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宇宙探検(最終稿)  作者: 爺痔オンライン
第1章 アリス、大地に立たない
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第1章 1-05

(前回のあらすじ) 金星から二酸化炭素を汲み上げるためのヒモに関して、アリスには二つの案があるという。え? あるのか! それは驚きだ。

「実は、案は3つあったのですが、一つはほぼ確実に採用できないと思いましたので、数に入れていませんでした」

「へえ、そうなんだ。ちなみにその、採用されないだろうという案は、どういうものかな」

「実はそれは、”ヒモ”に関する案ではありません」

「というと?」

「現在の地球上で火山活動が認められるのは、旧太平洋を取り巻くプレート境界付近と旧ハワイ、旧アイスランド、旧中東からアフリカ東海岸、それに旧南極などで、キュウキュウうるさいので以後は旧を省略しますが、とにかくこんなところです。要するに隕石衝突は、地球のプレートテクトニクスに全く影響を与えなかった、ということです」

「ふむ、それは理解したが、それと”ヒモ”の関係は?」

「今、もし仮に、富士山クラスの火山で噴火が追加で発生すれば、大気中の炭酸ガス濃度は、我々が必要としている濃度に達するだろう、つまり”ヒモ”が不要になるだろう、というわけです」

「なるほど。しかしアリスよ、火山が噴火するかどうかなんて、予想できないのではないかな」

「鈴木代理、私は予測計算ができるのだが、今から10年以内に地球上のどこかで富士山クラスの噴火が発生する確率は、低く見積もって99%なのだ」

「おおー、そうなのか。アリス、君はとても賢いし、すごいな。いや待てよ、10年とな?」

「そう、今から10年先までの確率だ。今から5年先までとなると、確率は約50%に低下する」

「それでは・・・ちょっと困るな。仮に、運よく5年後に噴火しても、冷却時間がないぞ」

「そうなのだ、鈴木代理。ちなみに4年先までなら30%、3年先までは5%を切ってしまうのだ」

「まあ、確率というのはそういうものだろうさ。逆に、今日、噴火する、って可能性もあることだし」


 課長が割って入る。

「アリス、人為的に火山の噴火を誘発させることができて?」

「御代課長、できるかできないかと問われれば、できます、と答えます。ただそれには反物質兵器クラスのエネルギーが必要です。また、地球の形状、自転速度、公転軌道その他に影響を与えるでしょう」

「影響はどの程度になると予想するかしら」

「そうですね、簡単に言えば、地球が太陽への落下軌道に入る恐れがあります」

「それは却下ね(笑)」


「では、実質的な2つ案のうち、まず第1案を説明します。話は簡単なので概要を先に申し上げます。我々人類がまだ合成していない安定元素または合金を探す、というものです」

「ん?未合成の安定元素? そんな物があり得るのだろうか」

「既に候補物質、というより、候補核種は選んである。鈴木代理よ」

「そんなの、どうやって見つけたんだ」

「この表を見るがいい、鈴木代理よ。この表は、縦軸が原子番号Z=陽子数で、横軸はA-Zつまり陽子の数よりも中性子が何個多いか、以後、中性子過剰数というが、それを示した表だ。例えばだ、この表の原点、一番下の行の一番左は、Z=1つまり水素、原子核は陽子のみ、もちろん、中性子過剰数は0だ。右隣は重水素で中性子過剰数は1、そのまた右隣はトリチウム(三重水素)で中性子過剰数は2、という具合だ」

「ふむ、分かった。それで、この色が塗ってあるのはどういう意味だい」

「色を塗ったのは安定元素、安定核種だ。色が塗ってないのは放射性というわけだ。ただ今回は、ある程度半減期の長い核種もヒモの材料としては使えるかもしれないから、薄めに色を塗ってある。半減期が百万年とか数億年なんて核種なら、十分材料として使える可能性があるだろうさ」

「よし、それも分かった。それでアリス、話を戻すんだが、お前が選んだ元素ってのはどれなんだ」

「その前に、この表全体を見てくれ、鈴木代理。何かに気付かないか?」

「そうだなぁ。ん? 何か所々に樹木みたいな構造が見えるな。色を塗ってあるということは、安定元素ということか」

「そのとおりだ、鈴木代理よ。君の知能も粘菌よりはだいぶましなようだ。仮にこの構造を”安定核種の木”と呼称しよう」

「粘菌って・・・まあいい。ところで、素朴な疑問なのだが、何故こんな形が現れるのだろうね」

「横軸に目盛りが振ってあるからよく見るのだ、鈴木代理。何かに気付かないか?」

「うーむ。木の幹は中性子過剰数が奇数で、幹の両側の枝葉の部分は偶数か。だがなぜだ。理由が分からんが」

「時間が惜しいので簡単に言うが、多数の陽子や中性子で形成される原子核の内部といえども、α粒子(陽子2中性子2)や重陽子(陽子1中性子1)の形は崩しがたい、ということだ」

「・・・すまん、ちっとも分らん」

「ちっ、粘菌の方がマシだったか」

 課長が口をはさむ。

「アリス、とりあえず鈴木君をいぢめるのはこれくらいにして、今の話、私も少しだけ興味があるわ」

「了解です、課長。少し追加説明をいたしましょう」

 何なんだこの対応の差は。ああ、そうか、なんか既視感があると思ったが、課長と似てるんだな、私の扱いが・・・。


「では、Z=22チタンからZ=29銅までの安定元素の木をホワイトボードに書いてみましょう。本当だと根っことか上の方の枝が隣の木に絡んでますが、今回は説明を簡略化するため、一部抜粋して書き出します」


