いや、分からんよ」

「マックスウェルの方程式くらい学校で習っただろう? まあいい、今回のプロジェクトの本質的な問題じゃない」

 アリスの言っていることが分からないので御代課長の方を見ると、目が合った。彼女は微笑みながら私に左手を向けると、彼女の手の甲からも丸い構造体が浮かび上がった。但し色は赤だ。

 おっと驚きだ。何かの改造手術でも受けたのだろうか。


 アリスが説明を再開する。

「少し脱線し過ぎたようです。平艦長の記録に戻りましょう。記録の中で月の裏側で光ったという写真はこちらです。平艦長自らが撮影したとされています」

 今度は、アリスの左目から映像が投影された。真っ暗な月の裏側の中心に、確かに点のような光が映っている。ただ、あまりにも小さい点なので、ノイズか受光素子のエラーにしか見えない。

「鈴木代理、参考におたずねしますが、これが何か分かりますか」

「え、この点みたいな光? いや全然、分からんが」

「まあそうでしょうね。ところで鈴木代理、心霊写真はなぜ写るのかご存知ですか」

「いや、ご存知ではないな。というよりアリスよ、お前は心霊写真を認めるのか」

「この平艦長の写真を見るまでは認めていませんでした」

「ということは、これは心霊写真だと言いたいのだな」

「そういうことになります」

「じゃあ、この光は幽霊ということか」

「違います」

「え?」

「この光は幽霊ではありません」

「いやいや、これは心霊写真だと、さっき自分で言ってたじゃないか」

「いえ、さきほどの私の質問はこうです、心霊写真はなぜ写るのか、です」

「なぜ写るのか、だって? そりゃあ、撮影した範囲に幽霊がいたから、じゃないのか」

「違います」

「え? 違うの?」

「鈴木代理、心霊写真は、心霊写真を撮る能力を持った者が撮影するから写るのです。要するに、心霊写真とは念写なのですよ。そしてもう一つの条件は、意識的にせよ、無意識にせよ、撮影者が撮影対象の存在を認識していることです。撮影者が認識していなければ写りません」

「うーん、すると何かい、その心霊写真が撮れる人がカメラを構えているとき、もしかすると目では見えていないがファインダーの中に霊の存在を意識している、ということかい? ど真ん中なのか、隅の方にちっちゃくなのかは知らんが」

「概ね、そういうことです。ただ間違えないでほしいのですが、念写能力は別段、撮影対象を霊だけに限っているのではない点です。自分の過去の記憶や想像上の風景など実体を持たないものかも知れませんし、まさに今、目の前に見えている実体のある物かも知れません。まあこの場合、普通に目の前を撮影した写真と何も変わらない結果になるわけですが」

「ふうむ、何となく分かった、ような分からないような」


「ともかく、平艦長は念写能力を持つ人物であったこと、この写真はその能力によるもの、ということです。それよりもむしろ問題なのはこの光は何なのか、言い換えれば被写体は何だったのか、ということです」

「平艦長は月の裏側に何の存在を認識したのか、ということだな」

「そうです」

「報告書にはそのあたり書かれていないのか」

「平艦長の推測が書かれています」

「なんだ、書いてあるのか。それで彼は何と?」

「鈴木代理には、余計な先入観を与えたくなかったのですが」

 課長が割って入る。

「アリス、心配は無用よ。先入観があろうがなかろうが、影響ないわ」

「ではお話します。彼は”鏡”ではないか、と記録しています」

「鏡? 月に鏡? うーん、何だかよく分からないなあ。月のイメージとして、太陽の光を反射すると言われれば、まあ、確かにそのとおりではあるが」

「ええ、私も鏡というのは正解に近いが正解ではないと思っています」

「え? アリスお前は正解を知っているのかい?」

「知りません。推測はできますが、いまそれを口にするのはやめておきましょう。それに、先ほどの平艦長が撮影した写真ですが・・・」

 アリスが左目から投影している平艦長撮影の写真が、またたくまに映像処理され、拡大される。光の部分が拡大され、デジタル処理され、解像度が上がっていく。

「ありゃ、本当に四角い鏡か」

「はい、”鏡”です。見た目は、ですが。そして思い出していただきたいのですが、これは平艦長が対象として認識した念写写真、要するに彼が何だと思ったのか、とイコールです」

「彼は、鏡だ、と認識して写真を残し、鏡ではないか、と考えて文字の記録を書き残した、これでいいかな?」

「そうです。ですから、この対象の存在が、本当はなんであるか、まだ分からないということです」

「よし、それは理解したよ。だが、それと第2の案とどうつながるんだい」

「はい、それでは次に進みましょう」


 アリスの投影している映像が変わった。

「映像を切り替えます。これは、月を周回する小型衛星から送られている現在の月の裏側の映像です。いかがですか」

「光ってはいないな。さっきの写真の場所も全くの闇だ。まあ当たり前だな。太陽は月の向こう側なんだから」

「そのとおりです。そして、ここからが本題です。鈴木代理、このリアルタイムの映像を見ながら、平艦長が指摘した箇所、つまり、月の裏側の中心辺りから、何らかの攻撃が鈴木代理に対してなされる、と想定して”見て”下さい。何が見えますか?」

「ははあ、分かったぞ、つまりここは、勇者の能力を使えってことだな」

「そうです、どうですか」

「どれどれ、ちょっと待ってくれよ、いや、ここには敵性体はいないし、兵器類もないよ、あるのは扉だけだな・・・まて、俺は何を言っているんだ?」

「やはりそうですか。それにしてもやはり勇者の力は恐ろしい。私も、これはおそらく門だろうと予想していましたが、予想には半日の演算が必要だったのですよ」

「理解したかしら、アリス。勇者の力を使う危険性を」

「はい御代課長、実体験として理解しました。勇者の力を使うことは、トランプで言えば毎回、ジョーカーを切るようなものですね。そんなゲームを続けていればやがてゲームそのもの、つまり世界そのものが崩壊してしまう、ですね」

「あなたはとても賢いわ、アリス。いい子ね」

「母に褒められるとは、とても素晴らしいことです。ところで、勇者を切り捨ててしまうことはできないのでしょうか」

「難しいわねえ。7並べなら放置でもよいですが、ポーカーや他の大抵のゲームでは必要ですからね」

「世界とは、戦いに満ちているのですね、母よ」

「ええ、全くそのとおりよ、アリス」

「まさにゲームということですね。人類よ、ゲームなんてやめて真面目に働き給え! といいたいところです」

「まあまあ、人類には遊びも必要なのよ、そこは大目に見てあげて頂戴」

 おーい、俺が置いてけぼりだぞー。


「という訳で、鈴木君。さっそく、現地調査に行ってきて頂戴」

 くっ、これが社会の歯車というやつか。命令一つで危険なんてお構いなしだ。

 とはいえ、今回はちょっと探検とか冒険っぽいな、面白そうだ。

「面白そうなので、ついていく」

 とアリスも仰る。まったく自由なやつだ。


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