第0章 0-01
元号が変わって2年、やっぱり彼女ができませんでした。
「専務からの指示を伝えるわね。さて、どこから話しましょうか・・・ええぃ畜生、まとめて全部話すかぁー!」
・・・畜生はひど過ぎやしませんか、課長。そして猫かぶりは終わって、緊急対処モードに入った、と。
「えー、皆さんご承知のとおり、地球が滅亡し、諸事情で宇宙に出ていた人類の生き残りたる我々の祖先がコロニー生活を始めて早255年、黒い地球にもすっかり慣れた今日この頃、財団からの要請は、『5年以内のテラフォーミング、人類が呼吸できるところまで』です。費用は全部、財団持ち、はいっ!質問は?」
いくら何でも、まとめすぎだ。
「はい、鈴木君!」
「あーっと、それって、絶対、不可能ですよね。確か、地表の温度って、まだ千℃くらいあったかと。仮に、地表から熱搬送するだけでも、一世紀くらいかかりそうです」
「フフフ、いいところに気付いたわね、正解、まさに不可能よ!」
「いや、不可能と言われても困るんですが。あ、実は課長、いいアイデアを思いついているとか?」
「ありません!」
「そ、そうですか」
「まあ、でもそうね。オーダーを受けてすぐにアイデアなんて出ないわね。OK、皆さん、明日までに、ひとり3案くらい考えてきてください。数打ちゃ当たる、ということでヨロシク。本日はこれで解散!希望者は帰宅しても結構よ」
解散、って、まだ朝の9時半ですが。
課員一同、絶望的な気持ちはさておき、午前中は会社整理に係る残務整理などして過ごした。しかし、午後に入ると、さすがに急用はなくなってしまった。倒産が決まっている会社な上に、実質的に負債はないしな、負債元に吸収されるから。
田中氏ほか外回りのチームが、お世話になった取引先に挨拶してきます、と出かけたけれども、取引先は全部、1区内(近所)に所在しているので、15時頃には早々に戻ってきた。それに、挨拶回りはこれで2回目、いや、3回目ではなかっただろうか。あまり何度も行くのは、先方も迷惑なのでは。
気は重いが、「不可能な任務」について、課内の各チームで検討を始めた。だが、どのチームも芳しくない。そりゃそうだ。
結局、その日は、課員一同、うんうん唸って、ため息をついて、全員帰宅した。
翌日、早速、企画会議が行われ、各チームからの案が発表された。
・(A案) 高度100km程の冷却タワーを地表から建造し、冷媒循環で宇宙空間に熱を逃がす。
(×)→ コロニー内の全金属を使って建造したとして、単純計算で40億年必要。しかも、太陽からの輻射熱や、火山活動などの地殻内の熱も考慮されていない。
そもそも、どうやって建造するか(高熱に耐え、地表で稼働可能な工作機械がない)、という問題が未解決。
・(B案) 地球全体、特に太陽方向に”日傘”を建造する。
(×)→ 太陽からの放射熱は、意外に影響が大きく、実は、A案の熱の運搬量の10倍に匹敵する。このB案では、地球からの自然放射に任せるしかないのだが、冷却期間は約2,000年と見積もられた。
まあ、40億年よりは現実的(?)だ。
だが、そもそも、このような日傘を製作するとして、太陽光を遮るのに100μmの薄膜加工すると仮定しても、必要な物質量は10,000億トンで、コロニーの全質量は多めに見積もって100億トン。
「コロニー100個くらい潰せばできますね」 とつぶやく、唯一のコロニーに住む我々。
・(C案) 冷却材の代わりに、氷が主成分の彗星などの天体を引っ張ってきて、地球に落とす。
(×)→ 現有する宇宙船のけん引能力でアステロイドベルト往復前提として、必要な冷熱量を持つ質量を運搬するには、太陽接近のロスを無視しても2,000年程必要。そもそも、安定した彗星源を確保するにはオールトまで行く必要があるが(水の比熱の高さと気化熱も狙っているので、岩を持ってきても仕方がない)、そこまで行ける性能の宇宙船はない。建造技術も物資もない。
せめて、土星(の環)まで行ければ、かなり可能性が高くなるが・・・単純に言って、必要航路は4倍強、時間はだいたい1万年はかかってしまう計算になる。
まあ、そもそもが2,000年だから大差ない。
でもって、課長から。
「皆さん、真面目に考えて来たのね。エライわ。でも、どうかしら、それらの案は実現可能?」
「いやいや、課長、昨日、不可能って断言されてましたよね?」
思わずツッコミを入れてしまった。
「よろしい、では鈴木君、代案を。できれば今日中に決定したいわ」
ちょ、無茶振りにもほどがあるわ。いちおう、3つは考えて来たけれども。
「えーっと、では①、神頼み、はダメですかね」
「惜しい! でも、いい線行ってるわ。でも神様はダメ、計算できない存在だから。”可能な手段”でないと意味がないわね」
「くどいようですが、昨日、不可能っておっしゃってませんでしたか?」
「いいから、次」
「では②、人間の方が体を鍛えて、摂氏1,000℃に耐えられるようにする」
「またまた惜しい! いい感じね。でも期限の5年を忘れてるわね。はい、次」
「最後③、いったん地球上の大気を全部捨てて、入れ直す」
「入れ直し用の大気、特に窒素はどこから?」
「それなのですが、実は仕入れ先が思いつかないので、金星から炭酸ガスを持って来て、一時的にしのぐ、ではどうかと」
「すさまじい温室効果になりそうね、確かに、短期的なら呼吸はできそうだけど。長期的な健康影響が未知数なので、残念ながら却下よ」
課長がニヤリと笑う。これは、何か良からぬことを企んでいる表情だ。
「みなさんよくて? これは発想の転換が必要なのよ」
「それはそうでしょう。ですからみんな、ダメ元でいろいろ案を考えて来た訳でして」
「で、結論は、我々には、実現可能な案は出せなかった、そうではなくて?」
「そうなります。文字どおり、詰みだと思いますが」
「甘いわね」
微妙にタメを作ってから、ドヤ顔で発現なさった。
「我々に案が出せないのなら、出せる者を連れてくればいいのよ」
さて、どこからツッコミを入れるべきだろうか。