   Cu-63

Ni-60 Ni-61 Ni-62

   Co-59

Fe-54 Fe-57 Fe-58

   Mn-55

Cr-52 Cr-53 Cr-54

    V-51

Ti-48 Ti-49 Ti-50


「そしてこれらの核種の核子の構成を、仮にα粒子をa、重陽子をd、中性子をnとして書き直すと」


    14a+d+5n

14a+4n 14a+5n 14a+6n

    13a+d+5n

13a+4n 13a+5n 13a+6n

    12a+d+5n

12a+4n 12a+5n 12a+6n

    11a+d+5n

11a+4n 11a+5n 11a+6n


「中性子は接着剤か糊の働きでもしているのかしらね」

「御代課長、まさにそう考えられると同意します。糊が少なすぎればくっつかず、多すぎればベタベタというわけです」

「なるほど面白かったわ、アリス。ありがとう」

 放置されてる感が半端ない。


「と、ところでアリス、もう一度、話を戻すんだが、君が候補にしたという物質とは何だい?」

「おや鈴木代理、ここまで説明しても分からないと?」

「ううっ、無茶を言わないでくれよ、分かるわけないだろ」

「はあ、やれやれ仕方ない。御代課長、鈴木代理に説明をお願いできますか」

「まあアリス。あなたも容赦がないわねえ。でもいいわ。さて、鈴木君、木に見える、と最初に言ったのは、あなたではなかったかしら?」

「ええ、まあそうです・・・」

「ではこの木は、あなたにはどう見えるのかしら。よく見て頂戴」

 どう、と言われてもなあ、んー。


「葉っぱが地面にくっついてしまっている、ですか?」

「いいぞ鈴木代理! 粘菌卒業だ!」

 ほめられている気が全くしない。

「しかしアリスよ、そうだとすると木の幹の継ぎ足し候補はスカンジウム47(Sc-47、10a+d+5n)ということになるが、これは放射性じゃないか?割と寿命も短いし。核異性体もあるけれど、こっちはもっと短寿命らしいぞ。材質としては使えないんじゃないか」

「ふふふ、鈴木代理よ、着眼点はいいぞ。実はだな、さらに別の形の核異性体があるのだよ。原子核のパズル何てのはだな、三角の積み木(a)と棒(d)と接着剤のパズルみたいなもんだ、そしてその核異性体こそが、安定核種なのだよ、はははは」

「そ、そうかい」


 笑っていたアリスが、突然、声を落とす。

「だが、鈴木代理、そして御代課長。ここで残念な予測結果を申し上げなければなりません」

「問題ないわ。アリス。続けて頂戴」

 何事だろうか。

「ありがとうございます、母上いえ、御代課長。今回の候補物質またはそれと他の金属との合金ですが、おそらくそれを使ったとしても、このプロジェクトが成功する確率は0%です」

「0%? 必ず失敗するということかしら?」

「いえ、可能性がない、ではなく、数字を丸めた結果、0です。要するに、新しい物質を合成してみたら従来の物質の10万倍の強度だった、という奇跡が起これば、プロジェクトは成功します。今回の金星の過酷な環境を考えれば100万倍は欲しいところですが。とにかく、まだ誰も実物を試したことはないので完全には否定できない、その意味での0%です。ですが本当は・・・」

「大丈夫よアリス、続けて頂戴」

 おや、課長はこの結果を初めから知っていたらしいぞ。さすがって感じだ。


「はい、御代課長。ですが本当は、いかなる金属であっても、共有結合のエネルギーレベルでは、プロジェクトに必要強度には決して届かないだろう、ということは初めから明らかでした。それは実際に合成するまでもなく、自明でした」

「しかし・・・しかし、御代課長や課の皆さんがとても一生懸命働いているのを見て、そしてまた、私が解決策を見つけると皆さんから期待されていて、それなのに案がない、などとはとても言えませんでした。本当にごめんなさい!」

「気にしないで、アリス。そもそも最初からこのプロジェクトは”不可能”だったのだから」

 アリスは、課長の胸で泣いていて、頭をなでられている。ああ、これは我々も悪かったな。どんなに知性が高いといっても、そういえば0歳児だったな。人間なら母親に甘えたい年頃だろう。


「ごめんな、アリス。俺たちおまえに無理させたみたいで」

「あら、鈴木君、その言葉はちょっと早いのではなくて?」

「え? といいますと?」

「アリスは、案が二つある、と言ってなかったかしら?」

「ぐはっ、もうばれていたとは、さすが母上」

 え?何? さっきのって、ウソ泣き? まさか本当に母親に甘えたいだけだったの?


「ええと、それでアリスさんや。じゃあそろそろ、案2の方を説明してもらってもいいだろうか」

 スタっと、効果音付きで課長の膝の上から飛び降りたアリスが話を始めた。

 表情は、これまでになく真面目で硬い。

「第2案の成功可能性・パーセントは不明です。失敗した場合・・・」

「失敗した場合は?」

「この宇宙が消滅する可能性があります」


 そいつは驚きだ。


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